ブルの参戦は大きかった。ブルの登場により、ズマの抱えるプレッシャーは大幅に軽減された。
指揮を任されたズマの負担は計り知れない。自分の判断一つで、仲間の命が危険に晒される。これまでの戦いに無い程の重圧が、ズマに伸し掛かる。
しかし、逃れる訳にはいかない。
南部の魔獣を併合させた方法は、和解だけではない。力を示し従えた魔獣も少なくない。
数々の修羅場を超えてきた。その分、強くなった。だが、師であるエレナには、未だ及ばない。黒い軍勢を単独の力で消滅させる事は出来ない。
ライフルを持ってでしか、消滅させられない。連発可能であっても、所詮一体ずつを倒すしかない。魔攻砲の登場は、広範囲の攻撃を可能とし、戦線の維持を楽にした。
また魔攻砲による広範囲攻撃が、最前線に立つエレナの負担を軽減した影響は大きい。同じく前線で戦うトロールを始め、左右に展開した魔獣達も同様に、魔攻砲の存在は心強い。
ブルの登場により、戦況は一変する。エレナの奮闘は、伝播するように魔獣達の士気を高める。ブルが放つ攻撃は、ゴブリン軍団の息を吹き返す。侵攻速度は各段に上がり、南側から黒い軍勢が消えていった。
そしてズマは心の中で手を合わせた。「ブル殿、かたじけない」と。そして、仲間を鼓舞した。
「ここが正念場だ! 戦え! 勝利は目の前にある!」
西部からの侵攻も、戦況は一変していた。
ノーヴェと四大魔獣の圧倒的な力が、ミューモや巨人達に勢いを与える。戦いに籠められた思いは多少異なれど、目的は同じ。
黒一色に染まった大地から、瞬く間に黒色を無くしていく。それは、まるで色彩を変える化学実験の様に、黒い軍勢は姿を消していった。
カチリと嵌った歯車の様に、二つの軍勢は力を発揮する。そしてローからトップへと、一気にギアが上がっていく。
別の場所で戦う、スールの勢いも止まらない。
神龍の力は伊達ではない。中央以北の黒い軍勢を消滅させた後に、東側に赴く。その力は、留まる事を知らない。
あっという間に東側の黒い軍勢を消滅させた。
そして、ペスカの居る中央部からは、緑が生まれていく。ただ、変化はそれに留まらなかった。
ペスカの近くで光が溢れた。その光は人の形を作っていく。幼い少女の様な容姿、柔らかい神気、失ったはずの神の肉体。
水の女神カーラの復活であった。
「君がペスカちゃんだよね、ありがとう。私はカーラ。水の司る原初の神」
水の女神の登場に、ペスカは驚く訳でもなく、ただじっとカーラを見つめていた。
「な、何かな? ペスカちゃん?」
「いや、ロリは予想外だったなって」
「そこはかとなく馬鹿にしてるね?」
「う~ん。おっさん、ツンデレと来て次はロリか。そうするとあだ名はカーちゃんかな」
「やっぱり馬鹿にしてるよね、ペスカちゃん」
「じゃあ、ばあちゃんが良い?」
「あのねペスカちゃん。原初の神を馬鹿にしちゃ駄目なんだよ!」
フンっと腰に手を当て、鼻息を荒く憤る女神カーラ。その姿は、拗ねる少女の愛らしさを持つ。しかし同性のペスカには、少女の愛らしさなど通じる訳も無い。
「ほうほう。邪神の分体を封印する事も出来ずに、乗っ取られた上、体を無くしたロリババアが偉いんですか。そうですか」
「うぐっ!」
「そもそも隙を与えて、黒いスライムが増えたのは誰のせいでしたか?」
「グハッ!」
「そんな駄女神の代わりに土地神に呼び掛けて、大地の復活をしている私に何か?」
チクチクと言葉攻めで、女神カーラにダメージを与えるペスカ。そして、女神カーラは頭を下げた。
「あだ名は、せめて可愛いのにして下さい」
「駄目! よろしくね、カーちゃん」
「い~や~だぁ~!」
女神カーラの叫びを気に留める事無く、ペスカは言い放つ。
