亜人の大陸アンドロケインには、多種の亜人が暮らしている。ただし、異なる種族が共存する事は、非常に困難な事である。

 大地母神ラアルフィーネは、数百にも及ぶ亜人を作り出した。現在は、エルフやドワーフはもちろんの事、ホビット、キャットピープル、ドッグピープル、魚人、ハーピー、ライカンスロープ、ケンタウロス、ミノタウロスだけが、国家という体裁を成して生活をしている。
 しかし、長い歴史の中で、数百にも及ぶ多くの種族が淘汰されて来た事を忘れてはならない。そして数を減らした種族の中には、多種族の奴隷として冷遇される者達も少なくない。

 女神ラアルフィーネは、大地と共に愛を司る。それは同時に平和をも愛するという事である。
 ただ、女神の意図とは裏腹に戦乱は起きた。多くの種族が淘汰され、現在残るのは十数種類のみ。

 戦い、それがアンドロケイン大陸の歴史でもある。

 もとより同種族の中でも、耳や尻尾の長短、体毛の種類等で様々な亜種が存在する。国家という体裁を成していても、その内情が決して平和的とは言い切れない。
 キャットピープルのエレナは、能力の高さ故に妬まれ、辺境地に追いやられた過去を持つ。

 そんな亜人達が、女神の恩恵を失い、飢餓となった世界で何を起こすのか。一抹の不安を抱え、ミューモはエレナを背に乗せ、空を駆けていた。

「エレナ、お前はどう思う? 何が最善だと考える?」
「う~ん、わからないニャ。そもそも、みんな仲良くなんて奴らじゃないニャ」
「そんな事は知っている。俺はあの大陸で、多くの種族を消して来たんだ。あそこは女神の意図した亜人の楽園とは、明らかに異なるのだ」
「そこまで言われると、ちょっとムカつくニャ。でも魔獣だって同じニャ。ズマが居なかったら、今頃は餌を求めて争ってたニャ」
「しかし、ズマをあそこまでの戦士に育てたのは、お前だろうエレナ。俺は認識を改めた。いや、改めざるを得なかった。魔獣や亜人は、我らドラゴンが管理せねばならない矮小な存在ではない。お前達には可能性が有る。俺はその可能性に賭けたい」
「そう言ってくれるのは嬉しいニャ。でも、あのいけ好かない奴らが居る限り、戦争は収まらないはずニャ。あいつらはいつも極端ニャ」
「エルフか……」
「それに」
「ライカンスロープか?」
「そうニャ。戦争はいつもあいつらが始めるニャ。オオカミの連中が動けば、ハーピーやケンタウロスが黙ってないニャ。それだけじゃないニャ。ズマが海から魚が居なくなったって言ってたニャ。海から魚が居なくなったら、魚人が暴れ出すに決まってるニャ。キャットピープルとドックピープルは、やられちゃうニャ」
「望みはホビットとドワーフか」
「あいつらは、エルフの見張り役ニャ。手一杯のはずニャ。頼っちゃ駄目ニャ」
「予想以上に難しいな」

 考えれば考える程、絶望的な状況しか思い浮かばない。
 アンドロケイン大陸の歴史上、多種族が手を取り合った事はたった一度。人間が攻め込んで来た時だけなのだから。
 切迫した状況下で、外敵に対して団結する事は出来た。ただ、それは女神の命が有ってこそ。女神の威光が無ければどうなるのか。考えるまでもない。絶望的な状況しか訪れない。

 そんな絶望が頭に過る中、エレナが零す様に呟く。僅かな希望が有るとすれば、かつての外敵であり、女神によって姿を変えられた元人間の存在だ。

「……多分、ミノタウロスなら」
「そうか! だが……。一応、状況を確認するぞエレナ」
「わかったニャ」

 一縷の望みを胸に、大空から俯瞰するミューモとエレナ。ただ、状況はエレナ達の想像を遥かに超えていた。

 海から魚が消えると、食料を求めて魚人達が北上始める。目的地は当然、ミノタウロス達が抱える広大な農村地帯だ。
 ただし、その道中にはキャットピープルの国が有る。そしてキャットピープルと魚人の間で、戦争が起きる。その戦争は二国には留まらず、ドッグピープル達をも巻き込む。

 何よりも、エレナ達を愕然とさせたのは、ライカンスロープの存在であった。ライカンスロープの国と隣接するのは、ハーピーとケンタウロスの国である。口火を切ったのは、間違いなくライカンスロープだろう。

 既に戦争は起きていた。しかし争っているのは、ハーピーとケンタウロス達であり、ライカンスロープの姿が見当たらない。
   
 更に目を凝らせば、凄惨な様子がはっきりと見えてくる。戦場に転がる死体の多くは、ライカンスロープのもの。そして、ぼろ布を身に纏った数種の亜人。奴隷にされていたのだろう、それは今や滅亡寸前まで数を得らした種族であった。
 国境付近から連なる死体の山は、ライカンスロープの首都まで続く。その首都では、ハーピーとケンタウロスが、大軍をもって戦い続けていた。
 
 ミューモは直ぐに、ハーピーとケンタウロスの戦争を止める様に眷属へ命令する。それと同時に、キャットピープルと魚人にドッグピープルの三国にも眷属を遣わせた。

「ライカンスロープが見当たらないニャ。死体はあいつらと奴隷達ばっかニャ」
「全滅もあり得るな。せめて、ハーピー達を止めねば。キャットピープル達もな」
「ミューモ。これからどうするニャ?」
「ミノタウロスの所に急ごう。奴らなら、この実を託すに充分だろう。後はエルフとドワーフ達だな」
「これ以上は、戦争を広げちゃ駄目ニャ」
「あぁ。急ぐぞエレナ」

 通常なら眷属のドラゴンでも、その威光は絶大である。力の違いに、歯向かう者は居ないだろう。
 しかし飢えに苦しみ殺気立った亜人達に対し、どこまでドラゴンの威光が通用するだろうか。もしかすると、力づくで止めざるを得ない事も考えられる。
 ただ、今は各所で起きる戦争を止める事が、最優先される事項だった。
 
 未だ燻る火種は有る。

 一刻も早く戦争を終結させないと、動き出すのは調停者を気取るエルフ。彼らは、戦争を止める為に、争う両陣営を躊躇なく滅ぼす。
 一対一なら負けずとも、集団戦となればドラゴンでさえ大魔法で打倒す存在である。彼らが動き出せば、ドワーフとホビットは戦うしかない。
 
 目的は、多くの命を救う事。その為に大量の果実を運んできたのだから。
 故に、戦争で落とす命を見過ごしていけない。戦争のきっかけとなっただろう飢えは、いち早く取り除かないとならない。
 
 ミューモは急ぐ。ミノタウロスの住む国へ。

 当のミノタウロス達は、自分達を犠牲にして農村部を守っていた。そして、自分達の食糧を確保する事なく、各地へ作物を輸送していた。
 ミノタウロスは、代々に渡り農業研究を続けていた。その技術は、神の恩恵が失われた今こそ、真価を発揮した。
 
 ライカンスロープの全滅。戦争の拡大。混迷を極めるアンドロケイン大陸。それでも、懸命に抗う者が居た。
 希望の光は、途切れてはいなかった。