エレナは、ミノタウロス達を引き連れて歩き出す。そして、彼らが使っていたであろう荷馬車に乗り込むと、勢いよく走らせた。
道中エレナは、ミノタウロス達に状況を語った。危機に瀕しているのは、この大陸だけではない。この世界が、壊れようとしている。その原因は、神の不在にあると。
ミノタウロス達には、全く理解が出来なかった。荒唐無稽の様にも感じる話である。しかし、少女の真摯な瞳に、嘘が無い事だけは理解した。
数刻が過ぎエレナは、首都に辿り着く。果実を背に乗せたミューモの眷属を首都の外に待たせ、エレナは馬車と共に首都へと入った。
首都にまでは暴徒の手は届いていない様で、農作物の加工や運搬準備等でミノタウロス達が忙しなく働いているのが見える。
ミノタウロス達は、脇目も振らずに働く。盲目的とも言えるその姿は、何かに取り付かれている様な異常さを、エレナに感じさせた。
「あいつら、ちゃんと食事はしてるニャ?」
「いえ。あれは全て他国に運ぶのです。我々は多少食事を減らしても、生きていける様に作られています」
案内役となったミノタウロスは、淡々と語った。しかしその言葉に、エレナは声を荒げた。
「馬鹿もほどほどにするニャ! 他人を救いたければ、先ずは自分を救うニャ! お前達が犠牲になっても、平和はやって来ないニャ!」
ミノタウロスの性格を知ってはいた。エレナが修めたのは武術だけではない、大陸各国の文化や歴史に関しても知識を有している。ミノタウロスの首都に来たのも、これが初めてではない。知識を求めて、図書館に訪れた事が有る。
しかし以前とは、明らかにミノタウロスの様子が違う。まるで追い立てられる様に、血眼になって働いている。
これでは、単なる奴隷と変わらない。
自由を放棄し自らの意思で、漠然とした平和という定義に隷属している。大陸の危機に瀕した状況で、ミノタウロス達の行動理念は、ねじ曲がっている様に感じる。
異様である。神の命を守る事が、今の状況で最も正しい事なのか。そうではないだろう。
「お前達も、救ってやるニャ」
馬車に同乗するミノタウロスには、聞こえない程に小さな声で、エレナは呟いた。彼らが自らを犠牲にするなら、それをさせない環境を作ってやる。エレナの決意が、口から零れた瞬間であった。
馬車を少し走らせると、議事堂へと辿り着く。直ぐに国家元首との面会が許された。やや広い部屋にエレナは通される。そこには、国家元首を始め国の首脳陣が揃っていた。
エレナは、全てを説明した。首脳陣達は、目を丸くしてエレナの言葉を聞いていた。
疑う訳ではない。巨大な化け物が、暴徒達を退散させたとの報告も受けている。現に巨大な化け物と呼称された、ドラゴンが首都のすぐ外に居るのだから。
「それで、我々は何をすれば宜しのか?」
「何って、色々してもらうつもりだったけど、お前らに任せるのは不安になって来たニャ」
「それはどう言う意味でしょう?」
「私達が運んできたのは、貴重な果物ニャ。今のお前らじゃ、奪われてお終いニャ」
国家元首は、返す言葉が無かった。自分達は罪人である、他者を傷付けてはいけない。罪を償う為には、全てを投げ売ってでも、他者に尽くさねばならない。全てのミノタウロス達は、幼少の頃からそう教えられて来た。国がそれを順守する様に、法を定めていた。
「その強靭な肉体は何の為にあるニャ?」
「それは、荒れた大地を耕す為です。この肉体を使い糧を作り続ける。亜人達の腹を満たす為に、我らは存在するのです」
「矛盾だニャ!」
「何を仰る! 今も我々は食料を作り続けています!」
「わからないニャ? それは誰の為の食糧ニャ? 大陸はこれからも壊れ続けるはずニャ。その時に生き残るのは、一体誰ニャ? エルフニャ? ドワーフニャ? ライカンスロープは、もう滅びたニャ。ハーピーとケンタウロスは、ライカンスロープを滅ぼした力を持て余して、未だに殺し合ってるニャ。魚人は飢えて、北上してるニャ。ドッグピープルもニャ。魚と犬を相手に戦争してるのが、我々猫の国ニャ。それに危険なのは兵士だけじゃないニャ。民衆が暴徒になるのは、お前らが一番良く知ってるニャ。もう一度聞くニャ。一体お前らは、誰を助けたいニャ?」
