邪神が消えた後、冬也はスールを呼び寄せた。北の大地と大空を埋め尽くす、黒いモンスターの軍勢に対し、このまま手をこまねく訳にはいかないからだ。
「スール。お前は上空の奴らを頼めるか? 地上の奴らが山脈を超えるのは、少し時間がかかるだろうしな」
「承知しました。まさかノーヴェのしでかした事が、役に立つとは思わんでしたが」
冬也は更に険しい表情になり、言葉を続けた。
「あのな、俺たちは肝心な事を見逃してるかもしれねぇ」
「まさか主、東に張った結界ですか?」
「あぁ。糞野郎は自分の存在と女神の体を生贄にして、この事態を引き起こしやがった。だけど、あいつはただの分霊体だ。本体はまだ東に居るだろ?」
「恐らくニューラを取り込んだ奴が本体かと」
「役立たずの糞ドラゴンをぶちのめした奴らは、東からやってきただろ?」
「確かに。もう結界に綻びがあると考えて、間違いなさそうですな」
「そうだ。まだ、黒い奴らと渡り合える戦力が整ってねぇ。ここで東の結界が壊れたら、俺たちは詰む」
スールは寒気がした。こちらは各地で分霊体を滅ぼし、戦力の拡大を続けている。それを阻止する為に邪神が動くのは、至極当然の事であろう。
大陸に生きる全てを消滅させようとする邪神が、悠長に構えているはずがない。すでに、想定を超える勢いで事態は進行している。
「この周辺には、まだ糞野郎の気配がうっすらとだがするんだよ」
「それは邪神の分体が、黒い奴らに移ったという事ですか?」
「少し違う。あの黒い奴らは、邪神から生み出された悪意の塊だ。肉体を持つがただの邪気だ」
冬也はスールに示唆した。黒いモンスターは、悪意の塊から生み出された物に過ぎないと。ただし、その中には濃密な邪気が宿る。邪神の残した悪意が、北部を埋め尽くすモンスターの一体づつに、僅かに見え隠れしている。
それらの悪意とは別に、邪神の気配が完全に消えた訳ではない。北の大地から、ひどく僅かだが存在を感じる。
もし、何処かに潜み機会を伺っているとすれば。恐らく狙いは、モンスターに気を取られた所へ、背後からの奇襲。そうなれば、致命傷は真逃れまい。
「スール。お前は、上空の奴らを倒しながら、邪神の気配を探れ! 俺は結界の維持をする」
「まさか、お一人で! 無茶をなさいますな!」
「無茶じゃねぇよ」
「何を馬鹿な! 主、あなたは先ほどまで、神域に囚われていたのでしょう? 神気がどれだけ減っているか、儂にはわかりますぞ。反フィアーナ派の連中に神気を奪われてなければ、今頃あ奴は主の剣で両断されていたはずじゃ」
「仕方ねぇよ。過ぎた事をうだうだ言うんじゃねぇ」
「ましてや儂は、主の神気を食い潰す身。今の状況では、足手纏いになりかねん」
「うるせぇよ! そのうち、ペスカが魔獣達を連れてやって来るだろ。それまで耐えれば充分だ」
冬也は声を荒げる訳でもなく、淡々とスールに答える。直情的で素直に感情を表す冬也が冷静でいることは、返ってスールの心を不安に落とす。
そんなスールを慮ってか、冬也は優し気なトーンで声をかける。
「俺の事は心配しなくて良い。スール、お前は自分の身を一番に考えろ。これからもっと酷くなるかもしれねぇんだ」
冬也は、少し微笑む。そして慣れない上空での姿勢を維持し、東に向かって飛行した。東の大地に向かう冬也を見送ると、スールは気を吐いた。
視線の先には、大空を埋め尽くさんとする黒いドラゴンの大群。冬也なら、一瞬でも消し去ったであろう相手でも、スールには手に余る。
だが、スールは大きく息を吸い込んだ。
大気中に含まれる微粒のマナを取り込む。そして、放たれるのは極大なブレス。神気が籠められ、更なる輝きを増すブレスは、大空を黒く塗りつぶす一角を青色に戻す。
「主の神気を使い過ぎる訳にはいかんよなぁ。じゃが、儂はこの場を任された。それに応えるのが、眷属の役目というもんじゃろう。さて、奥の手といこうかのぅ」
