そこは地獄。
瘴気が溢れ、大地は腐敗し、悪臭が充満する。大気を淀ませるのは、悪意、殺意、狂気、邪気、嫉妬、強欲、怒り等の様々な感情。只人が足を踏み入れれば、瞬時に発狂するだろう。
例え神でも力が弱ければ、簡単に取り込まれるだろう。
そこは地獄。
原型を留めず真っ黒に染まり、元が何だったのかもわからない程に爛れた、醜悪なモンスターが闊歩する。触れただけで瘴気が伝染しそうなモンスターは余りにも多く、大地や大空を埋め尽くす。その唸り声は、肌を粟立たせる程に悍ましい。
全てを恨み、全てを破壊しようと、恐ろしいまでの殺意を放ち続ける。
淀んだ悪意に満ちた地獄。
その只中に兄妹が居た。憶する事なく真向から立ち向かう兄妹の姿があった。神と人間、その両側面を併せ持つ二人は、決して負けない、決して挫けない、決して諦めない。
二人は戦いの中で、永久機関とも言える力の供給方法を身につけていた。二人が振るう神剣は、モンスターを切り裂き浄化する。
浄化した清浄なマナは、大地に還すと共に、己のマナや神気を補充する。
しかし、二人は人間の肉体を持つ。疲労すれば、食事も必要となり、睡眠も不可欠である。それでも、二人は剣を振るう事を止めない。
何がそこまで二人を突き動かすのか?
過去の因縁。邪神との決着。仲間の存在。様々な想いは確かにある。ただ、その根底にあるのは、兄への想い、妹への想い。
兄妹が二人揃えば最強であるのは、疑う余地も無い。
かつて、邪神ロメリアを倒したのはこの二人。混沌勢と呼ばれる邪神達、混沌の神グレイラス、嫉妬の女神メイロードを倒した上に、戦いの神アルキエルも倒して見せた。
二人が通った後は浄化され、清浄な大地に戻る。しかし、群がるモンスターによって、再び荒らされる。
二人にとって、モンスターは敵では無い。ただ群がる鬱陶しいだけの何か。モンスターの討伐が目的ならば、一か所に留まるだけでいい。相手は、勝手に寄ってくる。
倒しても尚、モンスターの数は減る傾向が無いのは、邪神が健在だからに他ならない。
「なんて言うか。本命を倒さないと、何も終わらないし、何も始まらないって事だね」
数百のモンスターを浄化しながら、ペスカは呟く。
「さぼんなペスカ。これだけの量だ。早く糞野郎をぶっ飛ばさねぇと、ズマ達はやべえぞ!」
「うん、まぁそうなんだけど。万が一の為にスールを付けた訳だし、山さん達にも頑張って貰わないと」
「山さんが過労死すんぞ!」
「お兄ちゃん馬鹿なの? 山さんが死ぬわけないじゃない。神様なんだよ!」
モンスターを倒す事が本当の目的ではないが、少しでも仲間達の負担は減らしたい。ペスカと冬也は歩みを止めない。そして、いち早く邪神の下へ。
走ればその分、邪神に早く近づく。しかし幾重にも重なるモンスターの壁が立ち塞がり、二人を足止めする。
急く心を剣に乗せて、冬也は神剣を振るう。そしてモンスターの壁に、大きな風穴を開ける。
冬也には、わかっていた。このままでは、多くの犠牲が出る事を。だからこそ、がむしゃらに前に進んだ。
冬也の焦りや苛立ちが、ペスカには手に取る様にわかる。しかし、必要なのは焦る事ではない。ペスカにも見えていた。この戦いが、どれだけ凄惨なものになるのか。だからこそ、冷静に努めた。
ペスカはただの天才ではない。周到な準備と冷静な判断で、どんな苦難をも乗り越えてきた。
邪神に対しては後塵を拝しても、決して準備を蔑ろにした訳ではない。限られた時間の中で、やるべき事はした。だからこそ、本命が存在する大陸東部まで辿り着いた。
後は仲間を信じるしかない。スールやミューモにノーヴェ。エレナやブルにズマ。そして多くの魔獣達。生き残る事が、如何に困難だとしても、乗り越えられると信じるしかない。
それに、ここには山、風、水の三柱の神とその眷属達が居る。互いに認めたがらないだろうが、ペスカと双璧を成す天才クロノスも居る。
「ペスカ。クロノスがやったみたいな広範囲のやつ、出来ねぇのか?」
「馬鹿じゃない! クロノス如きに出来る事が、私に出来ないはず無いでしょ!」
「だったら、やれよ! いつまで経っても進まねぇよ!」
