ペスカの念話を受けた冬也は、思わず大声を上げた。

「どう言う事だペスカ!」
「トロールがモンスター化したっぽい」
「マジかよ。それで、森は瘴気化してるのか?」
「今の所、瘴気は振りまいてないよ。でも、このまま成長したら、時間の問題かも」
「それで? どの位の大きさのが必要なんだ?」
「手榴弾っぽく加工して欲しいの、それを五百個」

 流石に多い。今はブルが掘り出した鉱石を、魔鉱石に加工している段階だ。それも、五百個なんて数は無い。
 それに、聞く限り時間は余り無さそうだ。運ぶ時間も考えれば、今直ぐに送らないと間に合わない可能性だってある。

「手榴弾っぽくって事は、投げやすければ形はどうでも良いって事か?」
「それと、対象にぶつかったら爆発するように加工して欲しいの」
「それで、手榴弾なのか。ただ、加工には少し時間がかかるぞ。時間がねぇんだろ?」 
「どの位かかりそう?」
「そうだなぁ、一時間は欲しいな」
「ん~。まぁ、その程度なら問題ないかな? それで数は?」
「取り合えず、二百個が限度だな。その代わり俺の神気を込めてやる。残りの三百個は、後から送る」
「おぉ、ならそれで良いや」
「マナキャンセラーで良いんだな」
「うん。一応、切り札なんだから。頑張ってね」
「やってみるから、待ってろ!」

 冬也は急いで、鉱石が積まれた場所へ駆け寄る。そして、ブルに向かい大声を上げた。
 
「ボブ! わりぃけど手伝ってくれ!」
「名前を間違えるのは失礼なんだな。冬也、慌てても良い事無いんだな」
「わりぃブル。ともかく、お前が今日掘った中に、魔鉱石が入ってるはずだ。魔鉱石だけ分けてくれ」
「もう分けてあるんだな。おでも覚えたんだな」
「じゃあ、それを持って来てくれ」
「わかったんだな」

 冬也の表情は、いつに無く硬く強張っている。尋常じゃない様子と、断片的に聞こえた話し声から、山の神は異常事態を察した。

「冬也、何が起きた?」
「トロールの連中が、糞野郎の悪意に呑まれたみたいだ。モンスター化が始まってやがる」
「何じゃと! それでどうするのじゃ!」
「ありったけの魔鉱石に細工をする。上手く行けば、奴らを元に戻せるかもしれねぇ」
「モンスター化すれば、止める事は出来んじゃろ!」
「わかってる。代わった体は元に戻らねぇ。だけど、魂は清浄化できんだ。見てろ山さん、ペスカの技術を」

 冬也は険しい表情のまま、山の神に視線を送る。やがて既に製錬したものとは別に、ブルが仕分けた分を運んで来る。

 冬也は魔鉱石の原石を全て足元に集めた。その一つを手に取り、しっかりとイメージを固める。

 サイズは手のひら大で有る事。マナキャンセラーの魔法を封じ込める事。魔鉱石が対象に当たると、爆発し魔法が発動する事。

 そして、冬也は神気を高める。神気の高まりと共に、手のひらに有る魔鉱石の原石は光に包まれる。加工されていない魔鉱石の原石から、次々と不純物が取り除かれていく。
 やがて精錬された魔鉱石は、光を吸収しながら丸みを帯び、楕円の形が整っていく。

 ブルは、その神秘的な光景に歓声を上げる。山の神さえ、驚きの声を漏らした。

「綺麗なんだな。冬也は凄いんだな」
「お主、存外器用じゃの。どんな効力なんじゃ?」
「マナと精神の異常を、同時に鎮めるんだ。そうだ、ブル。試しに一個投げてみてくれ」

 冬也は何も無い平地に、大きなバツ印を描く。ブルに指示し、完成した手榴弾型の魔鉱石を、バツ印を目掛けて投げさせる。
 放り投げられた魔鉱石は、バツ印に当たると爆発して光を放った。

「一先ずは成功だな。魔法の効果は確認出来ねぇけどな」
「光る以外に、何か起こる予定だったんだな?」
「ブルよ。恐らくあれは、悪意による異常を打ち消す魔法だろうな」
「よくわからないんだな」
「それよりブル。これから作るやつを、あの大きな木桶に全部入れてくれ」
「わかったんだな」

 そこから先は、数を用意するだけの単純作業だ。しかし、数は多い。それに時間もない。だからこそ冬也は、先に成功した手順をルーティン化した。

 焦ったり、窮地に追い込まれた時こそ基本に戻れ。それは、格闘技を習う中で学んだ事だ。
 焦りは失敗に繋がる。それは、更に自分を窮地に追い込んでしまう。そうならない為の基本なのだ。