スールは呟きながら、鋭い瞳を更に吊り上げる。そして大声で吠えた。「ぐぁああああ!」と、遥か遠くまで届く雄叫びに反応し、黒いドラゴンの意識がスールに向く。そして数万の黒いブレスがスールへ迫る。だが、スールには一切の動揺が無い。
「そのブレスは、儂が貰うぞ」
神龍となってからの新たな力は、冬也の神気を扱えるだけではない。冬也が見せた神気を使った浄化。そこにヒントが有った。
スールは、人やエルフより賢く、魔獣よりも強い体を持つ。全ての生物の頂点に立つ、元エンシェントドラゴンである。そして体は、マナで維持をしている。
それは、浄化のシステムを理解しなければ、不可能である技。即ち、黒いブレスを浄化しつつ、マナとして体内に吸収する。
ペスカでさえ不可能な技。恐らくこの地上でスールにしか出来ない技が、威力を発揮した。
黒いブレスは、瞬く間に浄化されスールの体内に吸収される。見る間に枯渇したスールのマナが一気に回復する。
「お返しじゃ!」
吐かれたのは、さらに威力を増した極大なブレス。黒く塗られた大空に、青色を増やしていった。
☆ ☆ ☆
一方、慣れない飛行を続ける冬也の前には、行く手を遮ろうと東の地から、黒いドラゴンが溢れていた。
黒一色に塗り替えられた大空は、大悪夢を象徴しているかの様でもある。そして黒いドラゴンの群れは、一斉に冬也へ襲いかかる。
黒いブレスで牽制しながら、縦横無尽に飛び回る黒いドラゴンの群れ。しかし、冬也には通じる訳も無い。
神剣を振り抜くと閃光が走る。そして、切り裂かれ消滅する多数のドラゴン。圧倒的な力の差を示し、冬也は大陸東部へ向かう。
黒いドラゴンがどれだけの数で、立ちはだかろうとも構わずに。
「いくら出てきても無駄だ」
まさに言葉の通りであった。
いくら束になろうと、黒いドラゴンは冬也を足止めすら出来ない。半神であっても神の一柱と、邪気の塊では差があり過ぎる。
黒いブレスは、冬也に届く事はない。邪悪な牙を冬也に向ける事すらできない。冬也の神気を僅かに減らして、黒いドラゴンは次々に消滅していく。
飛ぶごとにコツを掴んでいく冬也は、スピードを上げながら黒いドラゴンを消滅させる。やがて辿り着いた先で見たものは、以前に張った結界の裂け目であった。
「原因はこれか? まだ壊されるわけにはいかねぇよ」
冬也は地上に降りると神気を高める。
そして、結界の維持をするために、神気を注ぎ込んだ。一瞬で大量の神気が、冬也の体から失われていく。
だが、冬也はふらつきもせずに、結界に神気を注ぎ続けた。
度重なる戦闘に、虚無の空間での出来事。根性論では、どうにもならない神気の枯渇。更に肉体的な疲労が重なる。それは、冬也をじわじわと苦しめる。
それでも、冬也は力を緩めるわけにはいかなかった。結界の維持を続ける冬也は、内部を見て吐き捨てる様に呟く。
「こりゃ酷すぎだろ! ガスマスクが必要だぞ」
結界の内部は、さながら地獄のようだった。
かつて冬也が、メルドマルリューネで見た地獄絵図とは、一線を画す光景が展開されていた。
淀みきって数歩前すら見えない大気、微かに漏れる悪臭は既に刺激臭に近く、呼吸をするだけでも痛みを伴うのではないかと思われる。
特に大地の汚染は酷い。汚泥と化した大地の至る所から、ボコボコと沸騰しているかの様に、邪気を出していた。
それでも冬也が見たのは、大陸東部の一端に過ぎない。深部ではどの様な状況なのか想像もつかない。
生き物が生活出来る空間など何一つ無い。それが、現在のドラグスメリア大陸東部の状況であった。
神気を通じて冬也は、結界内で膨大な力の流れを感じていた。
大陸東部を包み込む邪気は、結界を壊そうと勢いを強めている。もし結界が壊れれば、大陸全土に濃密な邪気が広がり、全ての生物が消える。
「ペスカ。結界がやべぇから、俺は東に来てる。あぁ、北にはスールが残ってる、そっちは任せる。それより、どいつの眷属でも良いから、一体よこしてくれ。水の女神がやられた、神格は俺が持ってる。顕現するのは、流石にミュールの力がいる。姐さんに頼んでくれ。あぁ、お前も気をつけろ。糞野郎はまだ消えてねぇ」
