以前のドラグスメリア大陸であれば、食料は戦って奪い合うのは当然であった。しかし、絶望的な未来が予測される中、ズマは断固として食料を奪い合う事を禁じた。それでも、飢えは深刻化していく。
「大丈夫なんだな。あの実は絶対に枯れないんだな」
「ブル殿、それは例の果実ですか?」
「そうなんだな。あれは、冬也の神気で育った実なんだな」
「では直ぐに。しかし、全員で動く訳にはいかない。スール殿、ドラゴンに様子を見に行って貰う事は出来るでしょうか?」
「もちろんだ。眷属達に行かせよう」
「では、お願いします。ノーヴェ殿、食料が残り少なくなっているのは事実。今の内に手分けして確保し、管理しなければならない。ご協力頂けるか?」
「当たり前だズマ」
それからズマを中心に、食料調達に動き始める。
戦時の食糧としても活躍した目的の果実は、確かに枯れる事無く存在し、皆の腹を満たす充分な量が生っていた。
ドラゴン達が果実を運び、一時的な飢えを凌いだものの、採り尽くしてはいずれ無くなる懸念もある。
これまで、密林で採る事や狩る事しかして来なかった魔獣達には、栽培し増やす知識などあろうはずがない。
そこでノーヴェを中心として、果実の木を増やす活動が始まった。しかし、エンシェントドラゴンの知恵を持ってしても、冬也の神気で育った木を増やす事は困難を極めた。
いつしか魔獣達の間で、『希望の果実』と呼ばれる様になったその果実は、ノーヴェの知恵と巨人達の労働力を持って、約二か月の試行錯誤を繰り返し、ようやく栽培の目途が立った。
更に三か月の時を経て、安定供給の目途が立った。
「なぁスール。これは冬也達の人間の所や、エレナ達の故郷に持っていきたいんだな? お腹が減って困ってるのは、おで達だけじゃないはずなんだな」
「ブル。お主の言う通りじゃ。まとめた数を用意して、持っていくとしよう」
「賛成ニャ。お腹が空いたら、あいつらは直ぐ戦争を始めるニャ。特にオオカミの奴らが厄介ニャ。それにエルフの奴らが動き始めたら、私の故郷は無くなっちゃうニャ」
「あぁ、確かに面倒な事態が起こりかねん現状だな。運搬は俺とスールの眷属達が行うんでよかろう。ただ薄れたとは言え、冬也様の神気が果実には混じっている。人間や亜人には毒になりかねんぞ」
「ミューモ。少量を口にする様に、言い含めれば良かろう。それと持っていく量だが、アンドロケインの量を増やさんとならん。ラフィスフィア大陸に運ぶ量は、それほど多くなくても良い」
「スール、何でニャ?」
「少し前に戦いが有って、人間の数は著しく減っておる。これでも貴重な果実だ。余らせたり腐らせる訳にはいかん」
「ならば、急ぐとしよう。エレナ、実を集めるのを手伝え」
彼らは果実を集めて、飛び立った。向かうのは、人間が住むラフィスフィア大陸と、亜人が住むアンドロケイン大陸。
そして現在、スールとブルはスールの眷属を従え、エルラフィア王国の王都、王立魔法研究所に備え付けられた広大な実験場に、降り立とうとしていた。
しかし、複数のドラゴンと巨大な一つ目の魔獣の襲来に、エルラフィア王国は一時騒然とする。
体が黒色だろうが金色だろうが、人間からすればどちらもドラゴンでしかない。国が、大陸中が窮地に陥ろうとしている最中だ、エサを探してやって来たと思うのは当然の事だろう。
そもそも、エンシェントドラゴンはラフィスフィア大陸ではおとぎ話でしかないのだから。
「ドラゴンの襲来だ! 皆、迎撃用意!」
「「はっ!」」
「我等は、あの戦いを生き延びたのだ! ドラゴンとて襲るるに足りん! ありったけの魔攻砲を打ち込んでやれ! 我等の国に来た事を後悔させてやるのだ!」
