クラウスと合流したペスカ達は、首都に向けて車を走らせていた。

 モンスターを避ける様に迂回しながら進んできたが、中心に近づくほどに増え続けるモンスターと、汚泥と化した地盤の悪さに、スピードは容易に上がらない。
 翔一は、タイヤがスタックしない様に注意しながら、慎重に車を進ませるが、速度を落とせばモンスターに囲まれる。
 悪循環の様な状況に、翔一は痺れを切らせて叫んだ。
 
「駄目だ空ちゃん、これ以上は避けるのは無理だよ。モンスターの量が増えすぎてる」

 それもその筈、マナの異常によりモンスター化した生物が、次々首都に向かって集まっている。
 既に中心部に近づいてる車は、モンスターに囲まれて、進む事も戻る事も容易ではない状態にあった。

「工藤先輩、思い切って轢いちゃいましょう」
「だいじょうぶなのかい?」
「問題ないですよ。多分ですけど。車には、冬也さんの神気と私のオートキャンセルで、障壁が張られてるんです。ちょとやそっとじゃ、傷一つ付かないですって」
「そうか。どうせ、道が悪すぎるんだ。これ以上のタイムロスをしたくないしね。一丁やってみよっか」
「そうです、工藤先輩。度胸ですよ」

 結果的にその選択は、功を奏しする事になる。

「ねぇねぇ、あれですよ。工藤先輩、あそこのお化けの木を踏み倒しましょう」
「おぉいい案だよ、空ちゃん。木の化け物を丸太代わりにするんだね」
「そうですよ。それなら、一気にばぁ~って進めるでしょ」

 翔一は、トレントの軍団をなぎ倒そうと、車を突っ込ませる。ぶつかると同時に、車のスピードを上げ、トレントを踏みつぶす様に操作をした。
 ぬかるみの上に丸太が敷かれて、各段に走りやすい道に変わっていく。それでもバランスは悪い。しかし、翔一は巧みにコントロールして車を進ませる。

「工藤先輩って、日本に帰ったら、プロドライバーになれるんじゃないですか」
「べつに嬉しくは無いけどね」
「それなら、スタントマンですか。イケメンですし、アクションスターを目指しちゃいましょうよ」
「僕の将来を、勝手に決めないでくれない?」
「弱腰のなんちゃってイケメンな工藤先輩は、どうせ将来の事を、何も考えてないんでしょ」
「まぁそうだけどさ。今は、そんな呑気な話をしている場合じゃないと思うんだけど」
「駄目ですね、このうすらトンカチ。これから、生死をかけた戦いをするって言うのに、明るい未来を想像しないでどうするんですか?」

 翔一は、空の言葉に有る真意を、ちゃんと理解していた。

 空と翔一には、拭いきれない恐怖が有る。東京で戦った時に感じた、神と相対した時の圧倒的な恐怖感。思い出すだけで、肌が粟立つ。震えが止まらなくなる。

 少しでもペスカと冬也の力になると、決意したあの時に恐怖と向き合う覚悟を決めた。しかし人は簡単に、恐怖を克服する事は出来ない。

 だからせめて笑え。空はそう語っているのだ。
   
 話が終わると、翔一は運転に集中し始める。それと同時に、空は軽食を作り始めた。寝息を立てているペスカ達が、いつ起きても良い様に、空は準備を着々と整えていく。
 空は料理をしながら、チラリとペスカを見やる。そして、小さく呟いた。

