前日は夜遅くまでモンスター掃討作戦が続き疲労していた冬也は、珍しく日が高く上っても惰眠を貪っていた。しかも寝る時は別々のベッドに入ってたはずのペスカが、いつの間にか同じベッドに潜り込んでいたが、一切気に止める事は無かった。

 昼を過ぎてようやく目を覚ました二人は、食事をしようと宿のロビーに声をかける。だが、待っていたのは食事では無く、シリウスからの伝言だった。

 目覚めたら兵舎にお越し下さい。シリウス。

「ご飯食べてから行こうよ~。お腹空いたよ~。そもそも私を呼びつけるなんて、十年早いんだよ!」
「うるせぇ! 俺達がいつまでも寝てたからだろうが! 行くのが当然だ!」

 喚くペスカを冬也が宥め、兵舎へやって来る。兵舎ではシリウスが、首を長くして待ち構えていた。

「昨日はお疲れ様でした、姉上」
「うん。それよりお腹減ったよ」
「すみません、シリウスさん。こら、ペスカ!」
「いえ、構いません。義兄殿もお疲れさまでした」
「俺は何もしてねぇよ。モンスターの大群はペスカと軍で倒しちゃったしな」
「我が軍も役に立てたなら重畳です。さて、本日は昨日の情報共有だけですから。手早く済ませましょう。宜しいですか? 姉上」
「仕方ない、ちゃっちゃと済ませて、お兄ちゃんとご飯だ~」

 シリウスの説明では、探索した三か所全てで、行方不明になった側近達全員の死体を発見した。全箇所で戦闘になった結果、ロメリア教の残党達は、全員自爆し捕縛は不可能となった。全てがマナ増加剤の製造施設となっており、件の薬は大量に発見された。

「姉上。側近達と、ロメリア教徒の関係は発見出来ませんでした。今となれば、囮として利用されたのが濃厚かと思われます」
「モンスターの増加と、側近の行方不明でおびき寄せて、こっちの戦力を減らす予定だったって?」
「はい。死人に口なしですが、なにぶん証拠が無いので」

 シリウスの見解を聞き、ペスカは少し押し黙る。シリウスも、ペスカに合わせる様に沈黙をした。
 彼らの目的なら、数えきれない程に上げられるだろう。何せ、こちらは二十年前に災厄を止めた、中心人物を抱えているのだから。
 しかし、単なる恨みつらみだけで、大規模の活動を展開すると思えない。既に、三か所で薬品を製造していたのだ。用意周到と呼ばすに何と呼ぶ。
 数分の後、ペスカは重い口を開いた。

「シリウス。調査は慎重にしなさいね。今回の件は、ただの残党騒ぎとは違うからね」
「姉上、まさかそれは……」
「私がこの世界に戻って来た途端に、状況が変化し始めた。何が言いたいかわかるわね、シリウス」
「はい、姉上。肝に銘じておきます」

 シリウスは、やや緊張した面持ちに変わる。ペスカは、シリウスを見やると、報告を続けさせた。

「一先ず、マナ増加剤の製造施設は破壊します。薬については、廃棄に取り掛かっています」
「んで、街周辺のモンスターの発生率は?」
「減少傾向にある様で、しばらく様子見です。現在は、ロイド隊を始め周辺住民を総動員し、死骸の処分に取り掛かっております。数が数な為、処分にはかなりの時間を要するかと」
「他に報告はある?」
 
 シリウスは、ゆっくりと横に首を振って答える。

「今はありません。時に姉上、宜しければ一度、ご邸宅に戻られたら如何でしょう?」

 シリウスの言葉に、これまで黙って様子を見ていた冬也が反応を示した。

「ペスカ、そんなの持ってたのか?」
「姉上の残された物は、全て当家で管理しております。邸宅は、直ぐ使える様になっております」

 ペスカは少し考えを巡らせた。
 現状で表面化している問題は、概ね解決したと考えても良いだろう。だが問題は、この状況を受けて本命が次にどう動くかである。そうなると、都市の防御を固めるのが優先であろう。それなら今の自分達に出来る事は余りに少ない。

「うん、まぁ行こうか。お兄ちゃん」
「姉上。調査が進展次第、邸宅に報告に上がります。昨日の部下達は、そのままお連れ下さい」
「え~。やだよ~」

 ペスカは眉をひそめて、シリウスを軽く睨む。しかし、直ぐに冬也から、強い口調の言葉が飛んだ。

「ペスカ! 今度は我儘言うなよ!」
「仕方ないな~。ちぇっ」

 報告を聞くと、二人は兵舎を出て、食事処へ向かう。街中は、モンスターの残骸処分で駆り出されたせいか、昨日より人が少なくなっていた。
 朝から食事をしておらず腹ペコな二人は、ランチメニューとして張り出されていた豚肉のソテーを頼む事にした。しかし二人はその時点で勘付くべきだった。

「オーク肉のソテーでございます。野菜は希少となってます故、ご勘弁下さい」

 出て来た料理は、豚肉ではなくオーク肉であった。そして店員の言う通り、野菜の添え物は全く見当たらなかった。この時点で、景表法違反だと言いたくなる。
 しかし、仕方のない事情が有るのだ。養豚が盛んなこの地域では、オークにモンスター化した豚が多く、オーク肉は余っていると言う。対して、オーク達に農村部を荒らされ収穫量が激減し、作物の流通が非常に少なくなっている。
 