「「おう!」」
曲がりなりにも、黒いドラゴンと何度も戦い撃退してきた。それなりの経験は蓄えている。エルラフィア王国は、直ぐに魔攻砲を揃え迎撃の準備を備える。
後少し、魔攻砲の射程範囲まで近付けば、戦いが始まる。そんな時だった、スールが王都中へ響き渡らんとするばかりの大声を張り上げる。
「待て! 武器を降ろせ! 我等は争いに来た訳ではない! 繰り返すぞ、武器を降ろすのだ。我等はお主らを救いに来た。決して争うつもりはない」
「我等を救いに? 何を言う! 侵略だろうが!」
エルラフィア王国において、ドラゴンは悪い印象しかない。しかし、目の前にいるドラゴン達は黒いドラゴンと違って、無差別に攻撃を仕掛けて来る事は無い。それどころか戦闘を避けようともしている。
それでも直ぐに信じられるものではない。
「我等は冬也様とペスカ様の意思を継ぐ者。汝等もそうであろう。我等は汝等の窮地を救いに来た。頼む、信じて対話に応じてくれ」
冬也とペスカの名を出されて初めて、エルラフィア軍は魔攻砲の発射を止めた。
「皆! 撃ち方止め!」
「わかってくれたか……。それで、降りても良いかの?」
「それは暫し待たれよ。その前に名をお聞きしても?」
「儂は冬也様の眷属であるスール。背に乗るのは、同じく冬也様の眷属であるブル。連れのドラゴンは我が眷属だ。何度も言うが我等に侵略の意思は無い」
「そのスール殿とブル殿が何用で我が国に来られた?」
「我が故郷のドラグスメリアでは、食糧危機に陥っている。汝等の大陸も同じであろう」
「確かにそうだが」
「解決の一助となる物を持参した。一時凌ぎかもしれんが、それでもマシじゃろう。充分な数は用意している。納めて欲しい」
「スール殿。用向きは理解した。もう暫く待たれよ!」
そしてトールは、スール達を演習場に降ろすと、伝令を走らせる。トールは歴戦の雄である。戦いの意思が無い事は、既に理解している。しかし、スール達を囲む様に兵を待機させ、万が一に備える。
一方で、ブルは、『希望の果実』が入った大きな木桶を、眷属ドラゴンの背から降ろし始める。
「ブル殿と言ったか? それが我等の食糧難を解決する糸口となる物か?」
「そうなんだな。警戒しなくても良いんだな。大丈夫なんだな。これで、みんなお腹いっぱいなんだな」
ドラゴンより見劣りするとて、ブルは巨大な体躯の魔獣である。人間が魔獣と相対する事事態が稀なのだ。それ以上に、ブルの体格は脅威でしかない。
しかし、ブルから発せられる言葉は柔らかく響く。それは、不思議と心を落ち着かせる。兵達の警戒心を薄れさせていく。
次第とトールを初め兵達から緊張が溶けていく。周囲は穏やかな空気に包まれていった。
やがて、スールの前にはエルラフィア王を始め、ペスカと関係の深い人物である研究所所長のマルス、執政官として腕を振るうシリウス、領地の維持に尽力するシルビアが揃う。そして、ゆっくりとスールは口を開いた。
「先ずは、何から語ろうか」
静かに口を開くスールを制する様に、シルビアが前に出る。
「スール殿。お聞かせください、ペスカ様と冬也君はどうなったのです?」
本来ならば、国王を差し置いて発言する事など、言語道断であろう。しかしエルラフィア王は、咎める事をしなかった。
エルラフィア王とて、英雄の行方を何よりも知りたい事であったからである。だが、スールからの言葉は、集まった人間達を絶望に落とした。
「主……、冬也様とペスカ様は、お亡くなりになった」
シルビアは、愕然とし膝を突く。シリウスやマルス、国王も顔を青くして茫然自失となっていた。