「駄目だよ! 多分ね、嫌な予感がするんだよ。こっちの手が読まれてるみたいな」
「手が読まれてる? どういう事だ?」
「山さん達の大規模浄化は、失敗したんだよ。未だにモンスターが居るのがその証拠」
「それが、どうしたんだ?」
「失敗した原因が問題なんだよ。山さんが言ってたじゃない、邪神は沢山の神格を統合した複合体だって」
「よくわかんねぇよペスカ」
「だ~か~ら~、手の内を読まれてるって訳。統合された神格の中にミュール様の眷属が居たんじゃない?」
「仲間を取り込んで、記憶を共有してるって事か?」
「そうそう。だから余計な事をしないで、ちまちま倒した方が結果的には早いんだよ。実際、大規模浄化魔法の後で、モンスターは強くなってるでしょ?」
「糞野郎が、こっちの対抗策を持ってるって訳だな?」
「そういう事。だから地道にいくよ、お兄ちゃん」
簡単な抜け道など無い。確かに道を切り開くのは、積み上げた努力であろう。だが、これは命をかけた戦い。救いの道を求めるのは必然だろう。
しかし、端からそんな方法は存在しない。今回の大規模魔術で判明した事実は、邪神が単なる悪意の塊ではない事。もしかしたら邪神は、こちらより一枚も二枚も上手の存在かもしれない事である。
それだけに、迂闊な行動は出来ない。ペスカはモンスターを倒しながら、頭を働かせた。ペスカとて、苛立ちを感じない訳がない。
遅々として進まぬ攻略。想定以上に厄介な相手。被害の拡大は、想像もつかない。
現状で未だ、東部から大陸全土に拡大をしてないとすれば、良く頑張っている方だろう。悪意の根源により近い場所に居るペスカには、そう思えて仕方ない。
実の所、直接会話には参加していないが、ペスカと冬也は山の神を中心とした念話のネットワークに参加していた。
浄化魔法を展開させるまでは、山の神達からの通信がペスカ達にも聞こえていた。発動直後に通信が途絶えて、それ以降は念話が繋がらない。
しかし、山の神を始めとした面々が、そのまま手をこまねいているはずがない。
状況がわからない今は、期待をするしかない。ペスカは、歯がゆい思いにかられる。だが、冷静でなければ対処が出来なくなる。何故なら、もうここは地獄の深淵なのだから。
地獄に例えるなら、モンスターは鬼だろう。今の所は、鬼の対処は出来る。それは、ペスカや冬也だから。もしくは、山の神の様な原初の神だから。
しかし魔獣達に、鬼退治は少々酷であろう。
「スール頼むよ、ほんと。エレナ、みんなを守ってね」
切実なペスカの願いが思わず口から零れる。
「大丈夫だ。その前に、ぶっ飛ばそう」
冬也の力強い声が響く。邪神の居場所はわかっている。邪悪な気配は、痛い程にわかる。
一秒でも早く、一歩でも近づく。
どれだけモンスターを倒しても、ペスカと冬也の本当の戦いは、まだ始まっても居ない。
邪神の場所は、未だ遠い。夜明けは、未だ見えない。
瘴気が溢れ、大地は腐敗し、悪臭が充満する。大気を淀ませるのは、悪意、殺意、狂気、邪気、嫉妬、強欲、怒り等の様々な感情。只人が足を踏み入れれば、瞬時に発狂するだろう。
例え神でも力が弱ければ、簡単に取り込まれるだろう。
そこは地獄。
原型を留めず真っ黒に染まり、元が何だったのかもわからない程に爛れた、醜悪なモンスターが闊歩する。触れただけで瘴気が伝染しそうなモンスターは余りにも多く、大地や大空を埋め尽くす。その唸り声は、肌を粟立たせる程に悍ましい。
全てを恨み、全てを破壊しようと、恐ろしいまでの殺意を放ち続ける。
淀んだ悪意に満ちた地獄。
その只中に兄妹が居た。憶する事なく真向から立ち向かう兄妹の姿があった。神と人間、その両側面を併せ持つ二人は、決して負けない、決して挫けない、決して諦めない。
二人は戦いの中で、永久機関とも言える力の供給方法を身につけていた。二人が振るう神剣は、モンスターを切り裂き浄化する。
浄化した清浄なマナは、大地に還すと共に、己のマナや神気を補充する。
しかし、二人は人間の肉体を持つ。疲労すれば、食事も必要となり、睡眠も不可欠である。それでも、二人は剣を振るう事を止めない。
何がそこまで二人を突き動かすのか?
