早朝に起きた冬也は、鉱山に向かって集落を出た。そして木々に道を尋ねながら、歩みを進める。密林を味方につけた冬也に、旅の不安は無かった。
 喉が渇けば、水源を教えてくれる。腹が減れば、獲物を運んでくれる。冬也は、目的地を目指し進むだけで良かった。

 だが、冬也の探索はそう簡単には進まなかった。半日ほど進み、魔獣の気配を感じた冬也が見つけたのは、一体のサイクロプスと数百体のコボルトであった。

 密林の木々よりも、遥かに大きい巨体を持つサイクロプスは、木を引き抜いて、足元に群がるコボルトを払う様に振り回す。
 コボルト達は、群れでサイクロプスの足元に齧りつく。コボルトの歯では、サイクロプスの硬い皮膚を通す事は出来ない。しかし、コボルトは何度も同じ場所に、齧りつく。サイクロプスの硬い皮膚は、次第に傷つき始める。

 苛立つサイクロプスは、木を振りましてコボルトを追い払う。サイクロプスが動く度に、密林の木々が倒れていく。
  
 一体の強者に相対するのは、群れを成す弱者。巨体を維持する為に、サイクロプスは大量の贄が必要なのだろう。対して、コボルトは種族を守る為に戦うのだろう。
 ドラグスメリア大陸では、自然な光景かもしれない。だが冬也は、この戦いに違和感を感じた。それはかつて、モンスターと戦った時に感じていたもの。

 悪意。

 無数のコボルトの群れから、邪気が立ちこめる。そして、冬也の直感が告げていた。コボルト達をこのまま放置する訳にはいかない。

 コボルトの群れに異常を感じた冬也は、戦いが繰り広げられる場所に向かい、神剣を取り出し走り出した。
 冬也に気が付いたのか、それとも冬也が放つ神気に反応したのか。無数の目が冬也を睨み付ける。まるで正気を失った様に、怒りに満ちている。

 そして、コボルトの群れが牙を剥き、冬也へ一斉に襲いかかる。

 冬也は神剣を横薙ぎにし、一太刀でコボルトを数十体ほど切り払う。冬也が斬るのは、生き物の中に有る邪気。コボルトは、力の根源を断ち切られた様に倒れ伏す。
 しかしコボルトは、数百体の群れを成す。そして厄介な事に、足に傷を作ったサイクロプスが暴れ回り、密林を破壊していく。

「おい! デカブツ! 聞こえてるか? 聞こえてるなら、少し静かにしてろ!」

 冬也は一先ず、サイクロプスを大人しくさせようと、呼びかける。
  
「てめぇ! 聞こえてねぇのかよ、一つ目のデカブツ!」

 冬也が呼びかけても、サイクロプスは何の反応も無い。少し舌打ちをして、冬也は神気を高め、再び大地に問いかける。

「ミュール。あんたの力をもう一度貸せよな」

 大地から力を吸い上げる様に、冬也は神剣を大きくしていく。

 まるで数百のコボルトを一気に屠る様に、冬也は大きくした神剣を振るう。コボルト達は次々に昏倒していく。そして冬也は、パルクールの様に身軽に体を動かし、サイクロプスの体を登っていった。

 サイクロプスの肩まで昇ると、冬也は拳にマナを込め、サイクロプスの頭を殴りつけた。そして、サイクロプスの体はぐらりと揺れる。次に冬也は、サイクロプスの耳元で大声を張り上げた。

「落ち着け、デカブツ! もう、誰もてめぇを襲わねぇよ」

 サイクロプスは、耳元で聞こえる声に、ハッとした様に辺りを見回した。

「お、おおお。なにか聞こえたんだな」
「やっと聞こえたか。デカブツ!」
「何か聞こえるけど、見えないんだな」
「お前の肩にいるんだよ! って見えねぇのか。ちょっとお前、手をだせ! 自分の顔の前に置く感じだ。それで、手のひらを上にしろ」

 サイクロプスは、冬也の言う通りに、差し出す様に自分の手を開いた。そして冬也は、サイクロプスの腕を伝い、手のひらに移る。

「これで、見えたろ。いいか、揺らすんじゃねぇぞ」

 驚いて固まっているのが手に取る様にわかる。サイクロプスは、一つ目を更に大きく見開き、だらしなく口を開けていた。

「おい! てめぇは何しにここに来やがった?」
「お、お腹へったんだな」

 ぐぅ~という、大きな音が密林に響き渡り、冬也は頭をおさえた。

「だ~か~ら~。お前が、何をしてるかって聞いてるんだよ」
「あ、足が痛いんだな」
「あ~くそっ、待ってろ」

 冬也は、サイクロプスの手から飛び降りると、マナを使って衝撃を緩和し着地する。
 苦手な治療魔法を使い、サイクロプスの足を治していった。ペスカの様に上手くは無いが、少しずつサイクロプスの傷が癒えていく。

「どうだ? ちっとは痛みが消えたか?」
「痛くないんだな」
「それなら良かった」

 痛みが消えた事が嬉しかったのか、サイクロプスは満面の笑みを浮かべて、ドカッと腰を下ろした。
 同時に木々が薙ぎ倒され、地響きが起きる。冬也は、再びサイクロプスの肩に乗り、頭を殴りつけた。

「いきなり座るんじゃねぇ。びっくりすんだろ」
「お腹は空いたままなんだな」
「会話になんねぇよ。腹減ってんなら、その辺の犬っころを食えば良いじゃねぇか!」
「肉は食べないんだな。ブツブツが出来るんだな」
「んでお前は、何が食いてぇんだよ」
「果物が食べたいんだな。おでの所は、果物が取れなくなったんだな」
「そりゃあ、お前の住処かって事か? どこだ?」

 サイクロプスは、自分の住処辺りを指さす。それは、冬也の目的地である鉱山の有る方角だった。

 聞くところによると、サイクロプスはゴブリンの集落から遥か西の、鉱山付近を住処にしていた。
 鉱山周辺の木々には、多くの果実が実を付け、サイクロプスはそれを主食にしていた。ただ、ここ数日は木々は実を付けなくなった。
 仕方なく、空腹のサイクロプスは食べ物を探しに密林を彷徨っていた。その時、たまたまコボルトの縄張りに足を踏み入れ、襲われたとの事だった。
 冬也は、サイクロプスの話しを聞くと、徐に口を開いた。

「おい、お前の飯は何とかしてやるから、俺をそこまで連れてけ」
「小人には、何も出来ないだな」
「あぁ? てめぇ、腹減ってんだろ! 黙って言う事を聞けよ!」
「おっかない小人だな」
「それと、小人じゃねぇ。俺の名前は冬也だ。お前の名前を教えろ!」
「お、おでか? おではブルって言うんだな」

 ブルは、冬也を肩に乗せたまま立ち上がる。そして、鉱山に向かい歩き出した。

 人間が密林を歩けば、三週間はかかるだろう距離を、あっと言う間に踏破する。
 辿り着いた先で冬也を待ち受けていたのは、嘘の様に枯れ果てた木々と、黒く淀み始めた大地であった。