避難民と後続部隊の両方が襲撃された。ペスカ達に届いた知らせに場内は騒然とした。完全に裏をかかれた。確かにドルクは言っていた「わざわざ逃がした」のだと。それは一つの結果を示している。脱出した領民達を根絶やしにし、こちらに大ダメージを与える事だ。
 どれだけ陰湿なのだろう。背中が薄寒くなるのを感じ、冬也とシリウスは声を大にした。

「くそ、どうすんだ」
「落ち着いてお兄ちゃん」
「しかし姉上。どう対応しましよう?」

 明らかに冬也とシリウスは浮足立っている。そんな中、ペスカだけは冷静だった。二十年前の悪夢を一番知る者だからこそ、わかる事も有る。

 これで終わりじゃない。ドルクはまだ手札を隠している。

「避難民の救出は、私だけで行くよ」
「馬鹿言うんじゃねぇ」
「そうです姉上! これは明らかにおとりです、私も同行いたします」
「二人共、冷静になって! こんな簡単に終わるなら、二十年前の事は悪夢なんて言われずに済んだんだよ」
「だけど、お前ひとりで行く必要が何処に有るんだよ!」
「義兄殿の仰る通りです」

 ドルクというよりも、奴が信仰している『神ロメリア』がといった方がいい。彼の神は冷淡で残忍で悪質だ。だからこそ、二十年前は多くの死者を出した。そうやって世に混乱を巻き起こす事で、愉悦しているのだ。
 だからこそ、より正確に先を予測する必要がある。それが奴等の企みを挫く唯一の手なのだ。そしてペスカは淡々と指示を出し始めた。

「シリウスは、領都に残って指揮をする事。連れてきた部下達は、領都の安全確認を継続。領主なんだから、堂々と指示だけしてなさい」
「わかりました。すると、領軍の方は?」
「俺が合流して領都まで連れてくる! ペスカを一人にするのは心配だけど、割ける人員が居ないならしょうがねぇよ」
「うわぁ~。かっこいいお兄ちゃん! でも、心配だから便利道具をあげるね。工場長、準備して」

 恐らくシリウスもようやく気がついたのだろう。敵が何をしかけてくるのか。間違いなく本命は領民側だ。しかし、これから合流すべく侵攻してくる領軍も、ただではすむまい。 
 勿論、領都を放置する訳にもいかない。再びモンスターの大群が襲ってくる可能性だって充分にあるのだ。
 
 工場長と共に、冬也が工場の奥へと向かった所を確認し、シリウスは問いかける。

「良いのですか姉上? 義兄殿を一人で行かせて」
「お兄ちゃんなら大丈夫」
「義兄殿が無事に済む保障など、何処にも有りませんよ」
「シリウスは見てなかったから知らないだろうけど、お兄ちゃんは強いんだから」
「義兄殿の強さは報告で聞いております」
「だったら信用してあげて。それに助っ人も容易してあるし」
「それならば。ですが姉上。予想なされた通り、ドルクの本体は避難側にいると思われますが」
「狙いが私なら堂々と乗り込んで、叩き潰さないとね」
「まあ、護衛隊には叔父上がいらっしゃいますし、姉上の到着まで、持ち堪えてくれるでしょうが」
「そう言う事。私は直ぐに出るよ。お兄ちゃんに魔工兵器の説明してあげてね」
「わかりました。お気をつけて」

 慌ただしく走り出し、軍馬に乗り走り去るペスカを見つめシリウスは呟いた。

「領民を頼みます。それと、義兄殿のお叱りを受けるのは、お任せ致しますよ姉上」

 やがて、準備を終えた冬也と工場長が奥から戻って来る。

 背後には、複数人で四輪の大型荷車を運んでいた。荷車には、全面と左右を覆う様に、頑丈な装甲で作られており、左右に二門の突撃砲が搭載されていた。荷車の全面には、鉄製の棒が付きだし、一人用の座席と操縦席が申し訳程度に設置されていた。そして、冬也は片手サイズの砲筒を二挺、肩に担いでいた。

