昏睡状態を抜けたものの、依然として充分に体力とマナが回復せず、療養所のベッドで横になっていたシルビアに、呼びかける声が聞こえる。
「……ルビア、シルビア。聞こえますか? 起きなさい、シルビア」
シルビアは、朦朧とする意識を必死に覚醒させる。
「良かった。シルビア、早く来てください。伝えたい事が有るんです」
シルビアは、呼びかけに応じる様に歩みを進める。そして辿り着いたのは、エルラフィア王都に有る小さな教会。教会の中に足を踏み入れると、中には光に包まれた女神が手招きをしていた。
「あぁシルビア、来てくれたのね。かなり酷い状況なのよ」
その優し気な風貌とは裏腹に、深刻な面持ちで女神フィアーナは話しかけた。魔道大国メルドマリューネにおける状況を、かいつまんでシルビアに説明をした。
「これから私と、アンドロケイン、ドラグスメリアの大地母神三柱で、メルドマリューネの土地を浄化します。だけど、あの国はもうロメリアの領域なの。女神が三柱集まっても、浄化には時間がかかるの」
「フィアーナ様、我々はどうすれば良いのですか?」
「あの国の人間は殆どモンスター化したと思って良いわ。ああなっては、神でも元には戻せない」
「なんて事……」
「幸運と言えるかどうか、あなた達の国に攻め込んだ兵士は、まだ助けられる。あなた達は、出来るだけ多くの人間を救いなさい」
「ですが、モンスター化した人間はどうするのです?」
「出来るだけ殺さない様に」
「フィアーナ様! 無茶です! 相手は意思の無い怪物なんですよ!」
「その対策は、ペスカちゃんがしています。それに、私達も大地の浄化と一緒に、彼等を救いましょう」
「承知しました。しかしフィアーナ様。浄化はどの様になさるんですか?」
「エルラフィア、グラスキルス側と、ペスカちゃんが通った帝国側の、三方向から浄化を始めるわ。国境沿いならまだ、ロメリアの支配に染まりきって無いし」
「承知しました。直ぐに陛下にお伝えし、前線への連絡を致します」
シルビアは、女神フィアーナに頭を下げると、覚束ない足取りで教会から出る。満足に動かせない体を懸命に動かして、王の下へ急いだ。
ようやく、邪神に対抗する二つの勢力が、手を取り合う時が訪れる。バラバラだったパズルのピースがはまる様に。
女神がその力で大地の浄化をする、その間に出来る限りの命を救え。
エルラフィア王都から、シリウスとサムウェルに連絡が入る。そして中央部をひた走るペスカ達、撤退を続ける東部の三国連合にも、情報は共有された。
既にシリウスは、国境沿いを封鎖する様に軍を展開させている。それは三国連合も同じだ。先行してメルドマリューネに乗り込み暴れているモーリス達は、一時国境沿いまで撤退して軍と合流する。
そして両軍は、魔攻砲を使って襲い来るモンスターを無力化させていく。
元より、無茶な命令だ。相手を無力化させつつ命を救う。敵の命を救う戦いは、単純な戦争よりもよっぽど難しい
しかしシリウスは味方を鼓舞する。
「挫けるな! 我等は女神の剣だ! 奴らを見よ! 意思の無いただの怪物だ! 女神様は、仰られた! あれを救うのだ!」
モーリスとケーリアが体を張り敵兵を抑え、サムウェルは味方の部隊を指揮し、魔攻砲で沈黙させていく。
心が通じた者同士、巧みな連携が力を発揮する。
「おいモーリス。もう、限界か? 老いたのか?」
「馬鹿な事を言うな、ケーリア。まだまだ、これからだ!」
「おい、てめぇ等。あの老いぼれ達に負けんじゃねぇぞ! 俺達には女神様がついてるんだからな。魔攻砲、放て~!」
想いは少しずつ交差し始める。エルラフィア軍、三国連合軍の必死の抵抗を、女神の力が後押しする。エルラフィア国境付近では、女神フィアーナが神気を解き放つ。
「女神フィアーナの名にて命ずる。大地よ我に答えよ。その身に纏った穢れを脱ぎ捨て、永久の安らぎを」
グラスキルス国境付近では、女神ラアルフィーネが神気を解き放つ。
「女神フィアーナに代わりラアルフィーネが命じる。大地よ、怒りを捨て、悲しみを捨てよ。慟哭は霧散し、永久の安らぎを」
元ライン帝国の国境付近では、ドラグスメリアの大地母神ミュールが神気を解き放つ。
