それは、ペスカの報告に目を付けたクラウスの一言から始まった。

 ペスカの報告を元に三国連合とエルラフィア王国で、作戦の変更が検討されようとしている。それは、モンスターについての対応だ。
 報告を聞いた限りでは、この戦いだけでなく今後の対応についても変わるかもしれない。そんな内容だ。

「モンスターを正気に戻せる。これはこれからの戦場を変えるかもしれない」
「甘いぜ、クラウス殿。そっちは、未だメルドマリューネに入って無いから言えるんだ」
「サムウェル殿、余計な戦闘は減らせるんだぞ」
「馬鹿言うな! それ以上に手間がかかる。鎮静化は良しとしよう。その後の記憶植え付けってのも、考え自体は認めても良い」
「それなら、この作戦で進めても良いのではないか?」
「その、モンスターになった兵が元に戻る確立は? 戻らなかった奴は、冬也に噛みつこうとしたんだろ?」
「ペスカ様。成功の確立は如何ほどでしょうか?」
「良くて一割って所じゃない? あんまり期待は出来ないよ。サムウェルの言う通り、余計な手間がかかるだけ」
「ならば、生を全うさせる可能性が有るとしても、皆殺しにすると言うのですか?」
「そうは言って無いよ。これは戦争なんだよ。敵は殺さなきゃ、自分が殺される。そんな状況で敵の心配もするなんて事を、私は強制出来ないよ」

 モンスターを鎮静化させる案は、一つの方法として上げられた。それが将来的にも有用になるであろう事は明らかだ。しかし、サムウェルは声を上げた。

「だけど、モンスターはモンスターだ。殺しちまった方が良い。それに、実証実験がしたければ別の機会にしろ!」
「何を言う。この状況こそが、実証実験のまたとない機会なのだぞ! 平和になった世の中で、モンスターが生まれると思うのか?」
 
 意見は衝突し、両者は引こうとしない。それもその筈、どちらの言い分も正当性は有る。

 今実験をしていた方が、将来的にはメリットは有るかもしれない。変わった姿形は、元には戻せない。しかし、元兵士ならば人間としての記憶を与え、生活させる事が可能になろう。ただ、昆虫や動物に関して言うならば、元の生態系に戻すのは早計かもしれないが。

 それでも、余計な死者を減らす事にはなる。

 ただ、僅かばかりの可能性に期待して、記憶の定着を確認する。しかし、少しでも判断が遅れたら自軍に犠牲が出る。
 ましてやメルドマリューネ内は、鍛えた兵士でも作戦行動が困難と思える程の瘴気に満ち溢れている。そんな環境の中で余計な行動で命を削る事は避けたい。

「メルドマリューネは、もう人の住める場所じゃねぇ。地獄だ。当然、そんな所に大事な兵を向かわせられねぇ」
「クラウス殿。それはサムウェルに同感だ。」
「ペスカ殿が地獄でも無事なのは、空殿の力が有ってこそだろうな」
「いや、もしかしてあんた達だけでメルドマリューネに突っ込むって事? 馬鹿な事を言うな! それに、モンスター化した兵士は、そっちにも向かってるんだよ!」
「だから、皆殺しにするんだよ」
「国境沿いならば、それ程まで瘴気は濃くあるまい。こちらも、国境領ではかなり瘴気が立ちこめている。それでも、作戦行動には支障はない」
「それなら助けるのは、モンスター化してないメルドマリューネ兵だけにしとけ」
「残念ながら、それが落としどころか……」

 クラウスとて理解している。戦場で敵に配慮するなど、愚の骨頂であると。

 しかし、可能性は捨てきれない。それだけ魅力的な結果なのだ。少なくとも、彼等メルドマリューネの人間は、人としての自由を捨て去られて来た。
 それがモンスターに変えられ、真の意味で人ではなくなったのだ。それを救う方法が有るならば、その可能性に賭けてみたいというのは、本音であろう。

