「冬也、冬也。これ! これは、必要なやつなんだな?」
「あぁ、多分な。俺も見ただけじゃわかんねぇんだ」
「冬也は詳しくないんだな。もっと勉強するべきなんだな。山さんに教えて貰うといいんだな」
「そうだな。せっかくだから、お前も一緒に習おうぜ」
「嬉しいんだな。でも、おでは賢いから、冬也よりいっぱい覚えるんだな」
「ははっ、確かにな。お前は賢いよ、ブル」

 ブルは、道具も使わず手で鉱山を掘り進める。そして鉱石を発見した時は、とても嬉しそうに破顔して冬也に見せつける。それは子供が宝物を、親に見せつける様子に似ていた。
 ブルの巨体であれば、砂遊びと大差は無いのだろうか。ブルは疲れた様子を見せない。寧ろ、楽しそうな顔で遊んでいる。
 また、嬉々として冬也に話しかける仕草を見ると、構ってくれる事が嬉しくて仕方ない様子も伝わって来る。

「山さん。これは何だ?」
「あぁ、お前さんが必要だと言っていた、魔鉱石だ」
「これが魔鉱石? 俺が知ってるのとは、違うぞ!」
「お前さんが知ってるのは、製錬された後の物だろう? 使うなら、その作業もしなければならん」
「山さん。魔鉱石は、何に使うんだな?」
「ブルよ。この鉱石は、人間の世界ではラフィス石と呼ばれておる。マナが溜め込める性質を持つから、人間達はこの石に魔法を封じ込めて使っておる」
「便利なんだな」
「あぁ。だけど、このままで役に立たない。不純物が混ざっておるからな。それに、この石は高温で溶ける性質が有る。解けた鉱石は、空気に触れると霧状になるから、製錬する際には注意が必要なんじゃ」
「難しそうなんだな」
「製錬作業は、俺がやる。前に鉄やガラスでやったから慣れてる。任せとけブル」
「おぉ。冬也は、やっぱり凄いんだな」

 ブルは、楽しそうに鉱山を掘り進める。そして、次々と様々な鉱石が掘り出される。新しい鉱石を見つける度に、ブルは冬也と共に山の神の講義を受ける。

 そして冬也は鉱石を選別しつつ、魔法を使って融解し不純物を取り除く。また、冬也は木々から太い幹などを貰い、大人が数人は入れる程の大きな木桶を幾つか作る。
 その作業を見ていたブルは、少し興味を持った様で目を輝かせながら冬也に話しかけた。

「木が冬也の言う事を聞くのは、凄く不思議なんだな」
「それは、俺も不思議だ」
「でも、もっと凄いのは石を簡単にドロドロにしちゃう所なんだな。山さんは注意しろって言ってたんだな」
「あぁ、これか? 確かにコツが要るな」
「どうやってやってるんだな?」
「これは、マナってのを使うんだ」
「マナ? それって何なんだな?」
「わかんねぇか? お前も持ってるんだぞ?」
「おでも? おでも冬也みたいに、石をドロドロに出来るんだな?」
「マナの使い方に慣れればな」
「やってみたいんだな」
「そっか。試してみるか」

 以前、ペスカに聞いた事が有る。この世界の住人は、植物に至るまでマナを保有していると。そして、目を凝らしてブルの体を覗けば、そこには人間とは比較にならない程の大量のマナが有る。

 体が大きいから保有するマナが多いのか、それともサイクロプスという種族特有のものなのかは、冬也にはわからない。
 しかし、これならばマナを扱えるのも苦労はしまい。それにマナを扱える様になれば、ブルが怪我をする事も少なくなるだろう。

 そして、冬也はブルの体に触れて、体内のマナを流動させる。

「おぉ。何だか温かいんだな」
「そっか。これがマナだ。今度は自分で体の中を流してみろ」

 自分で言っておきながら、直ぐには勝手がわからないはずだ。翔一が簡単にマナを扱えたのは、天才的な感覚の持ち主だからと言えよう。そんな翔一と比べては、流石にブルが可哀想だ。
 