「おいペスカ! 何だこれ。説明しろ」
「義兄殿、姉上はもう出立されました」
「あいつ勝手に行きやがって。何してやがる」
「姉上なら心配有りますまい。義兄殿も姉上の強さは、ご存知でしょう?」
「そう言う問題じゃねぇ~んだよ。あんたも弟ならわかるだろ!」
「お気持ちはお察ししますが。義兄殿、今は役割を果たしましょう」

 苛立つ冬也を落ち着ける様に、冷静にシリウスは言い含める。しかし、冬也の口撃は収まらなかった。初めて見る魔工兵器に対して、多大な違和感を感じての事だろう。

「それでシリウスさん、これは何です?」
「姉上の設計された、戦闘用の荷車ですよ。通常は、操縦者と砲撃手二名で使用するんですが、義兄殿のマナ量なら問題無く全て操作出来るでしょう」
「問題大有りだよ! それになんだこのバズーカ!」
「それも、姉上の作で魔力砲です。車両に搭載した物の簡易版とお考え下さい。マナを充填し発射するだけの、簡単な仕様になってます。マナ量次第では連射も可能です」
「馬鹿じゃねぇのか? 何処の超技術だよ!」
 
 荒れる冬也を宥めつつ、シリウスは淡々と荷車の操作方法を説明する。時間が無いのは冬也も充分理解をしている。冬也は、難しい顔で操作を学んでいた。

「義兄殿。説明は以上ですが、ご理解頂けましたか?」
「マナをぶち込んで、走らせて撃つってんで良いか?」
「そのご理解で充分です」
「どうせ、こっちにも何かしら出てくるんだろ? だからペスカはこんなの俺に持たせたんだよな?」
「ご推察通りで間違いないでしょう。是非、奴等の思惑ごと蹴散らしてください」
「おうよ! 任せとけ!」

 シリウスは、ペスカの言っていた脳筋の意味が、少しわかった様で苦笑をする。頭は決して悪くは無いのだろう。しかし、思考が単純でわかりやすい。往々にしてこんな思考で挑んだ方が、戦況を打破する事も有る。
 そして、シリウスは心の中で呟いた。『義兄殿、お頼み申し上げる』と。
 
「領軍は、領都から数キロ先まで来た所で襲撃をされた様で、急げば数分で到着でしょう」
「急いで救援に向かったら、ペスカの援護だ。後は任せたぜ、シリウスさん」
「緊急連絡は、運転席前の魔工通信をお使い下さい。お気をつけて」

 冬也は荷車を操作し、猛烈な勢いで工場を飛び出した。激しく揺れる荷車を、冬也は力任せで制御する。
 飛び出して行った妹と襲撃を受けた避難民や領軍、起こっている惨状を想像し冬也の心は酷くぐらついていた。

 直ぐに片付けて助けに行く。絶対に間に合わせて見せる。ペスカを危険な目に合わせたりしねぇ。
 焦燥に駆り立てられる冬也が、暫く荷車を走らせると、前方の空に黒い怪物が三体、飛んでいるのが見えた。

 怪物は、口から炎を吐き出し領軍を攻撃している。領軍は、魔法障壁を張り炎を耐え続づけていた。そして防戦一方の領軍は、疲弊が見て取れるほど明らかだった。
 冬也は思わず叫ぶ。

「一体じゃねぇのかよ!」

 一先ず冬也は、荷車の突撃砲にマナを充填し、怪物にめがけて発射する。突撃砲は、光の筋を作り三体の怪物の内、一体の鼻先を掠めた。発射の衝撃で揺れる荷車をどうにか制御し、冬也は怪物に向け走行を続ける。

「うぉ。レールガンかよ! しかも、反動がすげぇ。一旦止まって狙いを定めねぇと、命中なんかしねぇぞ」

 そもそもこの荷車は、操縦者と砲撃手二名で使用する事を前提に作られている。冬也一人で操縦と砲撃を行おうとする事に無理があるのだ。
 ただ砲撃が鼻先を掠めた事で、怪物達の注意が一斉に冬也へ向いた。三体の怪物は、冬也へ向かい飛行し始める。悠長に荷車を止めて、狙いを定めている余裕は無い。
 その時の冬也は、実に冷静だったと言えよう。

