メルドマリューネの軍を一層したサムウェル達は、メルドマリューネ国境へ向けて軍を進めていた。
 モーリスとケーリアの部隊が先陣を切り、後方に位置するサムウェルが指揮をする。そんな陣形を取っていた。
 
 メルドマリューネの国境に近付くと、モーリスは部隊を止める。その意図は、直ぐにケーリアとサムウェルにも伝わった。そして、通信機を使いモーリスは二人に連絡を取る。

「ケーリア、お前も気が付いただろ?」
「あぁ。瘴気が濃くなっているな」
「瘴気? やっぱりかよ。メルドマリューネは、もう人間の住む場所じゃ無くなってるな」
「悪神の仕業であろうな」
「サムウェル。どうする? 軍を引くか?」
「引いてたまるかよ! ただ、軍は国境線を守るだけでいい」
「なるほど。サムウェル、お前は相変わらず面白い」
「ケーリア、面白がっている場合か?」
「面白いだろう? 地獄へは三人だけで行くと言うのだぞ!」
「確かに、俺達だけの方が暴れやすいな」
「まぁ、老人二人は俺の後に着いて来れば良いぜ」
「馬鹿にするな、サムウェル!」
「お前をモンスター共と一緒に、この大剣で薙ぎ払ってくれる」
「おぅおぅ、勇ましねぇ。それじゃあ一丁、暴れようじゃねぇか」
「「おう!」」

 国境沿いには濃密な瘴気が漂い、草木は根こそぎ枯れていた。そして、国境沿いを守るのは兵士ではなかった。正確に言えば、かつては兵士だった者達だろう。
 人らしさと言えば、二足歩行で立って歩く事位かもしれない。容姿は醜く歪んでいる。体は二倍程に膨れ上がっている。異形と成り果てた化け物が、列をなしていた。

 そこに加わるのは、かつて虫や動物だったもの達だ。同じ様に変貌を遂げ醜い化け物と化している。
 如何にエルラフィア軍が、メルドマリューネ兵の洗脳を解く技術を確立しても、そこまで変化していては息の根を止めるしか救う方法は有るまい。

「お前等、よく聞け! 体中にマナを張り巡らせろ! 直接、瘴気を吸い込むなよ! お前らも化け物になっちまうぞ!」

 サムウェルは、警告するかの様に声を大にする。それは、直ぐに軍全体へと伝わる。目の前に立ちはだかるのは只の人型ではない。モンスターなのだから。

「ペスカ殿にも、この情報を伝えておけよ」
「はい、閣下」

 三国連合から情報が伝わり、ペスカは『魔攻砲の再調整』や『浄化の魔法を籠めた魔弾』等の準備を進めた。そして各所へ連絡を取り、様々な指示を出した。またペスカは、グラスキルスの間諜部隊から入手した、メルドマリューネの地図を入力しナビを完成させる。
 
 大きなライン帝国を、冬也、空、翔一が交代で運転し車は北上する。そしてエルラフィア軍がメルドマリューネ軍を壊滅させたほぼ同時刻に、メルドマリューネの領土に侵入を果たした。
 国境を超えてからは、翔一が探知で、モンスターの分布状態を確認し、スクリーンに投影する。そして冬也は、モンスターを避ける様に車を走らせ、王都を目指した。

 ペスカ達の目的は、王都にいるだろうロメリアである。極力余計な戦闘は避けて、王都へ直行するのが、最優先事項である。これは、事前の打ち合わせでも、サムウェルやクラウス達と確認した事項でもある。

 ただ、ここで大きな問題が立ちはだかる。
 
 メルドマリューネに人は存在しないだろう事。それを放置すれば、幾ら首謀者を倒した所で、その存在は土地を穢し続けるだろう。
 そもそも大局的には、これ以上の死者は不要なのだ。大陸中央部に限らず、大陸東部、エルラフィア王国以南で、どれだけの死者が出たか。
 人間もまた、この世界の一部だ。マナの調和を保つ一因であるのだ。これ以上、死者が増えれば大陸を循環するマナは乱れ続け、崩壊の一途を辿るだろう。

 ペスカの予想を遥かに超える速さで、ロメリアは対応して来た。

 元々、アーグニールやグラスキルスで、モンスターが発生していたのだ。メルドマリューネに大量のモンスターが居てもおかしくはない。それでも、人が存在する可能性に賭けた。救える命が有ると信じた。
 
 しかし、誰も救えない。
 もう、殺すしかない。

「やっぱり、倒して行くしかないね」
「この数をかい?」
「そうだよ。モーリス達だけに任せるのは、流石に酷だしね」
「ペスカちゃん。あそこまで形が変わったら、元には戻らないの?」
「流石にね」
「なぁペスカ。メルフィーさん達は、何とかなったんだろ?」
「あれは例外中の例外だよ」

 もしかすると、メルフィー達の様に僅かばかり人間性を残した者が、存在する可能性はある。それなら救えるかもしれない。しかし、その可能性は零に近かろう。

 考えれば残酷な話しだ。

 メルドマリューネの民は、生まれながらに洗脳を受け、命令に従って生きて来た。自らが判断して行動した事は一度もない。そんな者達が、人である事すら失わされたのだから。

 ただ、例外が有る事も知っている。ミノタウロスだ。彼等は姿を変えられた元人間だ。それでも彼らは、日本人よりも遥かに穏やかで、平和を愛する種族なのだ。
 それを知る空と翔一は、中々諦めようとしなかった。