 試しにと、二人はオーク肉を口に運ぶ。感想は、味わい以前の問題であった。しつこい脂っこさが、いつまでも口に残り非常に後味が悪い。
 幾ら飽食が進んだ現代日本で育った二人でも、脂身の多い肉を延々と食べさせらては、胃袋に負担が大きい。
 そもそも単に焼くのではなく、しっかり脂を抜けば食べやすいだろう。それに野菜が有れば、普通に食べる事が出来たのではないだろうか。
 パンとスープだけにすれば良かったと、思いながらも頑張って食事を終える。その後二人は宿へと戻り、胃をさすりながら床についた。
 
 ペスカの邸宅が有る街は、城砦都市リュートから馬車で三日程進んだ場所にある。翌朝、兵舎に寄ると、シリウスの部下達は、馬車を用意していた。

「軍用で申し訳ありません」
「いや、充分だとおもいます」

 頭を下げる兵士に対し、移動手段を気に留めていない冬也。ペスカは、冬也が一緒なら何でも良いやと、始終ご機嫌だった。

 道中は、モンスターの発生が少なく、比較的穏やかに進む事が出来た。途中の町で宿泊しつつ三日後、海岸都市マーレに到着した。

「いやー久しぶりだね~。懐かしい匂いがするね~」
「ここにお前の屋敷があるって、本当か?」
「何言ってんのよ、お兄ちゃん。ここまで来てドッキリとかしないし」
「そりゃあペスカだしな~。何かやらかす、気がするんだよ」
「お兄ちゃんからの信用が、だだ下りの件について、シクシク」

 マーレは活気に溢れる街だった。
 海岸沿いに面した街で、漁業が盛んに行われている。港には漁船が多く停泊し、市場には慌ただしく人が行き交い、卸売業者達の威勢のいい声が響いている。港周辺には、多くの海鮮料理や魚屋が並び、人が溢れていた。

「お~。こりゃすげーな」
「そうでしょ、凄いでしょお兄ちゃん。フフフん」
「ここが、お前の住んでた街か」
「私はほとんど王都に居たから、厳密には別荘みたいな感じだけどね」
「なんか、旨そうな匂いがするな~」
「たぶん、エルラフィアで一番料理が美味しいよ! 断言するね! 荷物片づけたら食べに行こうね」
「おぅ。楽しみだな!」

 馬車の中に、ペスカと冬也のはしゃぐ様な声が広がる。冬也は、目に入る物に一々反応を示した。そんな冬也を、ペスカは目を細くして見つめる。モンスター騒ぎは一端忘れ、二人は街を楽しんでいた。

 繁華街を抜けると、住宅街が広がる。住宅街の先には、海岸に面した小高い丘が有り、豪華な屋敷が立ち並ぶ。その中でも、ひと際豪華な屋敷の前に馬車が止まった。

 燦爛たる門の中には広大な庭があり、その奥には壮麗な屋敷がそびえ立っている。美しい白一色で統一された壁は、海の光に照らされて光輝き、赤い屋根が壁の白さを一層引き立ていた。
 守衛が門を開け中に入ると、屋敷までの道には木々や花が並んでいた。豪奢な扉を開けると、扉の両サイドには多くの使用人達が並び、一斉に頭を下げた。

「お帰りなさいませ、ペスカ様」

 一般庶民である冬也は、今まで人に傅かれた事は無い。沢山の使用人に囲まれ、圧倒されて言葉を失っていた。
 
「お兄ちゃん。何固まってるの?」
「だってさ。こんなの映画でしか見た事ねぇよ。どこの貴族だよ」
「いやいやお兄ちゃん、元貴族だよ私」
「まさか、本当にこれがお前の別荘か?」
「はっはっは~! そのまさかだよ」
「すっげ~な!」
「すっげ~でしょ」

 使用人に案内されて、ペスカと冬也は屋敷内を歩く。屋敷内には、美しい調度品があちこちに配置されている。そして通された部屋は、四人家族が悠々暮らせる程の広さであった。

「広っ! 広すぎねぇ~か?」
「まぁね!」
「ベッドは天蓋付きだし、無駄にでけぇ~し」
「お兄ちゃん、一緒に寝ようね」
「あほか。これだけ沢山部屋が有るんだし、わざわざ一緒に寝る事ねぇ~だろ」
「こんな広い所で一人でなんて、寂しいよ。切ないよ。泣いちゃうよ」
「だったら、何でこんなでかい屋敷を造ったんだよ!」
「違うよ、ご褒美で貰ったんだよ」
「こんなどでかい屋敷を? 馬鹿じゃねぇの」
「まぁ、メイザー伯の本宅よりずっと大きいし。何を考えてたんだろうね」

 案内するだけで、半日はかかると思われる位に広いお屋敷は、広間も応接室も客間も風呂も食堂も、何から何まで広かった。

 冬也は終始唖然としていた。この屋敷を維持する為の使用人に維持費はどうしているのだろう。いったいどの位の金額が掛かっているのだろう。考えても冬也には、想像もつかなかった。

「お風呂もおっきいし、海が一望出来るんだよ。後で一緒に入ろうね」
「馬鹿! 一緒に入んねぇ~よ!」

 嫌な予感がする冬也は、ペスカに先払いのお仕置きを行う。「まだ何もしてないし」と涙目になるペスカであった。