「くそっ! こんな所でやられる訳にはいかないのに」
「お前等、下等種族は、もうお終いだ」
「今頃、お前等の兄弟達、皆殺し」
「貴様等には、誇りは無いのか!」
「そんな古いしがらみ、意味ない。お前等、滅びる。早く死ね」
「くそっ。愚かなトロールめ。せめて一矢報いてやる。誇り有る限り、この身は滅びぬ」
人間より遥かに大きく、怪力を持つトロール。人間の半分程度の大きさしか無く、力も弱いゴブリン。両者では対格差が違い過ぎる。一対一では到底勝負にならない。
だがそのゴブリンは、複数のトロールを相手に果敢に立ち向かっていた。
トロールは、巨大なこん棒を振り下ろす。暴力的なまでの勢いで、こん棒は風を巻き起こしながらゴブリンへと迫る。ゴブリンは、その小さい体を身軽に動かし棍棒を避ける。
これは、本来ドラグスメリアにおける誇りを賭けた戦いではない。強者が集い、弱者を嬲る。それは、戦いですらない。
振り上げられた巨大な棍棒が、次々とゴブリンに向かって振り下ろされる。ゴブリンは、反撃の糸口を見つけ出そうと、必死で棍棒を躱す。
「逃げるな。早く殺されろ」
殺意の籠った攻撃が、ゴブリンの体を掠める。ただ掠めただけ。それでも、その威力にゴブリンの体は吹き飛ばされる。
勢い良く大木にぶち当たり、体がひしゃげる。気を失う程の痛みが、ゴブリンの体に走る。
薄ら笑みを浮かべて、トロール達はゴブリンに迫る。言葉とは裏腹に、まるで甚振る事を楽しむかの様に、ゴブリンを追い詰めていく。
少しづつ傷を負わせ、弱らせて、死の恐怖を味合わせようとする。怯える表情を見て、愉悦に浸ろうとする。
しかしどれだけ攻撃をしても、そのゴブリンの目は、真っ直ぐにトロール達を射抜く。力の差を示しても、言葉で脅しても、そのゴブリンは怯まない。
攻撃をする度に、トロール達の苛立ちは増していった。
「駄目だこいつ、もう殺そう」
「そうだ、殺してしまおう」
「ああ、楽しくない。殺そう」
トロール達から止めの言葉が、口々に放たれた時に状況は一変した。振り上げられた幾つもの棍棒は、ゴブリンに届く事は無かった。
そして、トロール達は次々と、昏倒していった。
「大丈夫か?」
ゴブリンが見上げると、そこにいたのは見知らぬ種族であった。
「お前等は、何だ?」
朦朧とする意識の中で、ゴブリンは呟いた。その言葉を最後に、ゴブリンは意識を失った。
☆ ☆ ☆
数分程前の事、ペスカと冬也は複数の気配を察知していた。視線を交わして合図をすると、密林の中を駆けだした。
だが、ここは木々が絶え間なく生えている、密林地帯である。木々は、手足の様に枝を伸ばし、行く手を阻もうとする。
「どけよ、邪魔だ!」
植物や動物に至るまで、ドラグスメリアでは力を示した者に従う。冬也が吐き捨てる様に呟くと、冬也の神気を感じたのか、木々は怯える様に枝葉を引っ込める。そして、魔獣達までの道が作られていく。見通しが良くなった密林を、ペスカと冬也はスピードを上げて走る。
「良い子達だ」
状況は、悪化の一途を辿っている。遠目で見ても、一方的な状況なのがわかる。複数のトロール達は、弄ぶようにゴブリンを攻撃をしている。
冬也は、その光景に怒りを感じていた。
「お兄ちゃん、ちょっと不味いかも。このままだと間に合わないよ」
ペスカから焦る様な声が掛かる。ペスカの言葉を受けると、冬也は神気を込めて木々に話しかける。
「おい、お前等。俺の声が聞こえてるんだよな。あいつ等の棍棒を何とかしろ!」
少し威圧をする様な冬也の言葉に、木々が大人しく従う。
振り下ろされる棍棒に、蔦を絡ませる。突然、棍棒が動かなくなり、トロール達に動揺が走った。その隙に、ペスカと冬也は更に走るスピードを上げて距離を縮めた。
「ナイス、お兄ちゃん。じゃあ私も」
ペスカは、走りながら呪文を唱えた。
「眠れ、悪しき者よ。その目を閉じて、夢の彼方へ」
ペスカの魔法が、効力を発揮し始める。二人がゴブリンの下へ到着する前に、トロール達は全て昏倒した。
辿り着くなり、冬也はゴブリンに声を掛ける。しかし、ゴブリンは一言呟くと、意識を失ってしまった。