「これは貸しだからね、フィアーナ。ちゃんと返しなさいよ」
「女神ミュールが命じる。穢れの時間は、終わりを告げる。荒れた大地よ、我が恩恵を受けよ。怒りを静め、永久の安らぎを」
三柱の女神の力を持ってしても、容易に浄化は出来ず、力を蓄えつづけた邪神ロメリアと、力は拮抗する。
「駄目だわ、力が足りない。冬也君が、中心にいるっていうのに」
「相変わらずの親馬鹿ですね、フィアーナ」
「セリュシオネ! 貴女、手伝ってくれるの?」
「流石に見過ごせませんよ。それに、約束は守ってもらわないと」
「ふふっ。助かるわ、セリュシオネ」
大地母神の下に集まったのは、女神セリュシオネだけでは無かった。自然の力を有する原初の神々が、大地母神達に神気を注ぐ。
グラスキルス国境付近では、ラアルフィーネの下にアンドロケイン大陸の神々が集まる。
「ラアルフィーネ様、我が力をお使い下さい」
「ありがとね。あの中心には、冬也君がいるんだもの。少しでも力にならないとね」
ライン帝国周辺には、ドラグスメリア大陸の神々が集まる。
「姉さん、ラフィスフィアの連中に、かなりの貸しが作れますね」
「えぇ。頼むわよ、あなた達」
「お任せください、姉さん。我等ドラグスメリア勢の力を、見せつけてやりましょう」
神々の多大な協力により、僅かだが均衡が崩れ、大地の浄化が進んでいく。神の恩恵がなかったはずの北の大地に、神々の力が沁みていく。
汚泥は豊かな土に変わり、淀んだ川は透き通った綺麗な姿に変わる。空気は澱みを失くし、穏やかな風が吹き始める。邪神ロメリアに荒らされた元魔道大国メルドマリューネの国土は、徐々に変化をしていった。
しかし、邪神ロメリアの圧倒的な有利は、揺るがない。何百万もの命を糧に集めた力は、神々の総力を合わせても、容易に覆らない。
必死に抵抗する神々と、必死に命を救おうとするエルラフィア軍と三国連合軍。二つの意志は交差し、共に背中を押し合う。
そして、ペスカ達は広い国土の中で、クラウスを見つける。ようやく揃った役者達。ステージの上では、邪神ロメリアが主役の登場を待ちわびる。
まさに、戦いは正念場を迎えていた。
「……ルビア、シルビア。聞こえますか? 起きなさい、シルビア」
シルビアは、朦朧とする意識を必死に覚醒させる。
「良かった。シルビア、早く来てください。伝えたい事が有るんです」
シルビアは、呼びかけに応じる様に歩みを進める。そして辿り着いたのは、エルラフィア王都に有る小さな教会。教会の中に足を踏み入れると、中には光に包まれた女神が手招きをしていた。
「あぁシルビア、来てくれたのね。かなり酷い状況なのよ」
その優し気な風貌とは裏腹に、深刻な面持ちで女神フィアーナは話しかけた。魔道大国メルドマリューネにおける状況を、かいつまんでシルビアに説明をした。
「これから私と、アンドロケイン、ドラグスメリアの大地母神三柱で、メルドマリューネの土地を浄化します。だけど、あの国はもうロメリアの領域なの。女神が三柱集まっても、浄化には時間がかかるの」
「フィアーナ様、我々はどうすれば良いのですか?」
「あの国の人間は殆どモンスター化したと思って良いわ。ああなっては、神でも元には戻せない」
「なんて事……」
「幸運と言えるかどうか、あなた達の国に攻め込んだ兵士は、まだ助けられる。あなた達は、出来るだけ多くの人間を救いなさい」
「ですが、モンスター化した人間はどうするのです?」
「出来るだけ殺さない様に」
「フィアーナ様! 無茶です! 相手は意思の無い怪物なんですよ!」
「その対策は、ペスカちゃんがしています。それに、私達も大地の浄化と一緒に、彼等を救いましょう」
「承知しました。しかしフィアーナ様。浄化はどの様になさるんですか?」
「エルラフィア、グラスキルス側と、ペスカちゃんが通った帝国側の、三方向から浄化を始めるわ。国境沿いならまだ、ロメリアの支配に染まりきって無いし」
「承知しました。直ぐに陛下にお伝えし、前線への連絡を致します」
シルビアは、女神フィアーナに頭を下げると、覚束ない足取りで教会から出る。満足に動かせない体を懸命に動かして、王の下へ急いだ。