エレナの問いかけは、首脳陣達の胸を深く抉った。
大陸全土が、飢えに瀕している。その結果、各地で戦争が起きている。亜人達の心は荒み、差し伸べた手すら喰らわんとする。
このままでは、力を持つ者だけが生き残るだろう。自分達が否定した暴力によって、全てが支配される大陸となるだろう。理解をしているだけに、首脳陣達は口を噤む事しか出来なかった。
そして、エレナは静かに言葉を重ねる。
「もう、わからないでは済まされないニャ。自分が信じる物が有るなら尚更ニャ。私は全員を助けたいニャ。今を生きている全員ニャ。お前らはどうニャ?」
「我々は……」
生き方を変える事がどれだけ大変な事か。国となれば尚更である。理解をしていても、簡単に恭順する事は出来ない。そうやって、先祖から引き継いできたのだから。
「ここまで言っても駄目なら、私達は果実を持ってドワーフの所に行くニャ。お前達はこの果実が無くても、自力で食料が作れるニャ。それにドワーフの技術があれば、果実の加工や保存方法も見つかるはずニャ」
「お、お待ち下さい。それでは生産体制は、どうなるのです?」
「ホビットかエルフにやらせるニャ。私はもう決めたニャ。この大陸はミューモの支配下に入らせるニャ。多少強引な方法でも、この大陸を救うにはそれしかないニャ」
エレナは、国家元首をしっかりと見据える。
数分が過ぎても、エレナはじっと待っていた。首脳陣達の返答を、決断を。答えが直ぐに出るとは、思っていない。
しかし、危機感だけは植え付けられたはず。
エレナはゆっくりと、首脳陣達を見渡す。そして、直感的に感じた。恐らく彼らは答えられない。決断は出来ない。
あぁ、やはり縛られているんだ、神の呪いからは容易に解放されないんだ。
あと一歩、彼らの背中を押す事が出来れば。エレナは模索していた。ただエレナも、彼らを解放する糸口を見いだせずにいた。
「現実から目を逸らしちゃ駄目ニャ。守りたいものが有るなら、戦わなきゃならないニャ。それすら出来ないなら、滅びるしかないニャ。お前たちは滅びを選ぶのか? それが神に与えられた使命とやらニャ? 償う事を定めれたなら、勝手に償えばいいニャ。だが、お前らが滅んだら、その償いはどうなるニャ? 放棄するのニャ? それでいいのニャ? 生き残ってこそ、出来る事が有るニャ」
現実を直視しろ、守りたいなら戦え。それすら出来ないなら、お前達は滅びゆく種族だ。穏やかな口調で話していても、内容は辛らつだった。
毅然とした態度で返答を待つエレナに対し、ミノタウロス側は結局、回答する事が出来なかった。
どれだけ時間が経っただろう。エレナは徐に席を立つ。
「この国にも少しは置いていくニャ。お前らは勝手に育てるニャ」
「お待ち下さい!」
「何ニャ? 戦う気になったニャ?」
「いえ、それは……」
「ならお前らには用がないニャ。さよならニャ」
そう言い残し、エレナは謁見室を出ようとする。しかし、ふと何かを思い出したかの様に、ドアの前で立ち止まって振り返る。
改めて部屋の中を見渡すと、故郷のキャトロールでは見た事が無い農機具が、幾つも飾られる様に置かれている。
「そう言えば、前にペスカ達はお前らの国から出て来たニャ。お前らは、そこの農機具を誰に貰ったニャ?」
「今、ペスカ殿と仰いましたか?」
「言ったニャ」
「我々はペスカ殿に、これらの農機具を考案頂きました。それに、様々な知恵も頂きました。今、我々が自力で農作物の生産が出来るのは、全てペスカ殿のおかげです」
「そっか、やっぱりペスカは凄い奴ニャ」
「ところで、ペスカ殿は今どこに?」