「ねぇ、ペスカちゃん。浄化の魔法を使ったら、あの人達はミノタウロスさんみたいにならないかな?」
「う~ん、可能性は零ではないよ」
「なら、やってみないとね。その為に、用意しておいたでしょ?」
「全く。空ちゃんは聖女様だね。戦争が似合わないよ」
「それは君もだよ、ペスカちゃん」
「それなら早く実験してみよ。それで、エルラフィアって国に教えてあげた方が、良いんじゃない?」
「うん、まぁそうなんだけど。あっちとこっちじゃ、状況が違うからね」
「どういう事?」
「あっちには、まだ救える命が有る」
「兵士がモンスター化してないって事?」
「これじゃあ時間の問題だと思うけどね」

 ペスカは、空と翔一の二人を交互に見ると、やや真剣な面持ちで話しを続ける。

「これは、確立の低い賭けだよ。でも、空ちゃんの言う通り、やってみる価値は有る。だから、先ずは鎮静化。その後にリセットくんと植え付けくんで治療する」

 運転しながら聞き耳を立てていた冬也は、最後だけ理解出来た様で、軽く頷いていた。それを見たペスカ達は、緊張が解れたのか軽い笑い声を上げた。

 比較的モンスターが少ない場所で、ペスカ達の実証は開始される。

 実験可能な集団を見つけて近づくと、ペスカが周囲をスクリーンに拡大投影する。そしてモンスターの集団をめがけて、空が魔攻砲を放つ。
 この時に、空はオートキャンセルを使用しなかった。もし、オートキャンセルの影響でモンスターが鎮静化し、僅かばかりの人間性を取り戻したとすれば、空でなければ再現性が無くなる事を意味するからだ。

 魔法を受けたモンスターは、昏倒して倒れ伏す。そして、直ぐには意識を取り戻さない事を確認すると、第二射を発射する。
 これにより、理論上では記憶の消去と植え付けが可能になる。ただ、モンスター化した兵に効果が有るか否かは、やってみないとわからない。

 少し経ってから、ペスカと冬也は倒れた元兵達に近づいた。翔一は万が一に備えて、ライフルで狙撃の構えを崩さない。

 冬也は倒れた元兵士の一人を起こす。目を覚ました兵は、割ける程に大きく口を開き、冬也に噛みつこうとする。

「お兄ちゃん!」
「わかってる」

 冬也は神気を少し解放し、起こした元兵士を吹き飛ばす。そして神剣を持って、完全に意識を絶った。
 それを何度か繰り返した後、ようやく欲しかった反応が見えた。

「う、うう」
「わかるか? おれがわかるか?」
「あなたは? それにここは?」
「ここは危ねぇ。直ぐに周りの奴等を避難させなきゃいけねぇ」

 元兵士達は困惑している様子である。安全を確認すると、ペスカは元兵士達に自分の故郷や仕事など幾つかの質問等を行った。
 
 記憶の書き換えが出来ているかの確認である。それと同時に、記憶の書き換えによる異常が発生していないかも、確認する必要がある。   

 思考能力、運動能力に異常は見られない。視神経等の末梢神経にも、異常は感じない。うつ、抑うつ等の精神異常も感じられない。記憶の定着も問題は無さそうに見える。
 総合的には、生活上での異常は無いと思われる。何よりも、元兵士達からは攻撃の意志を感じられない。

 完璧とは言えない。姿は人間ではないし、治せる確立はかなり低い。だが、決して不可能ではない事を立証した。
      
 ペスカは元兵士達に、ここが危険で有る事を教え、南への避難経路を伝える。説明を終えると車に戻り、エルラフィア王都とグラスキルス王都に、魔法式と実験結果を報告した。
 報告を受けたエルラフィア王都では、ペスカの実験とは別にマルスが捕虜の記憶植え付けを開始した。

 マルス達、エルラフィアの住民をサンプルにした記憶を植え付けた為、実験結果は良好。元兵士達は、自らをエルラフィア王国の民と思い込んでいた。いずれ、行動療法等の継続治療が、必要になるかも知れない。

 モンスター化してない兵士については、充分な成果を上げる目途がついた。

 勿論ペスカは、元メルドマリューネ軍の兵士達が、後々記憶齟齬による、何等かの弊害が起こる可能性を示唆している。
 エルラフィアの研究所では、引き続き経過観察を行い、随時情報を共有する体制を整えた。

 マルスの実験成果を受け、グラスキルス王都でも、捕虜の記憶植え付けが開始される。エルラフィア王国では、兵站の搬送と合わせて捕虜の王都輸送が始められた。

 ☆ ☆ ☆

「残酷だよねぇ。そうは思わないかい?」
「我が国の民をあの様に仕立て上げたのは、貴様だろ!」
「あれはあれで、可愛いじゃないか」
「馬鹿馬鹿しい」
「その一言で切り捨て、君も相当られるならに狂ってるね」
「それがどうした!」
「いや、あの小娘も相当なもんだと思ってさ。君もそうは思わないかい?」
「あれは、元々ああいう奴だ」
「ははっ。化け物に感情を植え付けた所で、人間には迫害される。種族を何よりも大事にする亜人なら、猶更だよね。例え見た目に似通う部分が有っても、誇り高い魔獣達には決して受け入れられない」
「確かにな」
「それでも生を強要する。それは酷く残酷で、とても傲慢な考え方だよね。あの小娘は、僕よりよっぽど邪悪だよ」
「あの様に姿を変えられても生きていけるのは、我が国だけだ。彼等は我が国の誇りだ」
「あぁ。その狂った考え方、僕は好きだよ」