「さぁ、カーちゃん。その力で大地を復活させるんだよ!」
「あの、ペスカちゃん。手伝ってはくれないの。私はこれでも復活したてで、神気が少ないのよ」
「おぅ。思った以上にポンコツ!」
「なんか、酷い言い方に聞こえるけど、気のせい?」
「いや、気のせいじゃないし。それにここまで下地を作ったんだから、うだうだ言わないの! 私はこれから東に行かなきゃなんないの。出来るだけ神気を温存したいの。原初の神なら頑張って!」
女神カーラは肩を落とした。叱られた子供の様に俯き、頬を膨らませながらも、回復しきっていない神気を高めた。
「ミュール様。ペスカちゃんはいじめっ子です。どうか力をお貸しください」
「ちょっと、カーちゃん。余計な告げ口しないでよ!」
「もう遅いのです。いじめっ子には、天誅を! でも手伝ってくれるなら、特別に見逃してあげます」
「脅すなんて、酷くない? このポンコツロリババア!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、ペスカは神気を大地に注いでいく。元より、女神カーラに丸投げするつもりはない。大地の力を取り戻す事は、この地に住まう者達の為である。
そんなペスカの姿に、女神カーラは少し笑みを深めた。
女神カーラの復活は、大地に多大な影響を及ぼす。
例え己の神気が少なくても、大地母神ミュールの眷属である女神カーラは、大地母神ミュールの力を借りて大地を潤していく。
木々が増える、緑が広がる。水は清く、風は心地よく。そして大地は、元の姿を取り戻していく。
中央部から大地の復活が、周辺からは黒い軍勢の消滅が進む。南側から進むゴブリン軍団と、西側から進む魔獣軍団が合流を果たす。
最早、戦闘は殲滅戦の様相を呈している。大陸北部の戦闘は終わりを告げようとしていた。
黒い軍勢が消えると比例する様に、大陸北部の大地は回復の速度を上げていく。やがてスールが魔獣軍団と合流する頃には、黒い軍勢は数える程になっていた。
そしてスールのブレスが、最後に残った黒い軍勢を消し飛ばす。消滅を確認した魔獣の軍団は、それぞれに歓喜の声を上げた。
咆哮は波の如く、大陸北部を包んでいく。それは、彼らが自身の手で掴んだ勝利の喜び。
溢れる緑は、彼らの喜びに答えようと、更に広がっていった。
興奮が冷めやらぬ魔獣達。ゴブリン軍団、巨人達、四大魔獣、そしてエンシェントドラゴンとその眷属達。互いを称えあう姿は、共に苦難を乗り越えた絆でもある。
そして、喜び合う魔獣達を前に、スールは静かに口を開く。その声は、全ての魔獣の視線を一瞬にして引き付けた。
「大陸北部の戦いは終わった。皆、よく頑張った。諦めずに戦った事は称賛に値する。だが、ここまではほんの序盤だ。本当の戦いはこの大陸の東だ。今、大陸の東は悪意に満ちた邪神の領域である。多くの仲間達が犠牲になった。大陸の東を解放してこそ、完全な勝利となる。勇敢なる戦士達よ、その力を今一度貸してくれ!」
スールは語った。
ここまで戦った事は称賛する。しかし、これが終わりではない。本当の戦いはこれからである。
ここからの戦いは、今までとは違う。恐らく死者が出るだろう。犠牲になる者は多いだろう。
恐れるなら、逃げても構わない。それは決して恥ずかしい事ではない、それを笑う事は許さない、この手で必ず粛清する。
だがもし、この大陸から邪悪なるものを消滅させようと思うなら、その力を貸してほしい。
スールの語りに応えて、再び魔獣達から割れんばかりの咆哮が上がる。その咆哮はうねりとなり、大陸北部に響きわたる。
誰が引くというのだ。誰が逃げるというのだ。
これは自分達の戦いだ。自分達で成し遂げる。
邪悪を払うのだ!