打って変わって、明るく表情を変える国家元首。しかしエレナは目を伏せて、呟くように言った。
「もう、居ないニャ。死んだニャ」
「え?」
対照的に暗く沈む様に変わるエレナの表情。そして、ミノタウロス達は、目を丸くして暫く口をだらしなく開いていた。
エレナの呟きが、聞こえなかったのではない。信じられなかっただけである。少しの間、口を噤んだ後で、エレナはゆっくりと口を開いた。
「ペスカが生きていたら、この大陸の状況を悲しむニャ。私はペスカの意思を継ぐニャ。必ずみんな助けるニャ」
静かに部屋の中に響くエレナの言葉。その言葉は、この部屋に居るミノタウロス達の心を震わせた。
「わ、私は着いて行きます。共に戦わせて下さい」
たった一人。ミノタウロスが立ち上がり、上擦らせた声を張り上げた。その言葉が、場の雰囲気を変えていく。
次々と首脳陣が立ち上がる。エレナに賛同する者が増えていく。最後に、国家元首が立ち上がった。
「ペスカ殿に恩を返せるのなら、神の命にも逆らってみせましょう。我々はこれから武器を取る。亜人を守る為に戦うのだ!」
ペスカがミノータルに齎せたのは、農機具だけではない。
進歩した農業技術や治水技術等、様々な技術を伝授された。それは代々研究を重ねていた、ミノタウロスの技術を遥かに超え、ミノータルに農業革命を起こした。
ペスカには返しきれない恩が有る。人間の少女ペスカの存在が、頑なだったミノタウロス達の心を動かした。
呪いは緩やかに溶けていく。たった今、ミノタウロスは隷属の道を捨て、自らの足で歩む事を決めた。そしてエレナは笑みを深め、彼らを受け入れた。
「良いニャ。お前ら全員、私が守ってやるニャ!」
戦う決意を固めたミノタウロス達を連れ、首都の外で待つミューモの眷属の下へエレナは急ぐ。首都から出た頃に、各地の暴動を止めたミューモが合流した。
戦争の鎮圧、食料の確保、安全の確立。やるべき事は山の様にある。未だ燻る火種も全て消す。アンドロケイン大陸での、本当の戦いが始まった。
道中エレナは、ミノタウロス達に状況を語った。危機に瀕しているのは、この大陸だけではない。この世界が、壊れようとしている。その原因は、神の不在にあると。
ミノタウロス達には、全く理解が出来なかった。荒唐無稽の様にも感じる話である。しかし、少女の真摯な瞳に、嘘が無い事だけは理解した。
数刻が過ぎエレナは、首都に辿り着く。果実を背に乗せたミューモの眷属を首都の外に待たせ、エレナは馬車と共に首都へと入った。
首都にまでは暴徒の手は届いていない様で、農作物の加工や運搬準備等でミノタウロス達が忙しなく働いているのが見える。
ミノタウロス達は、脇目も振らずに働く。盲目的とも言えるその姿は、何かに取り付かれている様な異常さを、エレナに感じさせた。
「あいつら、ちゃんと食事はしてるニャ?」
「いえ。あれは全て他国に運ぶのです。我々は多少食事を減らしても、生きていける様に作られています」
案内役となったミノタウロスは、淡々と語った。しかしその言葉に、エレナは声を荒げた。
「馬鹿もほどほどにするニャ! 他人を救いたければ、先ずは自分を救うニャ! お前達が犠牲になっても、平和はやって来ないニャ!」
ミノタウロスの性格を知ってはいた。エレナが修めたのは武術だけではない、大陸各国の文化や歴史に関しても知識を有している。ミノタウロスの首都に来たのも、これが初めてではない。知識を求めて、図書館に訪れた事が有る。
しかし以前とは、明らかにミノタウロスの様子が違う。まるで追い立てられる様に、血眼になって働いている。
これでは、単なる奴隷と変わらない。
自由を放棄し自らの意思で、漠然とした平和という定義に隷属している。大陸の危機に瀕した状況で、ミノタウロス達の行動理念は、ねじ曲がっている様に感じる。
異様である。神の命を守る事が、今の状況で最も正しい事なのか。そうではないだろう。
