穏やかな性格で、戦いを望まない。食べる事を何よりも好み、寝ている事が幸せである。柔らかな口調と、優し気な表情。およそ戦いとは縁の無い、サイクロプスのブル。

 彼は戦場の只中に居た。魔攻砲を持って、モンスターを駆逐していた。しかし、彼には見えていた。前線で魔獣達が倒れていくのを。その中に、同じ種族の仲間が居る事を。その中に、自分を生んだ親が居る事を。

 優しいブルは、他者の為に力を惜しまない。それは冬也に対してだけではない。ズマやエレナに対しても変わらずに接した。

 これまでの戦いで、ブルはただ仲間を守るだけだった。

 例えモンスターが相手であっても、ブルは戦い自体が嫌いだった。身を守る為に、戦った事は幾度もある。その度にブルは、とても嫌な気分になった。だから、自分の為には戦いたくなかった。
 
 しかし今、優しいブルの中で闘志が漲っていた。同族が倒された事にブルは慟哭した。目の前に起きている理不尽が許せない。目の前の敵を倒したい。

「酷いんだな。なんでこんな事をするんだな。みんな怪我してるんだな。痛そうなんだな。許せないんだな」

 強い想いが溢れた瞬間、ブルの中で何かが弾けた。

 マナは爆発的に高まる。その中にはほんの僅かだが神気が混じる。そして、細く繋がっていた線が太くなる様に、力の源へしっかりと繋がる。

「冬也なら、何とかするんだな。でも、冬也は居ないんだな。冬也。おでも力が欲しいんだな、みんなを守れる力が欲しいんだな。それで守るんだな。絶対に死なせないんだな」

 力が欲しい。戦う力が。奴らを倒せる力が。仲間を守る力が。
 
 それは初めて見せたブルの戦いの意思。ブルの意思が、力の源へと伝わる。そして力の源から、意思が返って来る。
 
「あぁ、いいぜブル。良く覚悟したな。俺の力を使え。それで、みんなを守ってくれ」
 
 それはブルが薄っすらとだが、常に感じていた冬也の気配。今のブルには、はっきりと感じる。冬也との繋がりを。そして感じる、冬也の力を。

 そしてブルは飛んだ。

 大きく飛び上がり着地すると、倒れる仲間を食らおうとする、モンスターを払いのけた。吹き飛んだモンスターの数は、凡そ百体を超えた。

 元より神の眷属となる為には、親和性が高くなければならない。そうでないと、神気で繋がる事が出来ない。
 単なる約束ではなく、実質的な繋がりを要するのが神の眷属化である。 

 もし親和性が低い場合は、眷属となる相手に自分の神気を分けて、染め上げなくてはならない。奇しくもスールの場合は、冬也は命を救う為に、ありったけの神気を渡した。

 その為、スールは冬也の眷属となり得た。
 
 ブルの場合は、冬也のミスから始まった。コボルトにより、傷ついたブルを助ける為、冬也が治療をする際に誤って神気を流してしまった。それにより、若干ではあるが冬也とブルに神気のパスが繋がった。
 ただそれは、数日経てば消えてしまうとても細い繋がりの筈だった。しかし、その繋がりは数日を経ても途絶える事はなかった。
 何故なら、冬也の神気が詰まった果実を、ブルが食べ続けていたから。ブルが果実で腹を満たすと共に、ブルのマナは冬也と親和性が高まっていった。

「冬也。ありがとうなんだな。これで守れるんだな。おでは守れるんだな」

 眷属となった事で、冬也の神気が流れ込んでくる。ブルの体から神気が高まる。
 ブルは大きな両腕を振るい、モンスターを薙ぎ払った。仲間達の体を守ろうと、モンスターを払い除けた。
 モンスターを払い除けると、仲間達の様子を見る様にブルは目を凝らす。そして、ミューモに向かい大声を上げた。

「ミューモ。助けて欲しいんだな。みんなはまだ生きてるんだな!」
「お、お前!」
  
 ミューモは驚きに目を見開いた。大声で叫んだのは、ペスカの言葉に出てきたサイクロプスの小僧。ほとんど力を持たない筈のただの小僧から、次元を超えた力を感じるのだ。
 呆気に取られるミューモに対し、ブルは言葉を続ける。

「早くするんだな。みんなを助けるんだな!」
「あ、あぁ」

 ミューモは着地し、前線で倒れる魔獣達に治療魔法をかける。
 
「治療の時間は、おでが作るんだな」

 そこからブルは、鬼神となった。

 圧倒的な力で、モンスターを消し飛ばした。エンシェントドラゴンでさえ手を焼いたモンスターの大群を、まるで塵でも払う様に消滅させていった。

 ブルの拳は、一撃で数百のモンスターを消し飛ばす。ブルが足を踏み鳴らせば、大地が怒りモンスター達に牙を剥く。

 四大魔獣と巨人達が倒れた事で崩れた前線は、ブルが立て直した。止む事の無いモンスターの波は、ブルが止めてみせた。

「なんて奴だ。我らエンシェントドラゴンの力を凌駕するのか」

 ミューモは、治療をしながらもブルに魅せられていた。   
 それと同時に悔しさが込み上げてくる。守ると誓った者達を守れなかった挙句に、再び手を差し伸べられた。

 情けない。

 己の不足を感じミューモは泣いていた。機会を与えられ、活かせなかった事への悔悟。自責の念が、ミューモの中に渦巻いていた。
 
「これ以上、無様を晒さない。絶対にだ!」

 ミューモは吠えた。その後悔は、ミューモをもう一段、高みへ成長させる。

「ブルが、凄いニャ!」

 後方で戦っていたエレナは、思わず呟いた。
 常にぼーっとして、腹を空かせて、柔らかい笑みを絶やさない。戦いにおいても、仲間が傷つかない限りは、積極的に行動しようとはしない。そのブルが、自ら動きモンスターを屠る。
 いつもの姿とは考えられない、それ程の戦いぶりだった。
 
「なんか、冬也の気配がするけど、気のせいかニャ?」

 詳しい事情を知らないエレナは、ブルから放たれる冬也の神気を感じ取り首を傾げた。
 ただ、ブルが前線に飛んでいってから、後衛まで漏れてくるモンスターの数が、明らかに減っていた。負担が軽減したのを感じる。

 しかし、この状況にエレナは危機を感じた。

「皆、油断をするな! まだ戦いは終わってない!」
 
 何が起きるのかわからないのが戦場である。エレナは声を上げて、ゴブリン軍団に注意を促した。

 ズマはエレナの言葉を受けて、ゴブリン軍団に怒声を浴びせた。危険は去っていない。敵は未だに減ってない。ただ、ブルが抑えているだけ。
 
 そしてズマは、冷静に状況を判断する。

 エレナはズマに言った、危険を感じたら撤退しろと。だが撤退には、正確な判断が必要となる。それには状況を、見極めないとならない。そして、ズマの中にも秘めた想いがあった。
 
「教官とブル殿を置いて、私だけ逃げる事など有り得ん!」

 前衛が止めきれないモンスターを、倒し続けるエレナ。最前線で、ドラゴンにも勝る数のモンスターを屠るブル。刻々と変化する状況を、冷静に観察し指揮するズマ。
 
 戦闘は終わらない。悪夢は終わらない。密かに、そしてしたたかに、悪意は広がる。絶望はまだ始まったばかりであった。