かつて戦いの中でしか、互いの存在を認め合う事が出来なかった者達が、手を取り合う。それは大きな危機に際して見えた、一つの光明なのかもしれない。
魔獣達の士気は高まる。そして来るべき戦いに、闘志を燃やした。
スールは魔獣達の反応を確認すると指示を出した。ミューモは、己の眷属と共に四大魔獣と巨人達を率いる事。スールの眷属とゴブリン軍団は、一時的にノーヴェの庇護下に入る事。
最後にスールは、皆に三日の休息を与えた。そしてスールは語った。この三日の使い方は、各々が判断せよと。
「しっかりと疲れを癒せ! それも必要な事だ! しかし未だ、戦いに慣れてない者も多い。無駄死には許さない! 決して準備は怠るな!」
スールの言葉が理解出来ない者は、この場にはいない。皆の顔が、引き締まる。魔獣達の表情を見渡すと、スールは全軍の指揮をミューモとノーヴェに任せて飛び立った。
スールが向かうのは、ペスカの下。ペスカを乗せた後の目的地は、冬也が守る結界。
戦いは、やっと東の地に移る。邪悪の奔流が今にも暴れ出さんとする地へ。
指揮を任されたズマの負担は計り知れない。自分の判断一つで、仲間の命が危険に晒される。これまでの戦いに無い程の重圧が、ズマに伸し掛かる。
しかし、逃れる訳にはいかない。
南部の魔獣を併合させた方法は、和解だけではない。力を示し従えた魔獣も少なくない。
数々の修羅場を超えてきた。その分、強くなった。だが、師であるエレナには、未だ及ばない。黒い軍勢を単独の力で消滅させる事は出来ない。
ライフルを持ってでしか、消滅させられない。連発可能であっても、所詮一体ずつを倒すしかない。魔攻砲の登場は、広範囲の攻撃を可能とし、戦線の維持を楽にした。
また魔攻砲による広範囲攻撃が、最前線に立つエレナの負担を軽減した影響は大きい。同じく前線で戦うトロールを始め、左右に展開した魔獣達も同様に、魔攻砲の存在は心強い。
ブルの登場により、戦況は一変する。エレナの奮闘は、伝播するように魔獣達の士気を高める。ブルが放つ攻撃は、ゴブリン軍団の息を吹き返す。侵攻速度は各段に上がり、南側から黒い軍勢が消えていった。
そしてズマは心の中で手を合わせた。「ブル殿、かたじけない」と。そして、仲間を鼓舞した。
「ここが正念場だ! 戦え! 勝利は目の前にある!」
西部からの侵攻も、戦況は一変していた。
ノーヴェと四大魔獣の圧倒的な力が、ミューモや巨人達に勢いを与える。戦いに籠められた思いは多少異なれど、目的は同じ。
黒一色に染まった大地から、瞬く間に黒色を無くしていく。それは、まるで色彩を変える化学実験の様に、黒い軍勢は姿を消していった。
カチリと嵌った歯車の様に、二つの軍勢は力を発揮する。そしてローからトップへと、一気にギアが上がっていく。
別の場所で戦う、スールの勢いも止まらない。
神龍の力は伊達ではない。中央以北の黒い軍勢を消滅させた後に、東側に赴く。その力は、留まる事を知らない。
あっという間に東側の黒い軍勢を消滅させた。
そして、ペスカの居る中央部からは、緑が生まれていく。ただ、変化はそれに留まらなかった。
ペスカの近くで光が溢れた。その光は人の形を作っていく。幼い少女の様な容姿、柔らかい神気、失ったはずの神の肉体。
水の女神カーラの復活であった。
「君がペスカちゃんだよね、ありがとう。私はカーラ。水の司る原初の神」
水の女神の登場に、ペスカは驚く訳でもなく、ただじっとカーラを見つめていた。
「な、何かな? ペスカちゃん?」
「いや、ロリは予想外だったなって」
「そこはかとなく馬鹿にしてるね?」
「う~ん。おっさん、ツンデレと来て次はロリか。そうするとあだ名はカーちゃんかな」
「やっぱり馬鹿にしてるよね、ペスカちゃん」
「じゃあ、ばあちゃんが良い?」
「あのねペスカちゃん。原初の神を馬鹿にしちゃ駄目なんだよ!」
フンっと腰に手を当て、鼻息を荒く憤る女神カーラ。その姿は、拗ねる少女の愛らしさを持つ。しかし同性のペスカには、少女の愛らしさなど通じる訳も無い。
「ほうほう。邪神の分体を封印する事も出来ずに、乗っ取られた上、体を無くしたロリババアが偉いんですか。そうですか」
「うぐっ!」
「そもそも隙を与えて、黒いスライムが増えたのは誰のせいでしたか?」
「グハッ!」
「そんな駄女神の代わりに土地神に呼び掛けて、大地の復活をしている私に何か?」
チクチクと言葉攻めで、女神カーラにダメージを与えるペスカ。そして、女神カーラは頭を下げた。
「あだ名は、せめて可愛いのにして下さい」
「駄目! よろしくね、カーちゃん」
「い~や~だぁ~!」
女神カーラの叫びを気に留める事無く、ペスカは言い放つ。
「さぁ、カーちゃん。その力で大地を復活させるんだよ!」
