「にしても、お前はよく食うな」
「冬也も食べると良いんだな。美味しいんだな」
ブルに勧められるがままに、冬也も果物を口にする。一齧りするだけで、芳醇な果汁が口いっぱいに広がる。喉の渇きを癒し、腹を満たしていく。
確かに旨い。ブルが頬を緩ませるのを、冬也は理解出来た。
「お前は、果物しか食べないのか? 肉は食わねぇのか?」
「肉を食べると、お腹を壊すんだな」
サイクロプスという種族が肉を食べないのでは無い。個体差が有るのだ。他のサイクロプスは、空腹の為にやむを得ず狩りを覚える。
しかしブルは狩りをせずに、比較的簡単に得る事が出来る、果物や木の実で腹を満たして来た。
ただブルは一度だけ、放置され腐った肉を口にした事が有る。その時ブルは、下痢と高熱で三日三晩寝こみ、生死の境を彷徨った。それ以来、ブルは肉を口にしない。食べなれた果物しか、口に入れる気にならなかった。
そして大陸の南で、実り溢れる場所に辿り着いたのは、ブルには幸運と言えるだろう。それ故に、鉱山周辺の密林から、失った恵みが戻った事を、ブルは感謝していた。
「神様に感謝するんだな」
「ブル。神様を信じているのか?」
「生まれたばかりの時に、教えられたんだな。おではいつも神様に感謝してるんだな」
「そうかブル。なら会わせてやるよ」
冬也は、悪戯をする子供の様な笑みを浮かべた。
冬也の中に、ブルを驚かせ様とする思いが有った事は否めない。しかし、これはただの気まぐれではない。ここで何が起きているのか。それを知る為には、知っている者を目覚めさせる他にあるまい。
冬也は鉱山に向かい、少し歩みを進める。そして徐に言葉を紡いだ。
「山の神よ。俺の神威に応えよ。お前を縛る闇は消えうせた。さあ、姿を現せ!」
冬也の身体が神気に包まれる。
冬也の神気に応える様に、山から光の塊が飛び出した。光の塊は、徐々に人の形を成していく。
ブルはその神秘的な光景に、口をあんぐり開ける。そして手に持つ果物を、ポロリと落とした。
やがて光は、ずんぐりとした体躯の男性の形を成す。男性は顎に豊かな髭を蓄え、目を細くし柔和な微笑みを湛えていた。
「お主、フィアーナの息子じゃな。天空の地で見たぞ。お主がこの地を浄化してくれたのじゃな」
山の神は、冬也に頭を下げた後に周囲を見渡す。元の緑溢れる密林を見て、更に笑みを深めた。最後に呆けているブルに、山の神は視線を向ける。
「お主の祈りは届いておったよ。お主の祈りが有るから、この辺りは実りに溢れているのだ」
神の恵みは、無尽蔵に続く訳では無い。ブルは、事あるごとに神に祈りを捧げていた。その祈りにより、山の神の神気が増した。
鉱山付近から、実りが失われないのは、ブルの祈りがあっての事だった。だが当のブルは、山の神の言葉を理解出来ずに、首を傾げていた。
真摯に感謝を表す山の神に対し、冬也に微塵も気に留める事無く、鷹揚に言い放った。
「おっさん。それより、用が有んだよ」
「馬鹿者! おっさんとは、何事か! 儂は、お前の先輩じゃぞ。敬意を払わんか」
「なら、山さんで良いな」
「なんじゃ、その山さんとは?」
冬也は山の神を無視して、続いてブルに話しかける。
「おいブル。この太ったおっさんが神様だ」
「このちっこいのが、神様なのかな? なんだか凄いんだな」
「ブル。神様に祈る時には、名前を言うと効果的だ。んで、こいつの名前は山さんだ」
「山さんか。わかったんだな。山さん、ありがとうなんだな」
純真なブルは、山の神に頭を下げる。山の神は、ブルの素直な感情を受け、柔らかく微笑んだ。
ただ、会話の中に有った冬也の言葉には、一つだけ誤りがある。そして、山の神はそれを受け流す訳にはいかなかった。
神への感謝が、名前を告げると届きやすいのは当然だ。神という呼称は、人や動物と同じく分類に過ぎない。漠然と神に祈りを捧げたのでは、どの神に祈ったのかわからない。
そして、神にもれっきとした名前がある。知らない内に仇名を作られ、その名で呼ばれても、自分が呼ばれているとは思わない。それは人でも神でも同じであろう。