 それに、正常化する可能性を高める事が出来るなら、今後モンスターが発生した時の対応が変わる。

「何もメルドマリューネの兵を皆殺しにするって訳じゃねぇ。救える命だってある。俺だって、モンスター化した奴等が正気を取り戻すなら、それに越した事はねぇって思う。だけどな」
「もうわかった。貴殿の作戦に従おう」
「クラウス殿……。本当にそれで良いんだな? あんたはあの国に少なからず思い入れが有るんだろ?」
「それとこれとは別の話しだ」
「ならば、話しは決まりだ。ペスカ殿、あんたも余計な戦闘は避けろ。どうしてもって時は、鎮静化だけにしておけ」
「わかったよ」

 それから、サムウェルは再度作戦について告げた。

 三国連合とエルラフィアの東西で、メルドマリューネの軍を引き付ける。そして手薄になった南側から、ペスカ達が王都に向けて進軍する。
 シンプルな作戦だ。ペスカ達が邪神ロメリアに対抗する鍵なのだ。先ずはペスカ達が王都に着かなければ、何も始まらない。

 作戦会議が終わると、エルラフィア軍は再び進軍を開始する。

 魔攻砲を大量に用意したエルラフィア軍は、メルドマリューネの軍を国境沿いまで押し戻していく。そして、国境沿いを守る様に展開した。
 同じ様に東では三国連合が国境沿いを守り、モンスター達を一気に鎮静化し、仮の記憶を植え付けて行く。
 
 必然的にメルドマリューネ軍は、西と東に集中し始め、王都付近の防衛が薄くなっていった。
 メルドマリューネ側へ追い打ちをかける様に、王都に暴風雨が吹き荒れる。戦況は好転を見せ始めていた。

 東西から攻められ、メルドマリューネ軍は次々と敗れ去る。

 自ら考える事を放棄し、ただ命令に従い行動するだけのモンスター達に、臨機応変な対応は取れない。
 更にメルドマリューネ首都では、引っ切り無しに続く暴風雨の影響で、各地の状況が判然としない。
 
 クロノス・メルドマリューネは、戦況が判らない状況と、襲い続ける神の襲撃に、歯噛みする思いでいっぱいだった。

「くそっ。ロメリア! 奴らをどうにか出来ないのか?」
「今、僕が出てったら、神同士の戦争になるよ。それでも良いなら、奴らを皆殺しにしてあげるよ。その代わり、この大陸が荒野になっても、知らないよ」
「ふざけるな! 人間は貴様の遊び道具では、無いのだぞ!」
「遊び道具だよ。君だって、似た様な事をしてるじゃないか。こんな広い国で、お人形遊びをね」
「馬鹿を言うな! 私は争いの無い世界を目指して、今日までやって来たのだ! 人間は世界の害悪だ! だから貴様みたいな邪神が生まれるのだ!」
「そもそもさぁ、そこが違うんだよ。誰しも欲や怒りは有るんだよ。君がいま感じているのは、怒りじゃないのかい? 君の理想は、欲じゃ無いと言い切れるのかい? 争いの無い世界? 馬鹿馬鹿しい! 君は知っているんじゃ無いのかい? 世界の調和を図る為に、神が戦争を起こしている事をさぁ」

 クロノスは、誰よりも理解している。それだけに、邪神ロメリアに言われた言葉を、腹立たしく感じた。

「もう、止めるかい? 頭を下げて、許しを請うかい?」

 それは出来ない。もう止められない。平和の為に作り上げた国が、平和を望む者達の手によって、壊されようとしている。それは許されない。それだけは許してはいけない。
 
「君や僕にとっては、ほんの僅かな期間だったけどね。二十年の平和は、あっと言う間だったね」
「貴様がどの口でほざく! 全ての元凶だろうが!」
「君もだよ、クロノス。君は奴らに取って、悪の親玉だよ」