「ペスカ、こいつ無事なのか?」
ペスカはゴブリンの様子を少し見ると、治療魔法をかけた。目視出来る範囲内の傷は、直ぐに消えていく。まだ意識を取り戻してはいないが、命に別状は無いだろう。
「取り敢えず、大丈夫かな。お兄ちゃんは、そっちの奴らをお願いね」
「おう。お前等、もういっちょ仕事だ。蔦で頑丈に縛り上げろ」
冬也は、再び木々に命令をする。
既に周辺の木々は、冬也を主と認めているのだろう。大人しく命令に従い、トロール達を締め上げた。
念の為に、冬也はゴブリンも拘束させる。それと同時に、周囲の気配を探る。魔獣の反応らしきものは感じられず、冬也は少し安堵の息を吐いた。
「こっちも、オッケーだペスカ。周りにこいつ等の仲間は、いなそうだ」
「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、ゆっくりと事情聴取といきますか」
ペスカは指を鳴らして魔法を解除し、トロール達を目覚めさせた。
事態を理解出来ないトロール達は、怪力で蔦を引き千切ろうとする。しかし、冬也の命令を守ろうと、木々は更に蔦を絡ませて、拘束を強める。
「離せ、許されない」
「そうだ、離せ」
「解放しろ、殺すぞ」
「うっせぇよ、てめぇら! 喚くんじゃねぇ!」
トロール達は、口々に解放を要求する。しかしそんな要求を、冬也が呑むはずが無い。今し方まで、複数でゴブリンを嬲っていたのだ、虫が良すぎる。
冬也は威圧を込めて、声を荒げる。ただこの時、冬也は怒りの余り神気を強めてしまった。結果的に三体の内、二体は泡を吹き意識を失い、一体は失禁して震えて体を縮こませていた。
「お兄ちゃん。脅し過ぎ、これじゃ事情聴取出来ないじゃない」
「ごめんペスカ。でもよ」
「まぁ、気持ちはわかるよ、お兄ちゃん」
ペスカは、冬也から視線を外すと、震えているトロールに向かって言い放つ。
「知ってる事は、全部吐いてもらうよ。じゃないと、もっと怖い思いをするからね」
トロールは、怯え切って言葉が出ない。口をパクパクさせて、震えている。これでは、何も聞き出せない。ペスカと冬也は肩を竦めた。
ドラグスメリアにおける戦いの矜持は、冬也にも共感出来るものが有った。それ故、冬也は少し高揚していた。どんな強敵と出会えるのだろう。拳を交えれば、どんな勝負が出来るのだろうと。
しかし、目の前に繰り広げられた光景は、その期待を大きく裏切る事になった。だからこそ、冬也は怒った。
弱者は強者に嬲られる。それは、人間の社会で顕著に表れる。嬲られた弱者は、更に弱い者を探す。
それは決して良い状態だとは思えない。寧ろ、卑しい行為だと言えよう。何故ならそれは、心の弱さ故に起こる事態なのだから。
彼らの事情は判然としない。しかし、本当の強者は体の大きいトロールなのか? 違うだろう、体が小さく力の弱いゴブリンの方だ。
暫くすると、後方からゴソゴソと音が聞こえる。ペスカが振り向くと、ゴブリンが目を覚まし、拘束を解こうとしていた。
「離せ! これを解いてくれ! 俺は行かなければならない!」
ジタバタと暴れるゴブリンに、ペスカが話しかけ様とする。それを見て、冬也が小声で呟く。
「今度は、怯えさせるなよ」
「馬鹿なの? 怯えさせたのは、お兄ちゃんでしょ!」
ゴブリンは、訝し気な目で二人を見る。気を失っている間に、拘束されたのだ警戒して当然であろう。
ペスカは出来るだけ怯えさせ無い様に、優しく話しかけた。
「あのね、私達にはあなたを、どうこうする気は無いよ。出来れば事情を教えて欲しいんだけど」
ペスカが話しかけると、ゴブリンは目を皿の様にして、口を開けていた。
「さ、猿が喋っている。な、何だ、貴様等は?」
「人間って知らない? そっか、見た事無いか」
「ニンゲンって何だ? 新しい猿か? そう言えば毛が無いな」
何だか既視感を感じるペスカは、少しため息をついて言葉を続けた。
「あのさ、あなたはトロールに襲われてたよね。何で?」
「うん? そう言えば、トロール達はどうしたのだ? 俺は殺されかけ」