ようやく、邪神に対抗する二つの勢力が、手を取り合う時が訪れる。バラバラだったパズルのピースがはまる様に。
女神がその力で大地の浄化をする、その間に出来る限りの命を救え。
エルラフィア王都から、シリウスとサムウェルに連絡が入る。そして中央部をひた走るペスカ達、撤退を続ける東部の三国連合にも、情報は共有された。
既にシリウスは、国境沿いを封鎖する様に軍を展開させている。それは三国連合も同じだ。先行してメルドマリューネに乗り込み暴れているモーリス達は、一時国境沿いまで撤退して軍と合流する。
そして両軍は、魔攻砲を使って襲い来るモンスターを無力化させていく。
元より、無茶な命令だ。相手を無力化させつつ命を救う。敵の命を救う戦いは、単純な戦争よりもよっぽど難しい
しかしシリウスは味方を鼓舞する。
「挫けるな! 我等は女神の剣だ! 奴らを見よ! 意思の無いただの怪物だ! 女神様は、仰られた! あれを救うのだ!」
モーリスとケーリアが体を張り敵兵を抑え、サムウェルは味方の部隊を指揮し、魔攻砲で沈黙させていく。
心が通じた者同士、巧みな連携が力を発揮する。
「おいモーリス。もう、限界か? 老いたのか?」
「馬鹿な事を言うな、ケーリア。まだまだ、これからだ!」
「おい、てめぇ等。あの老いぼれ達に負けんじゃねぇぞ! 俺達には女神様がついてるんだからな。魔攻砲、放て~!」
想いは少しずつ交差し始める。エルラフィア軍、三国連合軍の必死の抵抗を、女神の力が後押しする。エルラフィア国境付近では、女神フィアーナが神気を解き放つ。
「女神フィアーナの名にて命ずる。大地よ我に答えよ。その身に纏った穢れを脱ぎ捨て、永久の安らぎを」
グラスキルス国境付近では、女神ラアルフィーネが神気を解き放つ。
「女神フィアーナに代わりラアルフィーネが命じる。大地よ、怒りを捨て、悲しみを捨てよ。慟哭は霧散し、永久の安らぎを」
元ライン帝国の国境付近では、ドラグスメリアの大地母神ミュールが神気を解き放つ。
「これは貸しだからね、フィアーナ。ちゃんと返しなさいよ」
「女神ミュールが命じる。穢れの時間は、終わりを告げる。荒れた大地よ、我が恩恵を受けよ。怒りを静め、永久の安らぎを」
三柱の女神の力を持ってしても、容易に浄化は出来ず、力を蓄えつづけた邪神ロメリアと、力は拮抗する。
「駄目だわ、力が足りない。冬也君が、中心にいるっていうのに」
「相変わらずの親馬鹿ですね、フィアーナ」
「セリュシオネ! 貴女、手伝ってくれるの?」
「流石に見過ごせませんよ。それに、約束は守ってもらわないと」
「ふふっ。助かるわ、セリュシオネ」
大地母神の下に集まったのは、女神セリュシオネだけでは無かった。自然の力を有する原初の神々が、大地母神達に神気を注ぐ。
グラスキルス国境付近では、ラアルフィーネの下にアンドロケイン大陸の神々が集まる。
「ラアルフィーネ様、我が力をお使い下さい」
「ありがとね。あの中心には、冬也君がいるんだもの。少しでも力にならないとね」
ライン帝国周辺には、ドラグスメリア大陸の神々が集まる。
「姉さん、ラフィスフィアの連中に、かなりの貸しが作れますね」
「えぇ。頼むわよ、あなた達」
「お任せください、姉さん。我等ドラグスメリア勢の力を、見せつけてやりましょう」
神々の多大な協力により、僅かだが均衡が崩れ、大地の浄化が進んでいく。神の恩恵がなかったはずの北の大地に、神々の力が沁みていく。
汚泥は豊かな土に変わり、淀んだ川は透き通った綺麗な姿に変わる。空気は澱みを失くし、穏やかな風が吹き始める。邪神ロメリアに荒らされた元魔道大国メルドマリューネの国土は、徐々に変化をしていった。
しかし、邪神ロメリアの圧倒的な有利は、揺るがない。何百万もの命を糧に集めた力は、神々の総力を合わせても、容易に覆らない。
必死に抵抗する神々と、必死に命を救おうとするエルラフィア軍と三国連合軍。二つの意志は交差し、共に背中を押し合う。
そして、ペスカ達は広い国土の中で、クラウスを見つける。ようやく揃った役者達。ステージの上では、邪神ロメリアが主役の登場を待ちわびる。
まさに、戦いは正念場を迎えていた。