 ブルに『マナの扱い方』をもう少し丁寧に教えなおそうと、冬也は少し思い直す。そして、ブルに話しかけようとした瞬間だった。

 ブルの体に異変が起きた。
 
「おぉ? おおぉ? なんか、凄いんだな」
「いや、お前。すげぇな」
「冬也。これはどうやって止めたら良いんだな?」
「止める必要はないぞ。ずっと流してたらいい」
「何か、体がぐぁ~ってするんだな」
「力が漲ってるんだろ? 直ぐにその感覚には慣れる」
「そうなんだな? それなら暫くこのままでいるんだな」

 冬也以前に、ブル本人でさえ予想外だったのだろう。ブルはいとも簡単にマナを体内で流動させた。
 もしかすると、『冬也のやった事をそのまま真似た』だけなのかもしれない。だが、それは純粋故に出来た事だろう。
 ただそのまま模倣する事は存外難しい。大抵の場合は、何かしら固定観念の様な物が邪魔をして失敗する。ブルにはそれが無かったのだろう。

「ブル。暫くその感覚に慣れろ。俺の作業をやるのは、慣れてからだ」
「わかったんだな。おではいっぱい掘るんだな。今なら、もっといっぱい掘れるんだな」
「掘る時は、手にマナを集中させてみろ」
「やってみるんだな」

 そう言うとブルは、体内のマナを手に集中させる。それがどれだけ大変な事なのか、ブルにはわかるまい。冬也でさえ長年に渡り、ペスカの『謎修行』を受けて来たから出来た事なのだ。

「すげぇよ、ブル。頼りにしてるぞ」
「任せるんだな」

 そこからの採掘スピードは、段違いに上がった。

 まるで道具を持ったかの様に、いとも容易く山を崩していく。それが楽しくて、はしゃぎ声を上げる。そして、「これ以上崩すと、山が無くなる」と山の神に注意される。

 それでも『楽しい』は止められない。それは日が暮れる頃、『ぐぅ~』と言う音が辺りに響き渡るまで続いた。

「お腹が減ったんだな」
「あぁ、今日は終わりにして飯にしようブル。助かったぜ。明日もよろしくな」
「良いんだな。楽しかったんだな」
「必要な量が採れたら、他にも手伝って貰う事があるんだけど、良いか?」
「何でも言うと良いんだな」
「頼りにしてるぜ、ブル」

 流石の冬也も、豪快な腹の音を聞いては作業を中断するしかあるまい。そして、冬也は木々に果物を持ってくる様に伝える。その光景が面白いのか、目を輝かせながらブルは木々が持ってくる果物を集める。

 少し拾い場所に大量の果物が置かれていく。その周りに『ドン』っとブルが座る。ブルと比べれば、冬也と山の神は『ちょこん』と言った所だろう。

「美味いか?」
「美味しいんだな」
「そっか、いっぱい食えよ」
「嬉しいんだな」
「冬也よ。そんなに実を収穫したら、直ぐに無くなってしまうぞ」
「大丈夫だ、山さん。ミュールの力を目一杯籠めたからな」
「全く、罰当たりな」
「こまけぇ事を気にすんなって。なぁ、ブル?」
「おでは、美味しいから何でも良いんだな」

 果物を食べつつ、冬也とブルは談笑する。会話をする両者の表情は、とても柔らかい。
 純粋だからこそ、ブルは冬也の暖かい神気を感じ取り、直ぐに懐いたのだろう。ぶっきらぼうで横柄な態度を取るが、冬也は面倒見がいい。
 対格差は余りにも異なる。しかし山の神にはこの二名が、兄弟の様に見えていた。恐らく、この出会いは運命なのだろう。そんな予感を覚える程に。