「かかって来いよ糞野郎! てめぇらの相手は俺だ!」

 自分に注意を引き付ける事で、疲弊した領軍に態勢を立て直す余裕を与える。既に自分へ向かっている敵に対し、逃げる事をせずに冬也は挑発した。直ぐに互いの距離は詰まる。そして怪物が喋り始める。

「また、君ですか小僧。君では役不足なんですがネ」
「てめぇらも全部ドルクって奴か? 何なんだてめぇは?」
「それを話すと思うのかネ」
「ったくめんどくせぇ奴らだなぁ、おい! 取り合えず、てめぇらは右からドルクA、B、Cだ!」

 ドルクは三体で冬也を囲み一斉に、炎を吐き出す。冬也は荷車の速度を上げ、すんでの所で炎を回避する。

「そう言えば、早さだけは一人前でしたネ。これ以上糞メスに付け入る隙を与える訳には、いきませんネ」

 炎を回避した冬也は、一先ずドルクAに狙いを絞る。そしてドルクAの背後とへ荷車を動かすと、急停止し突撃砲を発射する。
 ドルクAに向かい真っすぐ飛んでいく砲撃は、ドルクBの炎で相殺される。止まっている荷車を狙い、ドルクCが炎を放つ。冬也は荷車を動かして避けるが、その先にはドルクAが回り込んでおり炎を放つ。冬也は荷車を操り、ぎりぎりで避ける。
 三体で連携し巧みに攻撃を仕掛けて来るドルク達に対し、冬也は回避しながらも反撃のチャンスを狙う。

 上空を支配されている地形的不利、三対一という数的不利からか、中々冬也は反撃を行えずにいた。暫くして、領軍が態勢を立て直し、魔法や弓で冬也を援護する。だが、領軍の攻撃はドルク達には通じていなかった。
 反撃の糸口が見つからず、回避し続ける冬也はじりじりと押され始める。

「今度こそ貴様を殺して、糞メスの前に晒してやろう。あぁ、楽しみだネ」

 ドルクAがいやらしい笑みを浮かべた時の事であった。後方で突然砂塵が巻き上がる。砂塵はやがて竜巻となり、ドルクAを巻き込む。巻き込まれたドルクAは傷だらけになり、崩れ落ちる様に墜落した。
 
「何です? 何なんです? 一体何なんデス?」
「何が起きたというデス?」

 ドルクBとCは、上空からキョロキョロと周囲を探索する。そして見つけたのは、実験材料にした、かつての部下の姿であった。冬也と同じような荷車に乗り、猛スピードで近づいて来る。そして、冬也と合流する。

「お待たせ致しました。お客様、危ない所でしたね」
「メルフィーさん? 何でここに?」
「ペスカ様から、指令を頂いておりました。休店準備等で遅れました事、お詫び申し上げます」

 その時ドルク達は理解をした。実験の末に死んだと思っていた部下が生きていた。そして事も有ろうか、元上司である自分に対して攻撃を仕掛けた。
 一体が倒された事は、それ程の痛手ではない。しかし全ては、忌々しい小娘の仕業である。

「おのれ、ペスカ~! また邪魔をするのか~!」

 怒りに満ちたドルクBが叫んだ瞬間である。ドルクBは、押しつぶされる様に地面へと叩きつけられる。

「俺もいる事を忘れんなよ! メルフィー片付けるぞ!」
「はいセムス。お客様、ここは我らに任せ暫しお休み下さい」

 セムスとメルフィーは荷車から降り、ドルクBに向かい走り出した。地面へ叩きつけられたドルクBは、起き上がると炎を吐き出す。セムスは容易く炎を躱し、ドルクBに鉄拳を叩き込み上方に浮き上がらせる。続いてセムスは素早く幾つもの鉄拳を繰り出し、ドルクBを打ちのめす。
 その鉄拳は、ドラゴンの強靭な鱗で出来たドルクBの身体に幾つも陥没を作る。鉄拳が止んだ時には、ドルクBの身体は原型を留めない程に歪み崩れていた。