世界の危機に対し、待ち焦がれる英雄の消失。それは、これまで歯を食いしばって耐え忍んでいた、彼らの心を折るのに充分な出来事であった。
「大丈夫なんだな。あの実は絶対に枯れないんだな」
「ブル殿、それは例の果実ですか?」
「そうなんだな。あれは、冬也の神気で育った実なんだな」
「では直ぐに。しかし、全員で動く訳にはいかない。スール殿、ドラゴンに様子を見に行って貰う事は出来るでしょうか?」
「もちろんだ。眷属達に行かせよう」
「では、お願いします。ノーヴェ殿、食料が残り少なくなっているのは事実。今の内に手分けして確保し、管理しなければならない。ご協力頂けるか?」
「当たり前だズマ」
それからズマを中心に、食料調達に動き始める。
戦時の食糧としても活躍した目的の果実は、確かに枯れる事無く存在し、皆の腹を満たす充分な量が生っていた。
ドラゴン達が果実を運び、一時的な飢えを凌いだものの、採り尽くしてはいずれ無くなる懸念もある。
これまで、密林で採る事や狩る事しかして来なかった魔獣達には、栽培し増やす知識などあろうはずがない。
そこでノーヴェを中心として、果実の木を増やす活動が始まった。しかし、エンシェントドラゴンの知恵を持ってしても、冬也の神気で育った木を増やす事は困難を極めた。
いつしか魔獣達の間で、『希望の果実』と呼ばれる様になったその果実は、ノーヴェの知恵と巨人達の労働力を持って、約二か月の試行錯誤を繰り返し、ようやく栽培の目途が立った。
更に三か月の時を経て、安定供給の目途が立った。
「なぁスール。これは冬也達の人間の所や、エレナ達の故郷に持っていきたいんだな? お腹が減って困ってるのは、おで達だけじゃないはずなんだな」
「ブル。お主の言う通りじゃ。まとめた数を用意して、持っていくとしよう」
「賛成ニャ。お腹が空いたら、あいつらは直ぐ戦争を始めるニャ。特にオオカミの奴らが厄介ニャ。それにエルフの奴らが動き始めたら、私の故郷は無くなっちゃうニャ」
「あぁ、確かに面倒な事態が起こりかねん現状だな。運搬は俺とスールの眷属達が行うんでよかろう。ただ薄れたとは言え、冬也様の神気が果実には混じっている。人間や亜人には毒になりかねんぞ」
「ミューモ。少量を口にする様に、言い含めれば良かろう。それと持っていく量だが、アンドロケインの量を増やさんとならん。ラフィスフィア大陸に運ぶ量は、それほど多くなくても良い」
「スール、何でニャ?」
「少し前に戦いが有って、人間の数は著しく減っておる。これでも貴重な果実だ。余らせたり腐らせる訳にはいかん」
「ならば、急ぐとしよう。エレナ、実を集めるのを手伝え」
彼らは果実を集めて、飛び立った。向かうのは、人間が住むラフィスフィア大陸と、亜人が住むアンドロケイン大陸。
そして現在、スールとブルはスールの眷属を従え、エルラフィア王国の王都、王立魔法研究所に備え付けられた広大な実験場に、降り立とうとしていた。
しかし、複数のドラゴンと巨大な一つ目の魔獣の襲来に、エルラフィア王国は一時騒然とする。
体が黒色だろうが金色だろうが、人間からすればどちらもドラゴンでしかない。国が、大陸中が窮地に陥ろうとしている最中だ、エサを探してやって来たと思うのは当然の事だろう。
そもそも、エンシェントドラゴンはラフィスフィア大陸ではおとぎ話でしかないのだから。
「ドラゴンの襲来だ! 皆、迎撃用意!」
「「はっ!」」
「我等は、あの戦いを生き延びたのだ! ドラゴンとて襲るるに足りん! ありったけの魔攻砲を打ち込んでやれ! 我等の国に来た事を後悔させてやるのだ!」
「「おう!」」
