「我等の森をこんなに荒らしおって」
「全くだ。テュホン、流石に看過出来んぞ」
「ユミルよ、奴等の目は正気じゃない」
「お二人さんよ、じゃあその目を覚まさせてやれば良いんだろ? 先ずは、小手調べから行こうかぁ! 焼き尽くせレーヴァテイン!」

 掛け声と共に放たれた巨大な炎の刃が、地を削る様に進む。そして、巨体に当たるや否や、弾かれる様に消え失せた。

「かぁ~! あれを簡単に弾くかよ」
「馬鹿者! スルト、奴等はこの地でも最強の魔獣だぞ! 中途半端な攻撃が通用するものか!」
「いや、テュホンよ。スルトの剣は、神より与えられし物。四大魔獣とて、傷は負うはず」
「ならば、以前より強力になっているという事か、厄介な……」
「どうやら、黒く変質した体に原因が有りそうだな」
「一先ず魔獣達をここから逃すのが先だ。アトラス、頼めるか?」
「おう!」
「次にアルゴス。奴等の足止めを頼む」
「任せておけ! この目から逃れられる者はいない!」
「サイクロプスの一族も、準備は良いな?」
「「おう!」」
「上空の敵はミューモに任せて、我等は三体を止めるぞ!」
「「おう!」」

 ☆ ☆ ☆

 ドラグスメリア大陸の西部で、ドラゴンの次に力を持つ四体の魔獣。ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラは、体を真っ黒に染め暴れ続けていた。

 木々は焼け、力の無い魔獣は命を落としていく。その暴れ様は、ミューモの眷属であるドラゴンでさえ、太刀打ちが出来ずに倒れた。
 全てを灰塵に帰さんと、四体の魔獣が猛威を振るう中で、エンシェントドラゴンであるミューモは、大陸の秩序を取り戻す為に戦っていた。

 しかしその状況に立ち向かっていたのは、ミューモだけでは無かった。

 大陸西部で暮らす、平和を愛する巨大な体と力を持った種族、巨人達が立ち上がった。
 彼らはその巨体故、集団で生活する事は無い。しかし大陸の窮地に、巨人の王テュホンと最古の巨人ユミルが呼びかけ、仲間の巨人達が集まった。

 神より剣を与えられし巨人の剣士スルト、巨人の守護者アトラス、平和を愛し卓越した鍛冶技術を持つサイクロプスの一族、全身に目を持つアルゴス。いずれも計り知れない力を持った強者であった。
 
 上空では、ミューモが光り輝くブレスを吐き続ける。

 その隙に乗じて、アトラスはその強靭な肉体を盾にし、多くの魔獣達を南へと逃した。
 スルトは、その手に有る剣に炎を宿し、ヒュドラが吐く毒のブレスを切り裂く。テュホンとユミルは、九つ有る首を引き千切ろうと、ヒュドラを羽交い絞めにした。
 死角が無いアルゴス複数の目は、フェンリルの素早い動きを的確に捉え、サイクロプスの一族が集団でフェンリルを取り囲んだ。
 
 ミューモの眷属をも圧倒したベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラの四体は悪意に染まり、以前の比では無い程に力を増している。
 この四体の魔獣に対し、幾ら巨人達であっても到底力は及ばない。テュホンとユミルは、ヒュドラが首を一振りするだけで、吹き飛ばされる。
 取り囲んでもフェンリルには、たいして効果を齎さない。スピードの有る攻撃で、サイクロプスやアルゴスは一蹴される。
 
「お前達、何をしている! 早く逃げろ! お前達の敵う相手では無いぞ! テュホン、ユミル、聞こえているか? 早く皆を連れて南へ避難しろ!」
「馬鹿を仰るなミューモ。我ら巨人族の力は、この様な事態に対処する為に有る」
「馬鹿はお前だテュホン。無駄死にをするなと言っている!」
「無駄死になどは有り得ん! 我らの命が尽きようと、この地から災いを消して見せよう」

 テュホンの咆哮にも似た激しい怒号で、倒れた巨人達が立ち上がる。しかし、フェンリルはその隙を逃さない。素早く大地を駆け、立ち上がろうとするサイクロプスの一族に襲い掛かった。