 一方、飛行し炎を吐き続けるドルクCに対し、メルフィーは竜巻をぶつけ対抗する。炎と共にドルクCを巻き込み膨れ上がる竜巻の中は、乱気流となり風の力でドルクのCの身体を刻み、錐揉みさせながらを地面に叩きつけた。

「これで終わりだ、ドルク!」
「せめてもの、救いだとお思い下さい。ドルク」
「終わらぬヨ! 貴様らを連れて神も下へ!」

 倒れ伏したドルク達に向かい、領軍が止めを刺そうと駆け寄ろうとする。しかしこの状況は何度も冬也が経験している。危機を察した冬也は大声で制止した。

「止まれ! 自爆するぞ!」

 冬也の掛け声と前後する様に、ドルク三体の身体が輝き爆発した。砂煙を上げ周囲の視界が一時的に悪くなる。爆発が収まり砂塵が消えると、兵士の一人が冬也の下へ走り寄って来た。

「冬也様、危ない所ありがとうございました」
「いや、あんたらは無事か?」
「なんとか。しかしこれ以上の戦闘は、厳しい状態です」

 冬也は、魔工通信を使いシリウスに連絡を取り、全軍領都へ集合とのシリウスからの伝言を兵達に伝え、冬也はメルフィー達に向き合い頭を下げた。

「ありがとう。助かったよ」
「礼には及びません。ご無事で何よりです」 
「ところで、あいつはドルクって奴なのか?」
「正確には分身体でしょうね」
「まあ、分身体でも殴る事が出来たんで、少しはスッキリしましたよ」
「何なんだあいつは?」
「それは道中お話します。荷車で来られたのでしょう? ペスカ様の下へ急ぎましょう」
「あぁ。何から何までお見通しな感じで気持ち悪いな」
「ここまでは、ペスカ様の読み勝ちでしょう。さぁ、急ぎましょう。ここはお任せしますよ、セムス」
「任せておけ。ペスカ様と冬也様を頼んだぞ」

 乗って来た荷車をセムスに任せると、メルフィーは冬也の荷車に乗る。そしてセムスに領軍を任せ、二人はペスカの下へ出発する。冬也の心はペスカを思い逸る。視線は真っすぐ北へと向いていた。

「いや、幾つも分身を作れるなんて、反則だろ!」

 冬也とメルフィーは、互いの情報交換しつつ荷車を走らせていた。
 
「分身であれば制限があります。何より体を分けるのですから、力は分散します」
「分身をすればするほど、弱くなるって事か?」
「そうですね。しかし頭の切れるドルクが何故そんな事を。昔のドルクからは考えられませんが」 
「どういう事だ?」

 メルフィーは、過去の話しを掻い摘んで冬也に聞かせた。

 かつてメルフィーとセムスは、ドルクの研究助手だった。ドルクは優秀な魔法工学の研究者で、元々の研究は人間がマナを効率的に扱える様にする事だった。動物実験でモンスターが出来た時も、実験の中止を最初に決めたのはドルクだった。しかし、いつの日からドルクは、人が変わったかの様に実験を繰り返した。そしてメルフィーとセムスは囚われ、実験の被害者になり姿をモンスターに変えられた。

「それをペスカは?」
「当然ご存知です。ペスカ様とドルクは、研究所内で良いライバルだったんですよ」
「何でそんな人が、こんな騒ぎを起こしたんだ?」
「ドルクの昔を知る我々に取っては、不可思議なんですよ。良いも悪いも真っ直ぐな人でしたから。こんな姑息な手を使う人物では無かったですし」

 四万を超える避難民達は縦に並び、王都への道を進んでいた。その周りを数百の騎馬隊が取り囲む様に辺りを警戒していた。
 騎馬隊を率いるのは、幾戦の戦いを潜り抜けて来た古強者であるアルノー・フォン・メイザー。前世のペスカとシリウスの叔父にあたる人物である。