曲がりなりにも、黒いドラゴンと何度も戦い撃退してきた。それなりの経験は蓄えている。エルラフィア王国は、直ぐに魔攻砲を揃え迎撃の準備を備える。
後少し、魔攻砲の射程範囲まで近付けば、戦いが始まる。そんな時だった、スールが王都中へ響き渡らんとするばかりの大声を張り上げる。
「待て! 武器を降ろせ! 我等は争いに来た訳ではない! 繰り返すぞ、武器を降ろすのだ。我等はお主らを救いに来た。決して争うつもりはない」
「我等を救いに? 何を言う! 侵略だろうが!」
エルラフィア王国において、ドラゴンは悪い印象しかない。しかし、目の前にいるドラゴン達は黒いドラゴンと違って、無差別に攻撃を仕掛けて来る事は無い。それどころか戦闘を避けようともしている。
それでも直ぐに信じられるものではない。
「我等は冬也様とペスカ様の意思を継ぐ者。汝等もそうであろう。我等は汝等の窮地を救いに来た。頼む、信じて対話に応じてくれ」
冬也とペスカの名を出されて初めて、エルラフィア軍は魔攻砲の発射を止めた。
「皆! 撃ち方止め!」
「わかってくれたか……。それで、降りても良いかの?」
「それは暫し待たれよ。その前に名をお聞きしても?」
「儂は冬也様の眷属であるスール。背に乗るのは、同じく冬也様の眷属であるブル。連れのドラゴンは我が眷属だ。何度も言うが我等に侵略の意思は無い」
「そのスール殿とブル殿が何用で我が国に来られた?」
「我が故郷のドラグスメリアでは、食糧危機に陥っている。汝等の大陸も同じであろう」
「確かにそうだが」
「解決の一助となる物を持参した。一時凌ぎかもしれんが、それでもマシじゃろう。充分な数は用意している。納めて欲しい」
「スール殿。用向きは理解した。もう暫く待たれよ!」
そしてトールは、スール達を演習場に降ろすと、伝令を走らせる。トールは歴戦の雄である。戦いの意思が無い事は、既に理解している。しかし、スール達を囲む様に兵を待機させ、万が一に備える。
一方で、ブルは、『希望の果実』が入った大きな木桶を、眷属ドラゴンの背から降ろし始める。
「ブル殿と言ったか? それが我等の食糧難を解決する糸口となる物か?」
「そうなんだな。警戒しなくても良いんだな。大丈夫なんだな。これで、みんなお腹いっぱいなんだな」
ドラゴンより見劣りするとて、ブルは巨大な体躯の魔獣である。人間が魔獣と相対する事事態が稀なのだ。それ以上に、ブルの体格は脅威でしかない。
しかし、ブルから発せられる言葉は柔らかく響く。それは、不思議と心を落ち着かせる。兵達の警戒心を薄れさせていく。
次第とトールを初め兵達から緊張が溶けていく。周囲は穏やかな空気に包まれていった。
やがて、スールの前にはエルラフィア王を始め、ペスカと関係の深い人物である研究所所長のマルス、執政官として腕を振るうシリウス、領地の維持に尽力するシルビアが揃う。そして、ゆっくりとスールは口を開いた。
「先ずは、何から語ろうか」
静かに口を開くスールを制する様に、シルビアが前に出る。
「スール殿。お聞かせください、ペスカ様と冬也君はどうなったのです?」
本来ならば、国王を差し置いて発言する事など、言語道断であろう。しかしエルラフィア王は、咎める事をしなかった。
エルラフィア王とて、英雄の行方を何よりも知りたい事であったからである。だが、スールからの言葉は、集まった人間達を絶望に落とした。
「主……、冬也様とペスカ様は、お亡くなりになった」
シルビアは、愕然とし膝を突く。シリウスやマルス、国王も顔を青くして茫然自失となっていた。
世界の危機に対し、待ち焦がれる英雄の消失。それは、これまで歯を食いしばって耐え忍んでいた、彼らの心を折るのに充分な出来事であった。