「お前達も、救ってやるニャ」
馬車に同乗するミノタウロスには、聞こえない程に小さな声で、エレナは呟いた。彼らが自らを犠牲にするなら、それをさせない環境を作ってやる。エレナの決意が、口から零れた瞬間であった。
馬車を少し走らせると、議事堂へと辿り着く。直ぐに国家元首との面会が許された。やや広い部屋にエレナは通される。そこには、国家元首を始め国の首脳陣が揃っていた。
エレナは、全てを説明した。首脳陣達は、目を丸くしてエレナの言葉を聞いていた。
疑う訳ではない。巨大な化け物が、暴徒達を退散させたとの報告も受けている。現に巨大な化け物と呼称された、ドラゴンが首都のすぐ外に居るのだから。
「それで、我々は何をすれば宜しのか?」
「何って、色々してもらうつもりだったけど、お前らに任せるのは不安になって来たニャ」
「それはどう言う意味でしょう?」
「私達が運んできたのは、貴重な果物ニャ。今のお前らじゃ、奪われてお終いニャ」
国家元首は、返す言葉が無かった。自分達は罪人である、他者を傷付けてはいけない。罪を償う為には、全てを投げ売ってでも、他者に尽くさねばならない。全てのミノタウロス達は、幼少の頃からそう教えられて来た。国がそれを順守する様に、法を定めていた。
「その強靭な肉体は何の為にあるニャ?」
「それは、荒れた大地を耕す為です。この肉体を使い糧を作り続ける。亜人達の腹を満たす為に、我らは存在するのです」
「矛盾だニャ!」
「何を仰る! 今も我々は食料を作り続けています!」
「わからないニャ? それは誰の為の食糧ニャ? 大陸はこれからも壊れ続けるはずニャ。その時に生き残るのは、一体誰ニャ? エルフニャ? ドワーフニャ? ライカンスロープは、もう滅びたニャ。ハーピーとケンタウロスは、ライカンスロープを滅ぼした力を持て余して、未だに殺し合ってるニャ。魚人は飢えて、北上してるニャ。ドッグピープルもニャ。魚と犬を相手に戦争してるのが、我々猫の国ニャ。それに危険なのは兵士だけじゃないニャ。民衆が暴徒になるのは、お前らが一番良く知ってるニャ。もう一度聞くニャ。一体お前らは、誰を助けたいニャ?」
エレナの問いかけは、首脳陣達の胸を深く抉った。
大陸全土が、飢えに瀕している。その結果、各地で戦争が起きている。亜人達の心は荒み、差し伸べた手すら喰らわんとする。
このままでは、力を持つ者だけが生き残るだろう。自分達が否定した暴力によって、全てが支配される大陸となるだろう。理解をしているだけに、首脳陣達は口を噤む事しか出来なかった。
そして、エレナは静かに言葉を重ねる。
「もう、わからないでは済まされないニャ。自分が信じる物が有るなら尚更ニャ。私は全員を助けたいニャ。今を生きている全員ニャ。お前らはどうニャ?」
「我々は……」
生き方を変える事がどれだけ大変な事か。国となれば尚更である。理解をしていても、簡単に恭順する事は出来ない。そうやって、先祖から引き継いできたのだから。
「ここまで言っても駄目なら、私達は果実を持ってドワーフの所に行くニャ。お前達はこの果実が無くても、自力で食料が作れるニャ。それにドワーフの技術があれば、果実の加工や保存方法も見つかるはずニャ」
「お、お待ち下さい。それでは生産体制は、どうなるのです?」
「ホビットかエルフにやらせるニャ。私はもう決めたニャ。この大陸はミューモの支配下に入らせるニャ。多少強引な方法でも、この大陸を救うにはそれしかないニャ」
エレナは、国家元首をしっかりと見据える。
数分が過ぎても、エレナはじっと待っていた。首脳陣達の返答を、決断を。答えが直ぐに出るとは、思っていない。
しかし、危機感だけは植え付けられたはず。
エレナはゆっくりと、首脳陣達を見渡す。そして、直感的に感じた。恐らく彼らは答えられない。決断は出来ない。
あぁ、やはり縛られているんだ、神の呪いからは容易に解放されないんだ。