「あの、ペスカちゃん。手伝ってはくれないの。私はこれでも復活したてで、神気が少ないのよ」
「おぅ。思った以上にポンコツ!」
「なんか、酷い言い方に聞こえるけど、気のせい?」
「いや、気のせいじゃないし。それにここまで下地を作ったんだから、うだうだ言わないの! 私はこれから東に行かなきゃなんないの。出来るだけ神気を温存したいの。原初の神なら頑張って!」
女神カーラは肩を落とした。叱られた子供の様に俯き、頬を膨らませながらも、回復しきっていない神気を高めた。
「ミュール様。ペスカちゃんはいじめっ子です。どうか力をお貸しください」
「ちょっと、カーちゃん。余計な告げ口しないでよ!」
「もう遅いのです。いじめっ子には、天誅を! でも手伝ってくれるなら、特別に見逃してあげます」
「脅すなんて、酷くない? このポンコツロリババア!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、ペスカは神気を大地に注いでいく。元より、女神カーラに丸投げするつもりはない。大地の力を取り戻す事は、この地に住まう者達の為である。
そんなペスカの姿に、女神カーラは少し笑みを深めた。
女神カーラの復活は、大地に多大な影響を及ぼす。
例え己の神気が少なくても、大地母神ミュールの眷属である女神カーラは、大地母神ミュールの力を借りて大地を潤していく。
木々が増える、緑が広がる。水は清く、風は心地よく。そして大地は、元の姿を取り戻していく。
中央部から大地の復活が、周辺からは黒い軍勢の消滅が進む。南側から進むゴブリン軍団と、西側から進む魔獣軍団が合流を果たす。
最早、戦闘は殲滅戦の様相を呈している。大陸北部の戦闘は終わりを告げようとしていた。
黒い軍勢が消えると比例する様に、大陸北部の大地は回復の速度を上げていく。やがてスールが魔獣軍団と合流する頃には、黒い軍勢は数える程になっていた。
そしてスールのブレスが、最後に残った黒い軍勢を消し飛ばす。消滅を確認した魔獣の軍団は、それぞれに歓喜の声を上げた。
咆哮は波の如く、大陸北部を包んでいく。それは、彼らが自身の手で掴んだ勝利の喜び。
溢れる緑は、彼らの喜びに答えようと、更に広がっていった。
興奮が冷めやらぬ魔獣達。ゴブリン軍団、巨人達、四大魔獣、そしてエンシェントドラゴンとその眷属達。互いを称えあう姿は、共に苦難を乗り越えた絆でもある。
そして、喜び合う魔獣達を前に、スールは静かに口を開く。その声は、全ての魔獣の視線を一瞬にして引き付けた。
「大陸北部の戦いは終わった。皆、よく頑張った。諦めずに戦った事は称賛に値する。だが、ここまではほんの序盤だ。本当の戦いはこの大陸の東だ。今、大陸の東は悪意に満ちた邪神の領域である。多くの仲間達が犠牲になった。大陸の東を解放してこそ、完全な勝利となる。勇敢なる戦士達よ、その力を今一度貸してくれ!」
スールは語った。
ここまで戦った事は称賛する。しかし、これが終わりではない。本当の戦いはこれからである。
ここからの戦いは、今までとは違う。恐らく死者が出るだろう。犠牲になる者は多いだろう。
恐れるなら、逃げても構わない。それは決して恥ずかしい事ではない、それを笑う事は許さない、この手で必ず粛清する。
だがもし、この大陸から邪悪なるものを消滅させようと思うなら、その力を貸してほしい。
スールの語りに応えて、再び魔獣達から割れんばかりの咆哮が上がる。その咆哮はうねりとなり、大陸北部に響きわたる。
誰が引くというのだ。誰が逃げるというのだ。
これは自分達の戦いだ。自分達で成し遂げる。
邪悪を払うのだ!
かつて戦いの中でしか、互いの存在を認め合う事が出来なかった者達が、手を取り合う。それは大きな危機に際して見えた、一つの光明なのかもしれない。
魔獣達の士気は高まる。そして来るべき戦いに、闘志を燃やした。
スールは魔獣達の反応を確認すると指示を出した。ミューモは、己の眷属と共に四大魔獣と巨人達を率いる事。スールの眷属とゴブリン軍団は、一時的にノーヴェの庇護下に入る事。
最後にスールは、皆に三日の休息を与えた。そしてスールは語った。この三日の使い方は、各々が判断せよと。
「しっかりと疲れを癒せ! それも必要な事だ! しかし未だ、戦いに慣れてない者も多い。無駄死には許さない! 決して準備は怠るな!」
スールの言葉が理解出来ない者は、この場にはいない。皆の顔が、引き締まる。魔獣達の表情を見渡すと、スールは全軍の指揮をミューモとノーヴェに任せて飛び立った。
スールが向かうのは、ペスカの下。ペスカを乗せた後の目的地は、冬也が守る結界。
戦いは、やっと東の地に移る。邪悪の奔流が今にも暴れ出さんとする地へ。