かつてその大陸には、繁栄を極めた人間の国々があった。
 医療技術の発展は人の寿命を延ばし、乳児の死亡率を減らした。科学技術の発展は、人の生活水準を豊かにし、幸福度を高めていった。
 そして、数々の神が生まれていった。

 国は発展し、人は豊かになる。そして新たに生まれた神々は、人の幸せを応援し続けた。人は神の恩恵に感謝し、益々の発展を遂げていった。

 しかし、人の欲望に際限は無い。そして技術は進歩を続ける。
 それは代償が無くしては成り立たない事を、人々は知らなかった。若しくは知っていて、知らないふりをしていたのか。

 自然は失われ始めた。有害な物質が大気や海を汚し始めた。それでも人々は、傲慢になっている事に気が付かなかった。
 
 新たに生まれた神々は信じていた。人々の可能性を、誠実さを。故に力を貸し、知恵を貸し続けた。しかし、傲慢となった人々は、段々と神の言葉に耳を傾けなくなっていった。

 そして、信仰が失われ始めた。
 
 やがて、少しずつ崩壊が訪れていく。
 自然が失われると共に、マナが流動しなくなる。信仰が無くなると共に、神々から力が消えていく。生活の豊かさに反して、失われたものは少なくない。

 そして、人間の世界は一夜にして、その大陸から消滅した。人も、国も、知識も、文化も、技術も、全てが消滅した。

 全てが無かった事になった。
 
 新たに生まれた神々は、慟哭した。そして訴えた。何故、全てを滅ぼさねばならなかったのかと。

「このまま進めば、この世界が崩壊する。それ故に、全て無かった事にする必要が有った」
「中には、善意を持った人間も多くいた。何故、そんな人間まで無くす必要が有ったのか?」
「知識は、いずれ伝承される。悪意を持った人間に知識が渡れば、同じ事が繰り返される。だから、全て消す必要が有る」
「教え導く事が出来たのでは無いか?」
「いや、奴らはもう耳を貸さない。手遅れだ」
「それは神の傲慢だ」
「傲慢では無い。秩序の維持だ」

 新たに生まれた神々の訴えは、原初の神々によって一蹴された。

 人々が全て傲慢になった訳では無かった。神の声に耳を傾け、警鐘を鳴らし続けた者がいた。消滅の時、彼らは皆に訴えた。

「これは罰。我らは傲慢になり過ぎた。全てを食らい破壊し続けた、その罪は重い。人々の傲慢を止められなかった、私も罪人。この命で償えるなら、甘んじて受けよう。神よどうかお許しを」

 その言葉を耳にした時、新たに生まれた神々の涙は止まらなかった。そして、後悔した。
 手を貸し過ぎた。必要以上に手を貸したから、増長する人間が現れたのだ。やり方を間違えた、もっと危険性を伝えるべきだった。
 もっと声を届けていれば、あの様な善人が失われる事は無かった。

 善人達の想いは、決して無駄にすまい。あんな悲しい事を繰り返してはならない。新たに生まれた神々は、そう強く誓った。
 
 次に生まれたのは、人と亜人が暮らす国々だった。
 人と亜人は相容れず、戦争が絶え間なく起こっていた。戦争と共に、兵器の開発が進む。そして技術が進歩する。
 他者の命を奪う技術は、更なる発展を遂げる。そして、その恩恵に預かり、富を得る者が現れる。富を得た者は戦争の終結を望まない。殺し合いを楽しむかの様に、暗躍を続ける。

 そして、戦争の犠牲となるのは力の無い民だった。

 終る事の無い戦争。その反面で、上がり続ける治療技術。傷ついても治療を施し、殺し合わせる。生まされ、増やされ、育てた所で、殺し合いをさせられる。
 
 兵器の進歩は、科学の進歩を促す。殺し合いの為に、様々な物を利用し尽くす。動物、植物、資源、何もかも。
 大気は汚れ、大地は汚染され、それでも消費し続ける。命の価値は限りなく低く、人や亜人の命が失われていく。
 戦争の為に大陸から何もかもが失われていく。
 
 その争いの世界は、唐突に終わりを告げる。再び原初の神々によって、消滅させられた。

「やはり、人間と亜人を一緒にしたのは、間違いだった」
「それを知っていたなら、何故そんな世界を創った?」
「これは、一つの試験だ。異なる種族を一緒にした場合、どうなるのか。それを試す機会だったのだ」
「それだけの為に、こんな惨い事をしたのか? 他の大陸では、別々に暮らしているというのに?」
「そうだ。これは奴らの可能性を知る挑戦だった。だが、奴らは期待に応えられなかった。その上、大陸を破壊し尽くした。この罪は重い」
「罪が有るのは、神のやり方では無いか?」
「異論は認めない、身の程を知れ。所詮お前達は、人によって創造された神々。我等と格が違う」
「冗談では無い。間違ったやり方は正さねばならない」
「それは、お前達が考える事では無い。お前達が生物に干渉する事を禁ずる」

 何度も、何度も、その大陸では新たな世界が創られ、その度に壊された。繰り返される世界の創造と破壊。それは神の遊戯に他ならない。

 異なる星から、時間を越え有識者達を呼んだ事が有った。その時も原初の神々は、途中で世界を破壊した。望む結果にならないと、判断したから。
 当然の如く、召喚された有識者達は、故郷である星に帰る事も叶わずに死を迎えた。

 新たに生まれた神々は、原初の神々に異を唱え続けた。だが、聞き入れられる事は無かった。

 新たに生まれた神々は、人の進歩と信仰によって存在を確立させた存在。それ故に、人を愛し慈しんでいた。
 だからこそ、原初の神の傲慢なやり方は、許せなかった。人を弄ぶ様なやり方が、憎らしかった。

 新たに生まれた神々は、耐え続けていた。失われる命に涙を流し、失われる世界に慟哭した。原初の神々によって、干渉を禁じられた為に、人を導く事さえ出来なくなっていた。

 無残に消滅させられる生物、文明、社会。慟哭が神に届く訳も無い。それは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
 
 ☆ ☆ ☆

「これでも、お前は奴らを是とするのか」

 虚無の空間で霧散した冬也の意識に、直接響く言葉。それは冬也の深層意識に映像として、刷り込まれる。

 苦しむ人々、嘆く声が鳴り止まない。生み出されては消されていく、悪夢の様に繰り返される無限の地獄が、冬也の中で繰り返し投影される。
 冬也は地獄の光景を、深層に植え付けられた。
  
「お前は異界の地で人間として生まれ、人間として生きてきた。この苦しみがわかるだろう。この憤りがわかるだろう」

 虚無の空間に響く言葉には、一切の感情が無い。ただ淡々と、冬也の深層に問いかける。
 
「真の敵を知れ。お前の敵を知れ。人の敵を知れ。世界の敵を知れ。神の横暴と残酷さを知れ」

 矛盾した空間で失った、冬也という概念。表情の無いロボットの様な声は、失われた冬也の心に語りづける。
 
「我等はお前の見方だ。我らこそが人間の見方だ。人間を正しい在り方に変える事が出来る、本当の存在だ」

 抑揚の無い声は淡々と響く。概念の無い空間で。空間の無い虚無で。それは冬也を導く様に。それは冬也を洗脳する様に。
 
 失われた冬也という概念に植え付けられた、過去に実在した世界の数々。その悲しい記憶を基に、冬也という存在の再構築が始まる。
 神の血を引き、原初の神に匹敵する存在を、手に入れる為に。