過去の因縁。邪神との決着。仲間の存在。様々な想いは確かにある。ただ、その根底にあるのは、兄への想い、妹への想い。
兄妹が二人揃えば最強であるのは、疑う余地も無い。
かつて、邪神ロメリアを倒したのはこの二人。混沌勢と呼ばれる邪神達、混沌の神グレイラス、嫉妬の女神メイロードを倒した上に、戦いの神アルキエルも倒して見せた。
二人が通った後は浄化され、清浄な大地に戻る。しかし、群がるモンスターによって、再び荒らされる。
二人にとって、モンスターは敵では無い。ただ群がる鬱陶しいだけの何か。モンスターの討伐が目的ならば、一か所に留まるだけでいい。相手は、勝手に寄ってくる。
倒しても尚、モンスターの数は減る傾向が無いのは、邪神が健在だからに他ならない。
「なんて言うか。本命を倒さないと、何も終わらないし、何も始まらないって事だね」
数百のモンスターを浄化しながら、ペスカは呟く。
「さぼんなペスカ。これだけの量だ。早く糞野郎をぶっ飛ばさねぇと、ズマ達はやべえぞ!」
「うん、まぁそうなんだけど。万が一の為にスールを付けた訳だし、山さん達にも頑張って貰わないと」
「山さんが過労死すんぞ!」
「お兄ちゃん馬鹿なの? 山さんが死ぬわけないじゃない。神様なんだよ!」
モンスターを倒す事が本当の目的ではないが、少しでも仲間達の負担は減らしたい。ペスカと冬也は歩みを止めない。そして、いち早く邪神の下へ。
走ればその分、邪神に早く近づく。しかし幾重にも重なるモンスターの壁が立ち塞がり、二人を足止めする。
急く心を剣に乗せて、冬也は神剣を振るう。そしてモンスターの壁に、大きな風穴を開ける。
冬也には、わかっていた。このままでは、多くの犠牲が出る事を。だからこそ、がむしゃらに前に進んだ。
冬也の焦りや苛立ちが、ペスカには手に取る様にわかる。しかし、必要なのは焦る事ではない。ペスカにも見えていた。この戦いが、どれだけ凄惨なものになるのか。だからこそ、冷静に努めた。
ペスカはただの天才ではない。周到な準備と冷静な判断で、どんな苦難をも乗り越えてきた。
邪神に対しては後塵を拝しても、決して準備を蔑ろにした訳ではない。限られた時間の中で、やるべき事はした。だからこそ、本命が存在する大陸東部まで辿り着いた。
後は仲間を信じるしかない。スールやミューモにノーヴェ。エレナやブルにズマ。そして多くの魔獣達。生き残る事が、如何に困難だとしても、乗り越えられると信じるしかない。
それに、ここには山、風、水の三柱の神とその眷属達が居る。互いに認めたがらないだろうが、ペスカと双璧を成す天才クロノスも居る。
「ペスカ。クロノスがやったみたいな広範囲のやつ、出来ねぇのか?」
「馬鹿じゃない! クロノス如きに出来る事が、私に出来ないはず無いでしょ!」
「だったら、やれよ! いつまで経っても進まねぇよ!」
「駄目だよ! 多分ね、嫌な予感がするんだよ。こっちの手が読まれてるみたいな」
「手が読まれてる? どういう事だ?」
「山さん達の大規模浄化は、失敗したんだよ。未だにモンスターが居るのがその証拠」
「それが、どうしたんだ?」
「失敗した原因が問題なんだよ。山さんが言ってたじゃない、邪神は沢山の神格を統合した複合体だって」
「よくわかんねぇよペスカ」
「だ~か~ら~、手の内を読まれてるって訳。統合された神格の中にミュール様の眷属が居たんじゃない?」
「仲間を取り込んで、記憶を共有してるって事か?」
「そうそう。だから余計な事をしないで、ちまちま倒した方が結果的には早いんだよ。実際、大規模浄化魔法の後で、モンスターは強くなってるでしょ?」
「糞野郎が、こっちの対抗策を持ってるって訳だな?」
「そういう事。だから地道にいくよ、お兄ちゃん」
簡単な抜け道など無い。確かに道を切り開くのは、積み上げた努力であろう。だが、これは命をかけた戦い。救いの道を求めるのは必然だろう。
しかし、端からそんな方法は存在しない。今回の大規模魔術で判明した事実は、邪神が単なる悪意の塊ではない事。もしかしたら邪神は、こちらより一枚も二枚も上手の存在かもしれない事である。
それだけに、迂闊な行動は出来ない。ペスカはモンスターを倒しながら、頭を働かせた。ペスカとて、苛立ちを感じない訳がない。
遅々として進まぬ攻略。想定以上に厄介な相手。被害の拡大は、想像もつかない。
現状で未だ、東部から大陸全土に拡大をしてないとすれば、良く頑張っている方だろう。悪意の根源により近い場所に居るペスカには、そう思えて仕方ない。
実の所、直接会話には参加していないが、ペスカと冬也は山の神を中心とした念話のネットワークに参加していた。
浄化魔法を展開させるまでは、山の神達からの通信がペスカ達にも聞こえていた。発動直後に通信が途絶えて、それ以降は念話が繋がらない。
しかし、山の神を始めとした面々が、そのまま手をこまねいているはずがない。
状況がわからない今は、期待をするしかない。ペスカは、歯がゆい思いにかられる。だが、冷静でなければ対処が出来なくなる。何故なら、もうここは地獄の深淵なのだから。
地獄に例えるなら、モンスターは鬼だろう。今の所は、鬼の対処は出来る。それは、ペスカや冬也だから。もしくは、山の神の様な原初の神だから。
しかし魔獣達に、鬼退治は少々酷であろう。
「スール頼むよ、ほんと。エレナ、みんなを守ってね」
切実なペスカの願いが思わず口から零れる。
「大丈夫だ。その前に、ぶっ飛ばそう」
冬也の力強い声が響く。邪神の居場所はわかっている。邪悪な気配は、痛い程にわかる。
一秒でも早く、一歩でも近づく。
どれだけモンスターを倒しても、ペスカと冬也の本当の戦いは、まだ始まっても居ない。
邪神の場所は、未だ遠い。夜明けは、未だ見えない。