言葉の途中で、ゴブリンが辺りを見回す。すると、トロール達が縛られているのが見える。唐突故に気がつかなかったが、致命傷のはずだった傷が癒えている。
ゴブリンは、混乱していた。
目の前には、見知らぬ種族。トロール達を倒した事から、強いのは明白である。いったい奴らは、何の目的が有って自分を治療したのだ。
相手を倒せば、肉片を残さず食らい尽くすのが常識であろう。しかし奴らは、トロールを縛り上げたままである。そして、自分もだ。
これから喰らうつもりなのか。いや、違うだろう。至極、穏やかそうに見える。少なくともこれから喰らう者を、治療するはずがあるまい。
考えても答えは出ない。
この時、ゴブリンは薄々勘付いていたのだろう。何かとんでもない事態が、この大陸に置き始めている事を。そしてゴブリンは、その答えを求めて問いかける。
「何だ? 何が起きた? 教えてくれ、毛の無い猿達」
「いや、猿じゃ無いし。私達があなたの命を救ったの。あいつ等を倒したのも私達。わかる?」
「何? まさか、猿がトロールを倒したのか? いつ猿は、そんな進化を遂げた? これも異変の影響か?」
「異変って何? 教えてくれる?」
「猿のわりには、お前達は強いんだな。頼みがある」
話が噛み合わず、会話にならない。ペスカは、深い溜息をついた。
流石の冬也でも、ここまで酷くはない。冬也は確かに脳筋と言っていい。考えなしに行動を起こす。思考を放棄する事も有る。ただし決して馬鹿ではない。重要なポイントは外さない。
ただペスカは、会話の中に有ったヒントを逃さなかった。確かに異変と、ゴブリンは言ったのだ。まさか、ドラグスメリアに着いて早々に、有用な情報を持つ者に辿り着くとは、思っていなかった。
「頼む。いや、お願いします。助けて下さい。このままでは、我等ゴブリンの一族は、滅びてしまう」
身動きの取れない体で、必死に懇願するゴブリン。そしてトロールとの戦闘で、物足りなさを感じていた冬也は、目を輝かせる。
そしてペスカは、予想外の展開に頭を抱えた。
「お前等、下等種族は、もうお終いだ」
「今頃、お前等の兄弟達、皆殺し」
「貴様等には、誇りは無いのか!」
「そんな古いしがらみ、意味ない。お前等、滅びる。早く死ね」
「くそっ。愚かなトロールめ。せめて一矢報いてやる。誇り有る限り、この身は滅びぬ」
人間より遥かに大きく、怪力を持つトロール。人間の半分程度の大きさしか無く、力も弱いゴブリン。両者では対格差が違い過ぎる。一対一では到底勝負にならない。
だがそのゴブリンは、複数のトロールを相手に果敢に立ち向かっていた。
トロールは、巨大なこん棒を振り下ろす。暴力的なまでの勢いで、こん棒は風を巻き起こしながらゴブリンへと迫る。ゴブリンは、その小さい体を身軽に動かし棍棒を避ける。
これは、本来ドラグスメリアにおける誇りを賭けた戦いではない。強者が集い、弱者を嬲る。それは、戦いですらない。
振り上げられた巨大な棍棒が、次々とゴブリンに向かって振り下ろされる。ゴブリンは、反撃の糸口を見つけ出そうと、必死で棍棒を躱す。
「逃げるな。早く殺されろ」
殺意の籠った攻撃が、ゴブリンの体を掠める。ただ掠めただけ。それでも、その威力にゴブリンの体は吹き飛ばされる。
勢い良く大木にぶち当たり、体がひしゃげる。気を失う程の痛みが、ゴブリンの体に走る。
薄ら笑みを浮かべて、トロール達はゴブリンに迫る。言葉とは裏腹に、まるで甚振る事を楽しむかの様に、ゴブリンを追い詰めていく。
少しづつ傷を負わせ、弱らせて、死の恐怖を味合わせようとする。怯える表情を見て、愉悦に浸ろうとする。
しかしどれだけ攻撃をしても、そのゴブリンの目は、真っ直ぐにトロール達を射抜く。力の差を示しても、言葉で脅しても、そのゴブリンは怯まない。
攻撃をする度に、トロール達の苛立ちは増していった。
「駄目だこいつ、もう殺そう」
「そうだ、殺してしまおう」
「ああ、楽しくない。殺そう」
トロール達から止めの言葉が、口々に放たれた時に状況は一変した。振り上げられた幾つもの棍棒は、ゴブリンに届く事は無かった。