「おい、確か冬也といったよな。儂はそんな変な名前では無い!」
「なんだ、山さん。不満か?」
「呼びやすくて、良いんだな。山さん」
「ブルもこう言ってんじゃねぇか。おっさんの唯一の信者だぞ。大事にしてやれよ」
山の神は、やや溜息をついた。
神名はベオログという。しかし、もう本来の名を呼ばれる事は無いかも知れない。しかしブルの笑顔を見ると、渾名で呼ばれるのは嫌だと山の神は言えなかった。
そんな山の神を横目に、冬也のやや脅しの利いた瞳が両名を射抜く。
「さて、お前ら。助けられた恩は、ちゃんと返すよな」
「何でも言うんだな」
「出来る範囲でなら、言う事を聞いてやろう」
冬也は二人の回答を聞き、腕を組んで言い放った。
「よし、ブルと山さん。お前ら二人で、鉄を掘り起こしてくれ」
「わかったんだな。でも冬也。鉄ってなんだな?」
「そういう面倒な説明は、山さんがしてくれる」
ブルは、山の神を見つめる。山の神は困った様に、溜息をついた。そして冬也は、更に言葉を続ける。
「ほら山さん。力を貸してくれるんだろ? 鉄が必要なんだよ」
「はぁ、お主。まぁ良い」
顕現してから何度目かの、深い溜息を山の神はつく。
「ただお主、掘らねば鉄は出てこんのだぞ」
「山さん。その為のブルだろ。なぁブル」
「よくわからないけど、やるんだな冬也。任せるんだな」
ブルはやる気に満ち、鼻息を荒くする。
「仕方ない。ブルとやら、ついて来るが良い」
山の神はブルを連れていき、掘り進める地点を指示した。ブルの大きい手と分厚い皮膚は、鉱山を掘り進める事など物ともしない。
ブルはその頑丈な手で、鉱山の山腹をどんどんと掘っていく。
「山さん。ここから採れるのは、鉄だけか?」
「お主が神気を分けてくれれば、魔鉱石も採れるようにしてやるぞ」
「なら頼む。多分それも必要になる」
顕現したばかりの山の神は、神気を感じられない程に弱々しかった。冬也が浄化の為に、大地に神気を流さなければ、恐らく存在に気がつく事は無かっただろう。
詳細は山の神に尋ねなければわからない。しかし、鉱山周辺に溢れた瘴気が原因なのは、間違いあるまい。
周辺を浄化し、自分の存在に気がついてくれた事には感謝をしている。だから冬也の頼みは叶えてやりたい。ただ叶えようにも、神気が足りないのだ。
山の神が困り顔を浮かべた理由は、そこにある。しかし、そんな山の神の状態を、理解出来ない冬也ではない。
冬也は山の神の肩を掴み、神気を流し込む。そして山の神は満足そうな表情で、冬也の神気を受け取る。神気の受け渡しは数分続いた。暫くすると山の神は、充分とばかりに冬也の手を叩いた。
「この位で良いだろう。お主の神気は、心地が良いな。流石に大地母神の血を引くだけあるな」
「そっか。後は頼んだぜ、山さん」
「まあ良いが、冬也。お主はどの位の量、鉄が欲しいのだ?」
「あ~、どうだろう。取り敢えず沢山かな」
「馬鹿者! それではわからんだろう!」
「良いんだよ。必要な量は大体わかってる。余計な採掘はさせねぇよ」
冬也は手をひらひらと振り、山の神に背を向ける。そして、鉱山から少し離れる様に、冬也は歩いていった。暫く歩くと、何も無い空間に向かって、冬也は話し出す。
「あぁ、こっちは順調だ。魔鉱石も手に入りそうだしな。それと、面白い奴が仲間になりそうだ。土産は充分だ、待ってろよ」
☆ ☆ ☆
「彼の者達の動向は、掴めたのかしら?」
「まだよ。なかなか尻尾を掴ませないわね」
「実際に事が起きてからでは、遅いのよ」
「わかってるわよ。せっかくラフィスフィア大陸を守ったのに、今度はうちだもの。次はあんたの所が狙われるんじゃない」
「止めてよね、奴ら本当にやりかねないのよ。ダーリンと結ばれる前に、ロイスマリアが崩壊なんて、洒落にならないわよ」
「ちょっと! 私の可愛い子供に手をつけたら、許さないわよ」
女性達の姦しい声が、響き渡る。
邪神ロメリアを始めとした混沌勢と呼ばれる、邪神達の消滅。平和が訪れたはずのロイスマリアに、動乱が起ころうとしている。
静かに、緩やかに、事態は進行を始める。気が付いた時には、手遅れになる隠れた病巣の様に。
