車で城の入り口を封鎖した。そして王都中のモンスターが、車に群がってくる。車には冬也の神気と、空のオートキャンセルで障壁が張られており、どれだけモンスターが群がろうとも、破壊される事は無いだろう。

 しかしモンスターは、その数で車を揺らし、車を這い上がってくる。

 翔一はライフルで、車に纏わりつくモンスターを掃討する。空は魔攻砲で、広範囲のモンスターを駆逐する。それでも、モンスターの数は一向に減らない。今尚、国中で生まれるモンスター達が、王都に続々と集まって来る。

 終わりの見えない、空と翔一の戦いが始まった。

「サンドウィッチは、いっぱい作ってありますからね。持久戦でも、バッチこいですよ」
「やる気だね空ちゃん。僕も今回は命懸けで戦うよ」
「馬鹿ですか工藤先輩。命は賭けちゃ駄目ですよ。私達は、ペスカちゃんと冬也さんの帰る場所を、ちゃ~んと守るんです」
「わかってるよ、言葉の綾だってば。あんまり虐めないでくれない」
「ふふっ。ならいきますか?」
「負けない!」
「引かない!」
「折れない!」
「絶対に守りきる!」

 空と翔一は、とうに覚悟を決めていた。

 恐怖まで克服したとは言えない。しかし、絶対に譲れないものが二人にも有る。日本へ無事に帰る事、それは先の話であろう。今は、ペスカと冬也を支え、この窮地を乗り越える事が重要だ。

 この国の有様を見た時から、二人は決めていた。自分達は盾になるのだと。
 
 国中がマナ異常となり、あちらこちらからモンスターが生まれてくる惨状である。神とモンスターの大軍を、同時に相手にすることなんて、到底不可能な事だ。
 ならば自分達が後衛を務めて、後顧の憂いを断つ。ペスカと冬也が、戦いに専念出来る様に。

 今でも怖くて仕方がない。でも戦う事を選択した、守る事を選択した。だから必ず成し遂げる。二人の勇気は、ペスカと冬也の背中を力強く支えた。
 
 一方ペスカ達は、城の中を走っている。直線の一本道を進むと、直ぐに大きな広間が見えて来る。そして、ペスカ達はそのまま広間に突入する。
 広間には、玉座に背を預けている男しか見当たらない。

「兄貴!」

 クラウスが思わず声を上げるが、男は反応を見せない。

「わかってるでしょ。あれはもう、あんたの知ってるクロノスじゃ無いよ」
「しかし、ペスカ様」

 ペスカは、クラウスを片手で制すると、大声を張り上げた。

「ロメリア~! 出て来なよ! お望み通りに、来てあげたんだからさ。この期に及んで、まだ逃げるの? びびってるの? ほら、早く出てきなって」

 ペスカの声に応える様に、クロノスの背後から、黒い影がすうっと現れる。黒い影が現れた瞬間、広間の気配は一変する。
 禍々しい気配と、圧倒的な神気。クラウスは、立っている事が出来ずに片膝を付き、ペスカは足を震わせた。

「はるばる、どうも。でも、何だいそれは、びびって震えてるのは、君じゃ無いかな」

 ペスカは苦虫を嚙み潰した様な表情で、ロメリアを睨む。クラウスは歯を嚙みしめ、脂汗を流し、必死に対抗しようと堪えている。
 その中でただ一人、あっけらかんとしている者がいた。

「おい、糞野郎! 俺は震えてねぇだろ! 四の五の言ってねぇで、さっさとかかって来いよ」
「ちょっとばかり、神気が強くなった位で、調子に乗るなよ混血!」

 冬也は神気を開放し、神剣を権限させる。

「おっと。もしかして、それがアルキエルを両断した剣かい? 混血の分際で、分不相応な剣だね」
「なんだそりゃ、遺言か? 他に有れば今の内に言っておけよ」
「ハハハ、面白いね。そういう君こそ、遺言は良いのかい?」
「要らねぇよ。どうせ消えるのはお前だ、糞野郎」