そして、トロール達は次々と、昏倒していった。
「大丈夫か?」
ゴブリンが見上げると、そこにいたのは見知らぬ種族であった。
「お前等は、何だ?」
朦朧とする意識の中で、ゴブリンは呟いた。その言葉を最後に、ゴブリンは意識を失った。
☆ ☆ ☆
数分程前の事、ペスカと冬也は複数の気配を察知していた。視線を交わして合図をすると、密林の中を駆けだした。
だが、ここは木々が絶え間なく生えている、密林地帯である。木々は、手足の様に枝を伸ばし、行く手を阻もうとする。
「どけよ、邪魔だ!」
植物や動物に至るまで、ドラグスメリアでは力を示した者に従う。冬也が吐き捨てる様に呟くと、冬也の神気を感じたのか、木々は怯える様に枝葉を引っ込める。そして、魔獣達までの道が作られていく。見通しが良くなった密林を、ペスカと冬也はスピードを上げて走る。
「良い子達だ」
状況は、悪化の一途を辿っている。遠目で見ても、一方的な状況なのがわかる。複数のトロール達は、弄ぶようにゴブリンを攻撃をしている。
冬也は、その光景に怒りを感じていた。
「お兄ちゃん、ちょっと不味いかも。このままだと間に合わないよ」
ペスカから焦る様な声が掛かる。ペスカの言葉を受けると、冬也は神気を込めて木々に話しかける。
「おい、お前等。俺の声が聞こえてるんだよな。あいつ等の棍棒を何とかしろ!」
少し威圧をする様な冬也の言葉に、木々が大人しく従う。
振り下ろされる棍棒に、蔦を絡ませる。突然、棍棒が動かなくなり、トロール達に動揺が走った。その隙に、ペスカと冬也は更に走るスピードを上げて距離を縮めた。
「ナイス、お兄ちゃん。じゃあ私も」
ペスカは、走りながら呪文を唱えた。
「眠れ、悪しき者よ。その目を閉じて、夢の彼方へ」
ペスカの魔法が、効力を発揮し始める。二人がゴブリンの下へ到着する前に、トロール達は全て昏倒した。
辿り着くなり、冬也はゴブリンに声を掛ける。しかし、ゴブリンは一言呟くと、意識を失ってしまった。
「ペスカ、こいつ無事なのか?」
ペスカはゴブリンの様子を少し見ると、治療魔法をかけた。目視出来る範囲内の傷は、直ぐに消えていく。まだ意識を取り戻してはいないが、命に別状は無いだろう。
「取り敢えず、大丈夫かな。お兄ちゃんは、そっちの奴らをお願いね」
「おう。お前等、もういっちょ仕事だ。蔦で頑丈に縛り上げろ」
冬也は、再び木々に命令をする。
既に周辺の木々は、冬也を主と認めているのだろう。大人しく命令に従い、トロール達を締め上げた。
念の為に、冬也はゴブリンも拘束させる。それと同時に、周囲の気配を探る。魔獣の反応らしきものは感じられず、冬也は少し安堵の息を吐いた。
「こっちも、オッケーだペスカ。周りにこいつ等の仲間は、いなそうだ」
「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、ゆっくりと事情聴取といきますか」
ペスカは指を鳴らして魔法を解除し、トロール達を目覚めさせた。
事態を理解出来ないトロール達は、怪力で蔦を引き千切ろうとする。しかし、冬也の命令を守ろうと、木々は更に蔦を絡ませて、拘束を強める。
「離せ、許されない」
「そうだ、離せ」
「解放しろ、殺すぞ」
「うっせぇよ、てめぇら! 喚くんじゃねぇ!」
トロール達は、口々に解放を要求する。しかしそんな要求を、冬也が呑むはずが無い。今し方まで、複数でゴブリンを嬲っていたのだ、虫が良すぎる。
冬也は威圧を込めて、声を荒げる。ただこの時、冬也は怒りの余り神気を強めてしまった。結果的に三体の内、二体は泡を吹き意識を失い、一体は失禁して震えて体を縮こませていた。
「お兄ちゃん。脅し過ぎ、これじゃ事情聴取出来ないじゃない」
「ごめんペスカ。でもよ」
「まぁ、気持ちはわかるよ、お兄ちゃん」
ペスカは、冬也から視線を外すと、震えているトロールに向かって言い放つ。
「知ってる事は、全部吐いてもらうよ。じゃないと、もっと怖い思いをするからね」