 アルノーが避難民を縦列に進行させているのは、ある意図が有った。無秩序に歩かせているだけでは管理がし辛いのは勿論の事、伝令がし易い利点が有った。
 無論、弱点もある。長く伸びた列の中央部分は敵の襲撃に際し最も脆く、いざという時に避難するにも難しい。それ故に、アルノーは中央部に厚くする様に兵を配置していた。

 ただ数十のモンスターならば、対処するのも容易かっただろう。それも、大きめ昆虫型であったり、家畜が変化した様なモンスターであれば。

 しかし、進行中に何処からともなく現れたモンスターは、領都を襲撃したそれとは大きさが違った。例えるならば、冬也が森の中で相手にした様な化け物に近い。

 一口で何人をも頬張りそうな化け物が、数十体も現れて避難民達を取り囲み始める。だが、それでもアルノーならば対抗出来たかも知れない。しかし、現れたのはそれだけではなかった。
 上空に一体のドラゴンが現れ、避難民の行く手を阻もうと旋回し始めた。そのドラゴンんが咆哮すると化け物は増殖を始めた。

 増殖を続けるモンスターに対し、騎馬隊は果敢に応戦した。避難民を守りながら戦う事は、困難を強いられる。しかもモンスターは、次々に溢れて来る。必死の応戦も虚しく、戦う手段を持たぬ避難民達から傷つく者が現れる。そして、完全に取り囲まれた頃、上空を旋回していた黒いドラゴンが、モンスターに向かい指示を出した。

「そこまでですヨ、我が子達。こいつらは、糞メスをおびき寄せる餌です。さあ、待ちましょう。そして、目の前で蹂躙してあげるのデス」

 黒いドラゴンの命に従い、モンスターの軍勢は一斉に動きを止める。周囲を取り囲まれて、アルノーの軍は避難民達を動かす事が出来ない状況を作られている。モンスターが動きを止めた為、戦況は一時的な膠着状態となった。されとて圧倒的な危機である事に変わりはない。
 黒いドラゴンの指示で、再びモンスターが動き出せば、自らを盾にし避難民達を逃がす事さえ難しいだろう。

 しかし、アルノーは一つの策を講じていた。モンスターの大群に囲まれる前に、領都へ向けて早馬を送っていたのだ。既に領都からは離れ、甥であるシリウスとは連絡が取れていない。だがシリウスなら必ず、領都奪還に向けて兵を出すはず。そして、モンスターから領都を奪い返すはず。アルノーはそれを信じて待った。 

 だが時が経過するにつれて、兵達の中に焦燥感が募っていく。それは、避難民達にも伝播していく。寧ろ避難民達にとっては、恐怖でしかなかろう。恐怖が蔓延し始める中、上空のドラゴンは口元に笑みすら浮かべ悠々と旋回を続けていた。
 その状況を危惧した一人の将校が、アルノーに声をかけた。

「メイザー卿、如何致しましょう。このままでは全滅です」
「まて! あの化け物の言った言葉が本当なら、もうじきあの子が現れる。あの子が来れば状況は一変する。兵達に伝えよ! 領民は出来るだけ密集させて、我らは障壁を最大で張れ! でないと、我らがあの子の足を引っ張りかねん」

 モンスターは身構えたまま動かない。その間に、縦長に並んだ避難民達を出来るだけ密集させる。そして避難民の四方を騎馬隊で囲み、マナを結集させ障壁の最大展開を行った。
 黒いドラゴンは、ネズミ捕りの餌としか考えていないのだろうか、避難民達の移動や障壁展開に、一瞥もくれず領都の方角を見ていた。

「おや、遅い到着の様ですネ。待ちくたびれましたヨ」

 ふと、黒いドラゴンが呟いた時だった。少女が馬を駆り、砂塵を巻き上げ近付いて来た。
 それは、アルノーが待ち焦がれた存在である。そして少女はアルノーの期待通りに、周囲の緊張を叩き壊さんと雄たけびを上げた。
 
「うぉ~! ペスカちゃん登場~!」
「くそっ! あの馬鹿娘には慎重という言葉を知らんのか! 障壁を張れ! もっとだ!」

 アルノーは、馬上で膨れ上がるペスカのマナを感じ取ったのだろう。既に幾重にも展開している魔法障壁の上に、更に重ねて展開させる事を命じる。
 対してペスカは、障壁が充分に張られているのを確認すると呪文を唱えた。