魔法での通信を終えた冬也は、ため息をつく。未だ終幕は遠い。戦いは、まだこれからであった。
「スール。お前は上空の奴らを頼めるか? 地上の奴らが山脈を超えるのは、少し時間がかかるだろうしな」
「承知しました。まさかノーヴェのしでかした事が、役に立つとは思わんでしたが」
冬也は更に険しい表情になり、言葉を続けた。
「あのな、俺たちは肝心な事を見逃してるかもしれねぇ」
「まさか主、東に張った結界ですか?」
「あぁ。糞野郎は自分の存在と女神の体を生贄にして、この事態を引き起こしやがった。だけど、あいつはただの分霊体だ。本体はまだ東に居るだろ?」
「恐らくニューラを取り込んだ奴が本体かと」
「役立たずの糞ドラゴンをぶちのめした奴らは、東からやってきただろ?」
「確かに。もう結界に綻びがあると考えて、間違いなさそうですな」
「そうだ。まだ、黒い奴らと渡り合える戦力が整ってねぇ。ここで東の結界が壊れたら、俺たちは詰む」
スールは寒気がした。こちらは各地で分霊体を滅ぼし、戦力の拡大を続けている。それを阻止する為に邪神が動くのは、至極当然の事であろう。
大陸に生きる全てを消滅させようとする邪神が、悠長に構えているはずがない。すでに、想定を超える勢いで事態は進行している。
「この周辺には、まだ糞野郎の気配がうっすらとだがするんだよ」
「それは邪神の分体が、黒い奴らに移ったという事ですか?」
「少し違う。あの黒い奴らは、邪神から生み出された悪意の塊だ。肉体を持つがただの邪気だ」
冬也はスールに示唆した。黒いモンスターは、悪意の塊から生み出された物に過ぎないと。ただし、その中には濃密な邪気が宿る。邪神の残した悪意が、北部を埋め尽くすモンスターの一体づつに、僅かに見え隠れしている。
それらの悪意とは別に、邪神の気配が完全に消えた訳ではない。北の大地から、ひどく僅かだが存在を感じる。
もし、何処かに潜み機会を伺っているとすれば。恐らく狙いは、モンスターに気を取られた所へ、背後からの奇襲。そうなれば、致命傷は真逃れまい。
「スール。お前は、上空の奴らを倒しながら、邪神の気配を探れ! 俺は結界の維持をする」
「まさか、お一人で! 無茶をなさいますな!」
「無茶じゃねぇよ」
「何を馬鹿な! 主、あなたは先ほどまで、神域に囚われていたのでしょう? 神気がどれだけ減っているか、儂にはわかりますぞ。反フィアーナ派の連中に神気を奪われてなければ、今頃あ奴は主の剣で両断されていたはずじゃ」
「仕方ねぇよ。過ぎた事をうだうだ言うんじゃねぇ」
「ましてや儂は、主の神気を食い潰す身。今の状況では、足手纏いになりかねん」
「うるせぇよ! そのうち、ペスカが魔獣達を連れてやって来るだろ。それまで耐えれば充分だ」
冬也は声を荒げる訳でもなく、淡々とスールに答える。直情的で素直に感情を表す冬也が冷静でいることは、返ってスールの心を不安に落とす。
そんなスールを慮ってか、冬也は優し気なトーンで声をかける。
「俺の事は心配しなくて良い。スール、お前は自分の身を一番に考えろ。これからもっと酷くなるかもしれねぇんだ」
冬也は、少し微笑む。そして慣れない上空での姿勢を維持し、東に向かって飛行した。東の大地に向かう冬也を見送ると、スールは気を吐いた。
視線の先には、大空を埋め尽くさんとする黒いドラゴンの大群。冬也なら、一瞬でも消し去ったであろう相手でも、スールには手に余る。
だが、スールは大きく息を吸い込んだ。
大気中に含まれる微粒のマナを取り込む。そして、放たれるのは極大なブレス。神気が籠められ、更なる輝きを増すブレスは、大空を黒く塗りつぶす一角を青色に戻す。
「主の神気を使い過ぎる訳にはいかんよなぁ。じゃが、儂はこの場を任された。それに応えるのが、眷属の役目というもんじゃろう。さて、奥の手といこうかのぅ」
スールは呟きながら、鋭い瞳を更に吊り上げる。そして大声で吠えた。「ぐぁああああ!」と、遥か遠くまで届く雄叫びに反応し、黒いドラゴンの意識がスールに向く。そして数万の黒いブレスがスールへ迫る。だが、スールには一切の動揺が無い。