トロールは、怯え切って言葉が出ない。口をパクパクさせて、震えている。これでは、何も聞き出せない。ペスカと冬也は肩を竦めた。
ドラグスメリアにおける戦いの矜持は、冬也にも共感出来るものが有った。それ故、冬也は少し高揚していた。どんな強敵と出会えるのだろう。拳を交えれば、どんな勝負が出来るのだろうと。
しかし、目の前に繰り広げられた光景は、その期待を大きく裏切る事になった。だからこそ、冬也は怒った。
弱者は強者に嬲られる。それは、人間の社会で顕著に表れる。嬲られた弱者は、更に弱い者を探す。
それは決して良い状態だとは思えない。寧ろ、卑しい行為だと言えよう。何故ならそれは、心の弱さ故に起こる事態なのだから。
彼らの事情は判然としない。しかし、本当の強者は体の大きいトロールなのか? 違うだろう、体が小さく力の弱いゴブリンの方だ。
暫くすると、後方からゴソゴソと音が聞こえる。ペスカが振り向くと、ゴブリンが目を覚まし、拘束を解こうとしていた。
「離せ! これを解いてくれ! 俺は行かなければならない!」
ジタバタと暴れるゴブリンに、ペスカが話しかけ様とする。それを見て、冬也が小声で呟く。
「今度は、怯えさせるなよ」
「馬鹿なの? 怯えさせたのは、お兄ちゃんでしょ!」
ゴブリンは、訝し気な目で二人を見る。気を失っている間に、拘束されたのだ警戒して当然であろう。
ペスカは出来るだけ怯えさせ無い様に、優しく話しかけた。
「あのね、私達にはあなたを、どうこうする気は無いよ。出来れば事情を教えて欲しいんだけど」
ペスカが話しかけると、ゴブリンは目を皿の様にして、口を開けていた。
「さ、猿が喋っている。な、何だ、貴様等は?」
「人間って知らない? そっか、見た事無いか」
「ニンゲンって何だ? 新しい猿か? そう言えば毛が無いな」
何だか既視感を感じるペスカは、少しため息をついて言葉を続けた。
「あのさ、あなたはトロールに襲われてたよね。何で?」
「うん? そう言えば、トロール達はどうしたのだ? 俺は殺されかけ」
言葉の途中で、ゴブリンが辺りを見回す。すると、トロール達が縛られているのが見える。唐突故に気がつかなかったが、致命傷のはずだった傷が癒えている。
ゴブリンは、混乱していた。
目の前には、見知らぬ種族。トロール達を倒した事から、強いのは明白である。いったい奴らは、何の目的が有って自分を治療したのだ。
相手を倒せば、肉片を残さず食らい尽くすのが常識であろう。しかし奴らは、トロールを縛り上げたままである。そして、自分もだ。
これから喰らうつもりなのか。いや、違うだろう。至極、穏やかそうに見える。少なくともこれから喰らう者を、治療するはずがあるまい。
考えても答えは出ない。
この時、ゴブリンは薄々勘付いていたのだろう。何かとんでもない事態が、この大陸に置き始めている事を。そしてゴブリンは、その答えを求めて問いかける。
「何だ? 何が起きた? 教えてくれ、毛の無い猿達」
「いや、猿じゃ無いし。私達があなたの命を救ったの。あいつ等を倒したのも私達。わかる?」
「何? まさか、猿がトロールを倒したのか? いつ猿は、そんな進化を遂げた? これも異変の影響か?」
「異変って何? 教えてくれる?」
「猿のわりには、お前達は強いんだな。頼みがある」
話が噛み合わず、会話にならない。ペスカは、深い溜息をついた。
流石の冬也でも、ここまで酷くはない。冬也は確かに脳筋と言っていい。考えなしに行動を起こす。思考を放棄する事も有る。ただし決して馬鹿ではない。重要なポイントは外さない。
ただペスカは、会話の中に有ったヒントを逃さなかった。確かに異変と、ゴブリンは言ったのだ。まさか、ドラグスメリアに着いて早々に、有用な情報を持つ者に辿り着くとは、思っていなかった。
「頼む。いや、お願いします。助けて下さい。このままでは、我等ゴブリンの一族は、滅びてしまう」
身動きの取れない体で、必死に懇願するゴブリン。そしてトロールとの戦闘で、物足りなさを感じていた冬也は、目を輝かせる。
そしてペスカは、予想外の展開に頭を抱えた。