神の有り方には、三種類が存在する。元から神として生まれた存在と、人の想念により生まれた存在。そして、地球には英雄が死した後に、信仰を集め神と呼ばれる事が有る。

 ペスカは、ラフィスフィア大陸で生前に英雄と呼ばれていた。その英雄信仰は今も根深く残っている。
 冬也に指摘されるまで、ペスカさえも自身のマナに宿る神気に気が付いていなかった。そして今、ペスカは人で有りながら、その身に神の力を宿しその力をコントロールした。

 それは、只人では成し得ない偉業。その偉業は、ロメリアの神域で力を発揮した。力の源である、淀んだ瘴気を吹き飛ばしてみせた。多くの人間の命を糧に、作り上げた領域は、その溜め込んだ力を失った。

「予想以上に、上手く行ったな」
「お兄ちゃんの挑発が効いたんだよ」
「ぎざまらぁ、もう許さんぞ~」

 酷く表情を歪ませたロメリアが、ペスカ達を睨め付ける。
 
「何を許さないって? 馬鹿じゃないの。お兄ちゃんが言ってたでしょ。あんたはもう詰んでいるんだよ」
「調子に乗るなぁ。殺す、殺す、殺すぅぅあああ」

 雄叫びにも似た叫び声を上げ、ロメリアは神気を高める。黒い剣には、今まで吸い込み続けた瘴気が蓄えられている。更にその身には、嫉妬の女神メイロードの神気も籠められている。

 言わば、二柱分の神気。更に言うならば、虚飾の神グレイラスの分も合わせて、三柱分の神気であろう。

 ロメリアの優位は揺るがない。だが、ロメリアはその身体を震わせる。それは、以前に感じた事が有る、心の奥底から沸き起こる感覚。その身に刻まれた、死の恐怖が蘇る。

「早くかかって来なくて良いのかよ。もたもたしてっと、お前の時間が無くなるぞ。地上の浄化がどれだけ、進んでいるか教えてやろうか?」
「不可能だ! どれだけの悪意を集めたと思っている!」
「不可能じゃ無いよ。実際にあんたの領域は、私が浄化したでしょ」
「もう一つ良い事を教えてやるよ。お前の神格、丸見えだ」

 ☆ ☆ ☆

「ねぇ、工藤先輩。何かモンスターが弱くなった気がしませんか? それに城の揺れも収まった様な」
「確かに勢力が弱まった気がするね。それに、心なしか空気が軽い。でも、城の中は大丈夫なのかな」

 モンスター達の状況に、空と翔一は違和感を感じていた。

 猛然と襲いかかって来ていたモンスター達は、一時より勢力を弱めている。息苦しさが、弱まっている。そして、大きく揺れていた城が、静かな佇みを見せている。
 
 空と翔一は、ペスカ達の勝利を疑っていない。きっと帰って来ると信じて、戦っていた。だが、戦いに集中している為、周囲で何が起きているのか全くわからない。

 モンスターを倒しながら会話をしていると、ふいに声が聞こえる。城の中から、響いて来る声に、二人は振り返った。

「空殿、翔一殿、兄は私が倒しました。後はロメリアだけです。今、ペスカ様と冬也様が戦っていらっしゃいます」
「クラウスさん!」
「無事で良かった!」
「モンスターの掃討、私の力をお使い下さい」
「ちょっと、そんな場合じゃ無いでしょ! フラフラじゃないですか。工藤先輩、少しの間だけ一人で頑張って下さい。クラウスさんは、早く車に乗って!」

 全力で戦って力尽きたのか、クラウスはフラフラと歩く。もう、歩く事すら辛いだろう。体を休ませなければならないだろう。しかし、クラウスは戦う意思を示す。

 だが、空は声を荒げた。

 翔一がライフルでモンスターを狙撃する中、空はクラウスを車の中に引きずり込む。空はすぐさま、クラウスに治癒の魔法をかけた後、糧食代わりに作ったサンドウィッチを差し出した。

「取り敢えずは、食べて休んでからです。あんまり無茶が過ぎると、ペスカちゃんに言いつけますからね」
「あぁ、すまない」
「事情はよく知らないですけど、やり遂げたんですよね」
「あぁ、勿論だ」
「だったら、後はゆっくり休んで下さい。助けて下さるのは嬉しいです。でも、ここは私達の戦場です。私達にも、譲れない物くらい有るんですよ」

 空はクラウスに笑顔を見せて、魔攻砲の発射席に座り狙いを定める。空と翔一の心に、光明が差す。ほんの僅かに光りを手繰り寄せる様に、空は魔攻砲の引き鉄を弾いた。
  
 ☆ ☆ ☆ 

 女神フィアーナは、その異変に驚きを隠せずにいた。今まで抵抗を見せていた汚染された大地は、まるで力を失った様に浄化が進んでいく。ロメリアに支配されていた邪気が、解放されていくのを感じる。

「フィアーナ、何ですこれは。ロメリアの力が弱まっているんですか?」
「違うわよ。ロメリアの支配下にあった力が、解放されていくのね」
「誰がこんな事を? 貴女の息子ですか? ロメリアの神域で、それだけの力を使えるのは、半神では難しいですよ」
「セリュシオネ、あの子よ。ペスカちゃん」
「あの子供は、人間でしょう? あんなんでも、曲がりなりにもロメリアは神ですよ。神域を浄化して、力を弱めるなんて出来るはずが無いでしょう?」
「出来るわよ。あの子には、神気が宿り始めてるもの。制御が出来るとは思わなかったけど」
「フィアーナ、それではもう神ではないですか」
「まだ人間だけどね。いずれは、そうなるでしょうね」
「もしそれが本当なら、原初の神をも凌駕する力を持ちかねませんよ。危険ですね」
「あの子なら大丈夫よ、セリュシオネ。冬也君が付いてるもの」

 女神フィアーナは、笑みを深めて声を上げる。
 
「さぁ、もう一息! 一気に浄化するわよ」
  
 ☆ ☆ ☆ 
 
 ロメリアは、目の前にいる二人の言っている事が、全く理解出来なかった。今の状況を全く理解出来なかった。三柱の神を犠牲にして、時間を作った。エルフを操り、人を殺し尽くした。大陸中に恐怖を広め続けた。

 悪意の塊は、これから大陸を飲み込むはずだった。だが何故、自分の領域が浄化されている。何故、浄化が進んでいる。溜め込んだ力は消えて無くなった。神々すら止められない程の力は、何処にいった。
 こいつ等のせいだ。全て、こいつ等が計算を狂わせた。

 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。

 そしてロメリアは、残った神気を一気に開放する。
 もう良い。大地も、空も、全て消えてしまえ。人間も神も、何もかも消えてしまえ。
 
 この瞬間、浄化されたロメリアの神域は、消し飛ばされた。