「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」

 ペスカの放った呪文は、光を放ち大きな爆発を起こす。それは、避難民達を取り囲んだモンスター達を尽く消し飛ばす。しかし強烈な爆風は避難民達を襲う。そして騎馬隊が張った障壁も完全に消し飛ばされた。

「馬鹿モン! 少しは手加減しろ! こちらにも被害が出る所だったんだぞ」
「ごめ~ん。叔父様」

 アルノーはペスカに文句を言いつつも、安堵の表情を浮かべていた。モンスターは消え去ったのだ。後はペスカの邪魔にならない様に、住民を避難させればいい。しかし、それで安心するには、まだ早かった。

「茶番はお終いだ~! 糞メス~! 今からでも皆殺しにィ~」
 
 黒いドラゴンが、怒声を上げる。意趣返しとばかりに、先手を取ったペスカが気に食わなかったのだろう。しかも、モンスターは全滅している。

 そして黒いドラゴンが大きく口を開けると、約四万の避難民達を丸ごと覆うかの様な巨大な炎の球を作り出した。そんなものが降り注げば、全滅は確定であろう。
 すかさずペスカは、上空の炎の球に向け魔法を放った。

「胡散霧消だ! こんにゃろ~」

 炎の球は、跡形もなく消え失せる。黒いドラゴンは狼狽の色を隠せずにいたが、直ぐに魔法陣を構築しようと動き出す。街中での戦闘と同じ策を用いろうとしたのだろう。ペスカは動じず、構築されて行く魔法陣を打ち消した。

「同じ手が通じると思ってるの? おバカさんだね」

 ペスカに挑発され、黒いドラゴンの目は怒りに満ちていた。

 本来の力ならば、多大な被害を与えられたはずなのだ。クソ雌の悔しがる顔を見れたはずなのだ。だがクソ雌にはブレスが通じない、マナ封じも通じない。恐らく分身を作り過ぎたのが仇となったのだ。
 
 こんなはずじゃない。こんな結果は望んではいない。何故、神に縋ってでも生にしがみ付いたのか。何故、二十年もクソ雌が再び現れるのを待ったのか。それは奴の歪んだ顔を見る為だ。奴を殺すまでは終わる事は出来ない。
 
 残されたのは、己の身を使った最大威力の攻撃しかあるまい。それを行えば、自分の命も危うい。いや、何が命だ。ここで奴を殺せなければ、このまま生きていても仕方があるまい。

 そして、黒いドラゴンは上空高くへ上昇していく。そして猛スピードで滑空した。ペスカへ体当たりを敢行しようと試みたのだろう。ただ、その攻撃はペスカに見切られていた。

「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」

 ドラゴンの身体近くで光が瞬くと爆発を起こし、ドラゴンは身体の半分以上を吹き飛ばされ墜落する。地面に叩き落される様に、激しい音を立て墜落したドラゴンは、のたうち回った後、力尽きる様に動かなくなった。

「やったのかペスカ?」
「叔父様、それフラグだよ。それより、叔父様は皆を連れて領都に戻って。話は後でね」
「わかった。詳しい話は後で聞かせてもらう。助かった、ありがとうペスカ」

 領軍が周囲を護衛する様に、避難民達が領都へ戻り始める。やがて、避難民達が全て去った所で、ペスカがゆっくりと倒れたドラゴンに向け話しかけた。

「ねぇ。そろそろ起きたら? 死体で遊んで、何がそんなに楽しいの?」

 ドラゴンは、身体の半分以上も失ったはずにも拘わらず、ゆっくりとその身を持ち上げた。
 
「いいから出てきなよ。それとも仮にも神の一柱が、小娘相手にびびってる訳?」

 ペスカが目じりを険しく釣り上げ、ドラゴンに向けて言い放つ。するとドラゴンの横から、全身を光で覆われ大きな翼を背に生やした少年が姿を現した。そして少年は手を翳し、簡単にドラゴンの死体を消滅させた。