「冬也も食べると良いんだな。美味しいんだな」
ブルに勧められるがままに、冬也も果物を口にする。一齧りするだけで、芳醇な果汁が口いっぱいに広がる。喉の渇きを癒し、腹を満たしていく。
確かに旨い。ブルが頬を緩ませるのを、冬也は理解出来た。
「お前は、果物しか食べないのか? 肉は食わねぇのか?」
「肉を食べると、お腹を壊すんだな」
サイクロプスという種族が肉を食べないのでは無い。個体差が有るのだ。他のサイクロプスは、空腹の為にやむを得ず狩りを覚える。
しかしブルは狩りをせずに、比較的簡単に得る事が出来る、果物や木の実で腹を満たして来た。
ただブルは一度だけ、放置され腐った肉を口にした事が有る。その時ブルは、下痢と高熱で三日三晩寝こみ、生死の境を彷徨った。それ以来、ブルは肉を口にしない。食べなれた果物しか、口に入れる気にならなかった。
そして大陸の南で、実り溢れる場所に辿り着いたのは、ブルには幸運と言えるだろう。それ故に、鉱山周辺の密林から、失った恵みが戻った事を、ブルは感謝していた。
「神様に感謝するんだな」
「ブル。神様を信じているのか?」
「生まれたばかりの時に、教えられたんだな。おではいつも神様に感謝してるんだな」
「そうかブル。なら会わせてやるよ」
冬也は、悪戯をする子供の様な笑みを浮かべた。
冬也の中に、ブルを驚かせ様とする思いが有った事は否めない。しかし、これはただの気まぐれではない。ここで何が起きているのか。それを知る為には、知っている者を目覚めさせる他にあるまい。
冬也は鉱山に向かい、少し歩みを進める。そして徐に言葉を紡いだ。
「山の神よ。俺の神威に応えよ。お前を縛る闇は消えうせた。さあ、姿を現せ!」
冬也の身体が神気に包まれる。
冬也の神気に応える様に、山から光の塊が飛び出した。光の塊は、徐々に人の形を成していく。
ブルはその神秘的な光景に、口をあんぐり開ける。そして手に持つ果物を、ポロリと落とした。
やがて光は、ずんぐりとした体躯の男性の形を成す。男性は顎に豊かな髭を蓄え、目を細くし柔和な微笑みを湛えていた。
「お主、フィアーナの息子じゃな。天空の地で見たぞ。お主がこの地を浄化してくれたのじゃな」
山の神は、冬也に頭を下げた後に周囲を見渡す。元の緑溢れる密林を見て、更に笑みを深めた。最後に呆けているブルに、山の神は視線を向ける。
「お主の祈りは届いておったよ。お主の祈りが有るから、この辺りは実りに溢れているのだ」
神の恵みは、無尽蔵に続く訳では無い。ブルは、事あるごとに神に祈りを捧げていた。その祈りにより、山の神の神気が増した。
鉱山付近から、実りが失われないのは、ブルの祈りがあっての事だった。だが当のブルは、山の神の言葉を理解出来ずに、首を傾げていた。
真摯に感謝を表す山の神に対し、冬也に微塵も気に留める事無く、鷹揚に言い放った。
「おっさん。それより、用が有んだよ」
「馬鹿者! おっさんとは、何事か! 儂は、お前の先輩じゃぞ。敬意を払わんか」
「なら、山さんで良いな」
「なんじゃ、その山さんとは?」
冬也は山の神を無視して、続いてブルに話しかける。
「おいブル。この太ったおっさんが神様だ」
「このちっこいのが、神様なのかな? なんだか凄いんだな」
「ブル。神様に祈る時には、名前を言うと効果的だ。んで、こいつの名前は山さんだ」
「山さんか。わかったんだな。山さん、ありがとうなんだな」
純真なブルは、山の神に頭を下げる。山の神は、ブルの素直な感情を受け、柔らかく微笑んだ。
ただ、会話の中に有った冬也の言葉には、一つだけ誤りがある。そして、山の神はそれを受け流す訳にはいかなかった。
神への感謝が、名前を告げると届きやすいのは当然だ。神という呼称は、人や動物と同じく分類に過ぎない。漠然と神に祈りを捧げたのでは、どの神に祈ったのかわからない。
そして、神にもれっきとした名前がある。知らない内に仇名を作られ、その名で呼ばれても、自分が呼ばれているとは思わない。それは人でも神でも同じであろう。
「おい、確か冬也といったよな。儂はそんな変な名前では無い!」