 フェンリルの鋭いかぎ爪が、サイクロプスの一族を引き裂こうと迫る。そこに立ち塞がったのは、アトラスであった。
 巨人族の中でも一際頑丈な体に、フェンリルのかぎ爪が深々と突き刺さる。それでもアトラスは揺らぐ事無く、突き刺さったかぎ爪ごとフェンリルを両腕でがっしりと捕えた。

「そのまま離すんじゃねぇぞアトラス! 焼き尽くせレーヴァテイン!」

 スルトは、アトラスごと切り裂く勢いで炎の剣を振るう。凄まじい勢いで振られた炎の剣は、フェンリルを一刀のもとに斬り捨てたかに見えた。
 
「なっ! 全力だぞ! これでも、効かねぇってのか?」

 フェンリルには傷一つ付いておらず、身を激しくよじるとアトラスの拘束から抜け出て、猛烈な速度でフェンリルはスルトに襲い掛かった。
 スルトは炎の剣で、何とかフェンリルの爪を食い止めるが、勢いは殺せず吹き飛ばされる。
 
 一方、ヒュドラと対峙していたテュホンとユミルは、毒のブレスに苦しんでいた。じわじわと体を蝕む毒の霧は、テュホンとユミルの身体を中から腐らせていく。
 それでも二体の巨人は、その剛腕で引き千切ろうと、ヒュドラの首に取り付いた。

 アルゴスとサイクロプス達の前にも、立ちはだかる魔獣がいた。

 ドラグスメリア大陸でも最大級の魔獣ベヒモス。およそ十メートルは有る密林の木々も、ベヒモスの足先を隠すだけ。
 サイにも似た巨体は、サイクロプス達よりも遥かに大きく、身体はアトラスよりも硬い。突進されれば、一溜りもなくサイクロプス達は粉砕されるだろう。
 更に厄介なのは、魔法を放つ事だった。サイクロプス達の頭上、広範囲に黒い塊が出現する。

「逃げろ~!」
 
 アルゴスの叫びも空しく、黒い塊はサイクロプス達の一族に向かい、雨の如く降り注ぐ。
 激しい勢いで襲いくる黒い塊を、サイクロプスの一族は必死に棍棒を使って防ぐ。しかし棍棒は簡単に折れ、黒い塊を受けたサイクロプスの一族は次々に膝を突く。
 そして、サイクロプスの一族に気を取られていたアルゴスの背後から、ベヒモスが迫る。その圧倒的な巨体に、逃げる事も叶わず、アルゴスは撥ね飛ばされた。

 次々と仲間が倒れていく状況でも、テュホンは叫ぶ。自分達の身を犠牲にしても大陸を守る。強い意志がその言葉に宿っていた。

「ミューモ。我らが地上の奴らを足止めをしている。早くグリフォンに止めを刺せ!」

 まさに命がけの足止めである。

 決して、命を軽んじている訳では無い。守るべきものを守る、その為に振るうべき力を振るう。己に課せられた役割をやり遂げようと、巨人達は懸命に戦い続けた。
 
 そしてミューモは、酷く焦っていた。

 グリフォンの飛ぶ速度は、ミューモに勝る。高速で飛び回るグリフォンを、ミューモはなかなか捉えられないでいた。
 視界の隅には、倒れる巨人達が映る。そして、ミューモを翻弄する様に飛ぶグリフォン。このままでは、全滅は必至。焦るミューモは、グリフォンの術中に嵌っていく。
 
 地上で足止めをする間に上空を制し、有利に戦いを進めようとした巨人達。戦力の差を突き、一方的に勝負を決めようとした四体の魔獣。

 戦況は四体の魔獣に傾く。
 
 次々と放たれる黒い塊の前に、サイクロプスの一族全てが意識を奪われた。
 アルゴスは撥ね飛ばされて以降、起き上らない。テュホンとユミルは、両者ともに毒で意識を失う。
 スルトは飛ばされた衝撃で立ち上がれず、フェンリルの追撃を受けておびただしい血を流した。
 そして最強の守護者アトラスは、倒れる仲間達を守ろうと身を盾にし、ベヒモス、ヒュドラ、フェンリルの三体から激しい攻撃を受けて倒れ伏した。
 
 勇敢に脅威に立ち向かった巨人達は、足止めすら出来ずに全滅をした。巨人達の安否は不明。やられた眷属達は、依然として目を覚まさない。
 そして、巨人達を無力化した勢いは、ミューモへと向く。

 四体一の不利な状況へと、ミューモは追い込まれる。大陸西部の状況は、ますます悪化の一途を辿っていた。