あと一歩、彼らの背中を押す事が出来れば。エレナは模索していた。ただエレナも、彼らを解放する糸口を見いだせずにいた。
「現実から目を逸らしちゃ駄目ニャ。守りたいものが有るなら、戦わなきゃならないニャ。それすら出来ないなら、滅びるしかないニャ。お前たちは滅びを選ぶのか? それが神に与えられた使命とやらニャ? 償う事を定めれたなら、勝手に償えばいいニャ。だが、お前らが滅んだら、その償いはどうなるニャ? 放棄するのニャ? それでいいのニャ? 生き残ってこそ、出来る事が有るニャ」
現実を直視しろ、守りたいなら戦え。それすら出来ないなら、お前達は滅びゆく種族だ。穏やかな口調で話していても、内容は辛らつだった。
毅然とした態度で返答を待つエレナに対し、ミノタウロス側は結局、回答する事が出来なかった。
どれだけ時間が経っただろう。エレナは徐に席を立つ。
「この国にも少しは置いていくニャ。お前らは勝手に育てるニャ」
「お待ち下さい!」
「何ニャ? 戦う気になったニャ?」
「いえ、それは……」
「ならお前らには用がないニャ。さよならニャ」
そう言い残し、エレナは謁見室を出ようとする。しかし、ふと何かを思い出したかの様に、ドアの前で立ち止まって振り返る。
改めて部屋の中を見渡すと、故郷のキャトロールでは見た事が無い農機具が、幾つも飾られる様に置かれている。
「そう言えば、前にペスカ達はお前らの国から出て来たニャ。お前らは、そこの農機具を誰に貰ったニャ?」
「今、ペスカ殿と仰いましたか?」
「言ったニャ」
「我々はペスカ殿に、これらの農機具を考案頂きました。それに、様々な知恵も頂きました。今、我々が自力で農作物の生産が出来るのは、全てペスカ殿のおかげです」
「そっか、やっぱりペスカは凄い奴ニャ」
「ところで、ペスカ殿は今どこに?」
打って変わって、明るく表情を変える国家元首。しかしエレナは目を伏せて、呟くように言った。
「もう、居ないニャ。死んだニャ」
「え?」
対照的に暗く沈む様に変わるエレナの表情。そして、ミノタウロス達は、目を丸くして暫く口をだらしなく開いていた。
エレナの呟きが、聞こえなかったのではない。信じられなかっただけである。少しの間、口を噤んだ後で、エレナはゆっくりと口を開いた。
「ペスカが生きていたら、この大陸の状況を悲しむニャ。私はペスカの意思を継ぐニャ。必ずみんな助けるニャ」
静かに部屋の中に響くエレナの言葉。その言葉は、この部屋に居るミノタウロス達の心を震わせた。
「わ、私は着いて行きます。共に戦わせて下さい」
たった一人。ミノタウロスが立ち上がり、上擦らせた声を張り上げた。その言葉が、場の雰囲気を変えていく。
次々と首脳陣が立ち上がる。エレナに賛同する者が増えていく。最後に、国家元首が立ち上がった。
「ペスカ殿に恩を返せるのなら、神の命にも逆らってみせましょう。我々はこれから武器を取る。亜人を守る為に戦うのだ!」
ペスカがミノータルに齎せたのは、農機具だけではない。
進歩した農業技術や治水技術等、様々な技術を伝授された。それは代々研究を重ねていた、ミノタウロスの技術を遥かに超え、ミノータルに農業革命を起こした。
ペスカには返しきれない恩が有る。人間の少女ペスカの存在が、頑なだったミノタウロス達の心を動かした。
呪いは緩やかに溶けていく。たった今、ミノタウロスは隷属の道を捨て、自らの足で歩む事を決めた。そしてエレナは笑みを深め、彼らを受け入れた。
「良いニャ。お前ら全員、私が守ってやるニャ!」
戦う決意を固めたミノタウロス達を連れ、首都の外で待つミューモの眷属の下へエレナは急ぐ。首都から出た頃に、各地の暴動を止めたミューモが合流した。
戦争の鎮圧、食料の確保、安全の確立。やるべき事は山の様にある。未だ燻る火種も全て消す。アンドロケイン大陸での、本当の戦いが始まった。