「そのブレスは、儂が貰うぞ」
神龍となってからの新たな力は、冬也の神気を扱えるだけではない。冬也が見せた神気を使った浄化。そこにヒントが有った。
スールは、人やエルフより賢く、魔獣よりも強い体を持つ。全ての生物の頂点に立つ、元エンシェントドラゴンである。そして体は、マナで維持をしている。
それは、浄化のシステムを理解しなければ、不可能である技。即ち、黒いブレスを浄化しつつ、マナとして体内に吸収する。
ペスカでさえ不可能な技。恐らくこの地上でスールにしか出来ない技が、威力を発揮した。
黒いブレスは、瞬く間に浄化されスールの体内に吸収される。見る間に枯渇したスールのマナが一気に回復する。
「お返しじゃ!」
吐かれたのは、さらに威力を増した極大なブレス。黒く塗られた大空に、青色を増やしていった。
☆ ☆ ☆
一方、慣れない飛行を続ける冬也の前には、行く手を遮ろうと東の地から、黒いドラゴンが溢れていた。
黒一色に塗り替えられた大空は、大悪夢を象徴しているかの様でもある。そして黒いドラゴンの群れは、一斉に冬也へ襲いかかる。
黒いブレスで牽制しながら、縦横無尽に飛び回る黒いドラゴンの群れ。しかし、冬也には通じる訳も無い。
神剣を振り抜くと閃光が走る。そして、切り裂かれ消滅する多数のドラゴン。圧倒的な力の差を示し、冬也は大陸東部へ向かう。
黒いドラゴンがどれだけの数で、立ちはだかろうとも構わずに。
「いくら出てきても無駄だ」
まさに言葉の通りであった。
いくら束になろうと、黒いドラゴンは冬也を足止めすら出来ない。半神であっても神の一柱と、邪気の塊では差があり過ぎる。
黒いブレスは、冬也に届く事はない。邪悪な牙を冬也に向ける事すらできない。冬也の神気を僅かに減らして、黒いドラゴンは次々に消滅していく。
飛ぶごとにコツを掴んでいく冬也は、スピードを上げながら黒いドラゴンを消滅させる。やがて辿り着いた先で見たものは、以前に張った結界の裂け目であった。
「原因はこれか? まだ壊されるわけにはいかねぇよ」
冬也は地上に降りると神気を高める。
そして、結界の維持をするために、神気を注ぎ込んだ。一瞬で大量の神気が、冬也の体から失われていく。
だが、冬也はふらつきもせずに、結界に神気を注ぎ続けた。
度重なる戦闘に、虚無の空間での出来事。根性論では、どうにもならない神気の枯渇。更に肉体的な疲労が重なる。それは、冬也をじわじわと苦しめる。
それでも、冬也は力を緩めるわけにはいかなかった。結界の維持を続ける冬也は、内部を見て吐き捨てる様に呟く。
「こりゃ酷すぎだろ! ガスマスクが必要だぞ」
結界の内部は、さながら地獄のようだった。
かつて冬也が、メルドマルリューネで見た地獄絵図とは、一線を画す光景が展開されていた。
淀みきって数歩前すら見えない大気、微かに漏れる悪臭は既に刺激臭に近く、呼吸をするだけでも痛みを伴うのではないかと思われる。
特に大地の汚染は酷い。汚泥と化した大地の至る所から、ボコボコと沸騰しているかの様に、邪気を出していた。
それでも冬也が見たのは、大陸東部の一端に過ぎない。深部ではどの様な状況なのか想像もつかない。
生き物が生活出来る空間など何一つ無い。それが、現在のドラグスメリア大陸東部の状況であった。
神気を通じて冬也は、結界内で膨大な力の流れを感じていた。
大陸東部を包み込む邪気は、結界を壊そうと勢いを強めている。もし結界が壊れれば、大陸全土に濃密な邪気が広がり、全ての生物が消える。
「ペスカ。結界がやべぇから、俺は東に来てる。あぁ、北にはスールが残ってる、そっちは任せる。それより、どいつの眷属でも良いから、一体よこしてくれ。水の女神がやられた、神格は俺が持ってる。顕現するのは、流石にミュールの力がいる。姐さんに頼んでくれ。あぁ、お前も気をつけろ。糞野郎はまだ消えてねぇ」
魔法での通信を終えた冬也は、ため息をつく。未だ終幕は遠い。戦いは、まだこれからであった。