 邪神ロメリアと冬也の神気がぶつかり合う。そして城は、大地震があった様に大きく揺れる。クラウスは、立っている事が出来ずに尻餅を付く。ペスカは両足にマナを集め、揺れに耐えた。
 力のぶつかりは王都中を揺らし、城の入り口を守る空達は、必死で車に掴まって揺れに耐える。

「始まったみたいですね」
「そうだね。流石にモンスターも、今の揺れには堪えたようだね。今の内に攻勢をかけよう」
「わかりました、工藤先輩」

 神気のぶつかり合いは、遠く離れた場所で、大地の浄化を進める神々にも伝わる。

「冬也君、負けちゃ駄目よ。今すぐお母さんが、助けに行ってあげるからね」
「冬也君、待っててね。今すぐ貴方の妻が、助けに行くからね」
「ふ~ん。あれが、フィアーナの息子か。中々やるわね。私達も負けてられないわよ」

 女神達は、それぞれの場所で闘志を燃やす。
 大地が汚染されている限り、邪神ロメリアの力は増すばかり。神の威信にかけて、少しでも力を削ぐ。そして、戦いの場に早く駆けつけなければ。
 そうして女神達は、更に力を高め浄化を進めた。

 ☆ ☆ ☆

「こうやって睨み合っていても、仕方がないしね。せっかくだから、招待してあげるよ」

 ロメリアが指を鳴らすと、何も無い空間に、黒い渦巻きが出現する。
 
「さぁ、おいで。ここが君達の墓場だ」

 一言だけ言い残し、邪神ロメリアは渦の中に消えていく。邪神を追いかけて、冬也も渦の中に飛び込んだ。

「お兄ちゃん!」

 ペスカが止める間も無く、冬也は渦の中に消えていく。

「もう、お兄ちゃんの考えなし。脳筋!」
「ペスカ様!」
「仕方ない。早く、クロノスをぶっ飛ばして、進むか」
「いえ、ペスカ様。冬也様を追って下さい」
「はぁ? 馬鹿じゃないのクラウス。あんたにクロノスがぶっ飛ばせるはず無いでしょ」
「私を甘く見ないで頂きたい。あれは、ただの人形です。勝てない道理が無い」

 ペスカは、深い溜息をついてクラウスを見る。

「いい? 絶対に死なない事! 約束しなさい! じゃないと、私がクロノスを、速攻ぶっ飛ばすからね」
「お約束します、ペスカ様」
「命さえあれば、半身不随になっても絶対に治療してあげるから。頑張るのよ」
「はい、この身に賭けて」

 クラウスは決して譲らないだろう。ペスカは諦め顔で、クラウスを見やると、冬也を追って渦の中に入った。

 ペスカを見送ると、クラウスはクロノスと向き合う。
 かつて強い意志の籠った表情は、見る影も無く、能面の様に何も浮かべていない。だが、その身に宿るマナは、依然として強大である。
 
 勝てるのか? 正気に戻せるのか? いや、そんな事は、問題では無い。
 ペスカなら、強大なマナを操るクロノスも、捕らえる事が出来たはず。だからこそクラウスは、敢えてペスカを追い払った。それはクラウスの、肉親に対する愛ゆえに。

 例え洗脳されて犯した罪であっても、生きて捕らえれば必ず衆人環視の中、断頭台に上げられる。誇り高き兄の最後が、そんな無様で有って良いはずが無い。

 世界を敵に回そうと、敬愛する兄はこの場で殺す! これは、唯一の肉親である、自分の役目だ!
 
「さぁ、始めよう兄貴。裁きの時間だ」

 クラウスは体内でマナを膨れ上がらせる。そのマナを感じ取ると、クロノスは玉座から立ち上がり、戦闘態勢を取る。
 兄弟の、そして魔法使いの戦いが始まった。歴然とした力の差がある戦い。しかしクラウスの目には、敗北の文字は一欠けらも映っていなかった。