 だから、一つ一つ丁寧に。

 そうやって、冬也は手榴弾型の魔鉱石を作り上げていく。そしてブルは、完成した魔鉱石をまとめて木桶に放り込む。
 一先ず目的の量を作り上げると、冬也は「大急ぎで集落に木桶を運ぶ様に」木々に向かって念じた。そして木々は蔦を伸ばし、物凄いスピードで木桶を運んでいった。

「冬也。お主の言っていた武器は、作らんで良いのか?」
「あれが必要になるのは、今後だ。どんだけ馬鹿でかくなっても、所詮トロールだろ。あんなのも倒せねぇなら、これ以上あいつ等を鍛えるのは無駄だ」
「辛辣じゃのう。まぁ、ゴブリンに並みの強さを要求するのは、酷ってもんじゃ」

 確かに辛辣かも知れない。
 ゴブリンが生きる為の充分な力を得たなら、彼らの訓練はお終いで良いと冬也は考えていた。戦力になるか否かは、この戦い次第。トロールとの一戦は、ゴブリン達の見極めでもあった。
 
 ☆ ☆ ☆
 
 時は戻り、夜闇がゴブリンの集落を包む。広場に戻ったエレナは、ズマに命じ対トロール用の班別けを行わせた。

 先ずは、索敵班、遠距離狙撃班、近距離攻撃班、後方支援班の各班から、一名づつ選別しパーティーを組ませる。
 その内、十のパーティーは直ぐに出発、残り十のパーティーは、集落で待機させる。

 エレナがゴブリン達に伝えた作戦は、非常に単純である。

 先発したパーティーが、それぞれ密林の中に潜み、『神経毒を含ませた弓』を使い遠距離から狙撃する。そして戦力を分断する様に、トロールを引き付けながら、繰り返し遠距離攻撃を続ける。
 トロールが徐々に弱ってきた所で、一体を複数で近距離攻撃し意識を奪う。

 トロール三百に対しゴブリンは四十、数の差は歴然。
 巨人の様な体に変化したトロールと、やっと身体強化を覚えたばかりのゴブリン、戦力の差も歴然。もし、唯一のアドバンテージが有るとすれば、密林が味方になる事であろう。
 
 木々を踏みつぶし、薙ぎ払いながら進むトロールを、密林は決して許さない。
 冬也やペスカと信頼関係を築いた密林は、必然的にゴブリンに対して友好であろうとしている。地の利はゴブリン達に有る。

 素早い行動と、的確な狙撃。それは集団での狩りで、日々鍛えられた。後は、如何に実戦をこなせるか。圧倒的な力の前に、怯まず戦えるか。
 ゴブリン達が血反吐を吐きながら耐えた、訓練の成果を見せる時が訪れた。

 そして、先発のパーティーが密林に潜る。戦況はペスカが遠目の魔法で監視する。ペスカは戦況をエレナに伝える。そして直接的な指揮をズマにさせた。
 
 木々を薙ぎ倒しながら真っすぐ進むトロール達は、自分達の居場所を教えている様なものだ。
 先発隊は、直ぐにトロールを見つけ、狙撃の位置取りをする。ただ遠目でも、その巨大さはわかる。頭は密林の木々よりも、高い位置にある。
 巨人と同様のサイズに変わったトロールを見て、ゴブリン達は息を呑んだ。

 だが、怯む訳にはいかない。

 何の為に訓練に耐えて来たのか。今、この時の為に乗り越えて来たのだ。ゴブリン達は己を鼓舞する様に、それぞれの胸を軽く叩いた。

 パーティーに一体ずつ配置された遠距離狙撃組が、一斉にクロスボウを構える。そして息を殺し、トロールが射程範囲に近づくのを待つ。

 狙うのは、赤黒く光るトロールの瞳。

 汗がゆっくりと、ゴブリン達の頬を流れる。最初の一撃を成功させる為に、激しい緊張がゴブリン達を包む。一秒がとても遅く感じられる。じりじりとトロールは迫る。
 否応なしに手が震え、照準がぶれ始める。そんな時、ゴブリン達はふとエレナの言葉を思い出した。

「必ず当たると信じるニャ。その想いをマナに込めて、矢を放つニャ! 肝心なのは信じる事ニャ。落ち着いたら必ず出来るニャ! お前の矢は必ず当たるニャ!」

 そして、数本の矢が放たれる。木々を潜り抜け、真っ直ぐに矢は進む。放たれた矢は、トロールの瞳を深く抉った。
 
 トロールの大きな呻き声が上がる。それは、戦いの合図となった。種族の命運をかけた、激しい戦いの幕が上がる。