「無事で帰ってきてね。元気な笑顔を見せてね。お願いだからね、ペスカちゃん」

 理解しているのだ。神との戦いで、自分達が足手まといにしかならない事を。だから空は心に決めていた。ペスカと冬也の戦いは、誰にも邪魔はさせないと。

 車はモンスターを刎ね飛ばしながら、真っ直ぐに首都へ向かう。軽食を作り終えた空は、モニターに映る地図を確認すると、ペスカを揺すぶる。

「ねぇペスカちゃん起きて。もうすぐ着くよ。ねぇ起きて」
「うにゃ、そらちゃん? もう?」
「そうだよ。ほら冬也さんも起きて下さい」

 ペスカと冬也は、二人共に眠い目を擦りながら、ベッドから起き上がる。二人を起こすと、空はサンドウィッチを差し出す。

「ほら食べて。それで、あの人は起こすの? ってか起きるの? 魔法かけたんでしょ?」
「起こすよ。お兄ちゃん、強めにデコピンしてあげて」
「あいよ」

 冬也は、口をもごもごと動かしながら、クラウスの額にデコピンをさく裂させる。クラウスは、グアッという叫び声を上げて目を覚ました。
 
「どぉクラウス。お兄ちゃんのデコピン、かなり痛いでしょ?」
「冬也様でしたか。額が割れるかと思いましたよ。まだ、ジンジンとしています」
「特別に、それで許してあげる」

 クラウスが額を抑えて、ベッドから起き上がると、ペスカが差し出す。

「早く食べちゃいなさい。女子高生が作った、愛情料理だよ」
「有難く頂戴します」
「そうだよ~。ちゃんと拝んでから、食べるんだよ。空ちゃんがモリモリと愛を込めてくれたんだからね」

 ペスカを始め、冬也とクラウスは、空の心遣いに感謝した。それ程に温かい想いの籠った、サンドウィッチだった。
 ペスカ達を起こした空は、徐に魔攻砲の操作席に座る。そして、運転席に向けて、声を上げる。

「いつでも良いですよ、工藤先輩」
「わかったよ、空ちゃん。じゃあ、突っ込むよ」

 前方のスクリーンには、既に首都の端が見えている。しかしその姿を覆う様に、モンスターの大軍が立ちはだかっている
 かつて見た事が無いほどの、道を塞ぐ大量のモンスターに、クラウスは息を呑んだ。そしてペスカと冬也の眼つきは、真剣なものに変わっていく。

 空は魔攻砲を撃ち、前方に道を作る。翔一は、道を広げる様に、車でモンスターを弾き飛ばす。息の合ったコンビネーションで、スクリーンには首都がその全容を現していく。

「首都に入るよ」

 翔一の声と共に、サイドのスクリーンに、城の様子が拡大投影される。そこに映ったのは、豪華絢爛とは真逆の、大きなスクウェア型の建物。単に執務が行えれば良いと感じる程、意匠が無い建物であった。

「思ったより、しょぼいな。あれは城か?」
「城ですよ、冬也様。クロノスは、非常に合理的です。無駄な意匠は好みません」
「ふ~ん。もっと贅沢してるのかと思ってたけどね」
「ペスカ様……」

 ほとんどの者は誤解をしていた。それはペスカでさえも。

 クロノス・メルドマリューネは、決して贅沢をしない。利益は全て人民に還元する。それが、クロノスの信念であった。

 他国とほとんど交流を持たなかったメルドマリューネは、他国に流れる情報事態が少なかった。それ故に誤解が多い。やり方さえ間違えなければ、賢王と称えられてもおかしくなかった。
 だからこそ、クラウスは悔しかった。だからこそ、クラウスはクロノスと袂を別った。いつか兄の間違いを証明し、道を正して見せると誓った。

 クラウスの誓いは、もう叶う事は無いかもしれない。ならばせめて自分の手で、決着をつける。クラウスは拳を強く握った。

 所狭しと首都を埋め尽くすモンスターの大軍を、空が魔攻砲で蹴散らして、城までの道を作る。翔一は、車のスピードを上げる。
 城はもう目の前。翔一は、城の入り口を塞ぐ様に、車を横付けした。首都に溢れるモンスターが群がり、車を壊そうと躍起になっている。
 
「冬也、ペスカちゃん、行け! 僕たちは、ここを塞ぐ」
「そうよ、ペスカちゃん。私達が防いでいる間に、ロメリアをやっつけてね」
「翔一、空ちゃん。絶対に無理はするな」
「空ちゃんとおまけの翔一君。ちゃんと勝ってくるからね」
「空殿、翔一殿、助かりました。ご武運を」

 ペスカ、冬也、クラウスの三人は、車を飛び降り城の中を走る。空は魔攻砲、翔一はマシンガンでモンスターを駆逐する。
 盤面の最終局面は、未だ予断を許さない。