「なんだ、山さん。不満か?」
「呼びやすくて、良いんだな。山さん」
「ブルもこう言ってんじゃねぇか。おっさんの唯一の信者だぞ。大事にしてやれよ」
山の神は、やや溜息をついた。
神名はベオログという。しかし、もう本来の名を呼ばれる事は無いかも知れない。しかしブルの笑顔を見ると、渾名で呼ばれるのは嫌だと山の神は言えなかった。
そんな山の神を横目に、冬也のやや脅しの利いた瞳が両名を射抜く。
「さて、お前ら。助けられた恩は、ちゃんと返すよな」
「何でも言うんだな」
「出来る範囲でなら、言う事を聞いてやろう」
冬也は二人の回答を聞き、腕を組んで言い放った。
「よし、ブルと山さん。お前ら二人で、鉄を掘り起こしてくれ」
「わかったんだな。でも冬也。鉄ってなんだな?」
「そういう面倒な説明は、山さんがしてくれる」
ブルは、山の神を見つめる。山の神は困った様に、溜息をついた。そして冬也は、更に言葉を続ける。
「ほら山さん。力を貸してくれるんだろ? 鉄が必要なんだよ」
「はぁ、お主。まぁ良い」
顕現してから何度目かの、深い溜息を山の神はつく。
「ただお主、掘らねば鉄は出てこんのだぞ」
「山さん。その為のブルだろ。なぁブル」
「よくわからないけど、やるんだな冬也。任せるんだな」
ブルはやる気に満ち、鼻息を荒くする。
「仕方ない。ブルとやら、ついて来るが良い」
山の神はブルを連れていき、掘り進める地点を指示した。ブルの大きい手と分厚い皮膚は、鉱山を掘り進める事など物ともしない。
ブルはその頑丈な手で、鉱山の山腹をどんどんと掘っていく。
「山さん。ここから採れるのは、鉄だけか?」
「お主が神気を分けてくれれば、魔鉱石も採れるようにしてやるぞ」
「なら頼む。多分それも必要になる」
顕現したばかりの山の神は、神気を感じられない程に弱々しかった。冬也が浄化の為に、大地に神気を流さなければ、恐らく存在に気がつく事は無かっただろう。
詳細は山の神に尋ねなければわからない。しかし、鉱山周辺に溢れた瘴気が原因なのは、間違いあるまい。
周辺を浄化し、自分の存在に気がついてくれた事には感謝をしている。だから冬也の頼みは叶えてやりたい。ただ叶えようにも、神気が足りないのだ。
山の神が困り顔を浮かべた理由は、そこにある。しかし、そんな山の神の状態を、理解出来ない冬也ではない。
冬也は山の神の肩を掴み、神気を流し込む。そして山の神は満足そうな表情で、冬也の神気を受け取る。神気の受け渡しは数分続いた。暫くすると山の神は、充分とばかりに冬也の手を叩いた。
「この位で良いだろう。お主の神気は、心地が良いな。流石に大地母神の血を引くだけあるな」
「そっか。後は頼んだぜ、山さん」
「まあ良いが、冬也。お主はどの位の量、鉄が欲しいのだ?」
「あ~、どうだろう。取り敢えず沢山かな」
「馬鹿者! それではわからんだろう!」
「良いんだよ。必要な量は大体わかってる。余計な採掘はさせねぇよ」
冬也は手をひらひらと振り、山の神に背を向ける。そして、鉱山から少し離れる様に、冬也は歩いていった。暫く歩くと、何も無い空間に向かって、冬也は話し出す。
「あぁ、こっちは順調だ。魔鉱石も手に入りそうだしな。それと、面白い奴が仲間になりそうだ。土産は充分だ、待ってろよ」
☆ ☆ ☆
「彼の者達の動向は、掴めたのかしら?」
「まだよ。なかなか尻尾を掴ませないわね」
「実際に事が起きてからでは、遅いのよ」
「わかってるわよ。せっかくラフィスフィア大陸を守ったのに、今度はうちだもの。次はあんたの所が狙われるんじゃない」
「止めてよね、奴ら本当にやりかねないのよ。ダーリンと結ばれる前に、ロイスマリアが崩壊なんて、洒落にならないわよ」
「ちょっと! 私の可愛い子供に手をつけたら、許さないわよ」
女性達の姦しい声が、響き渡る。
邪神ロメリアを始めとした混沌勢と呼ばれる、邪神達の消滅。平和が訪れたはずのロイスマリアに、動乱が起ころうとしている。
静かに、緩やかに、事態は進行を始める。気が付いた時には、手遅れになる隠れた病巣の様に。