クライア、メイレア、ラリュレルの三国に集まるゾンビ達を、冬也は一斉に浄化させた。その気配は、遠く遠方にいた女神に届いた。

 暫く冬也をうっとり見つめていたペスカと空が、意識を取り戻す。そしてペスカは、慌てて周囲の状況を確認する様に、翔一に指示を送った。

「多分だけど、この辺り一帯からゾンビは消えたと思うよ」
「はぁ? この辺りって、どの辺りまでよ!」
「ちょっと、急かさないでくれないか、ペスカちゃん」
「まさかお兄ちゃんってば、三国全体からゾンビを浄化させちゃったのかな?」
「可能性は、高いと思うよ」
「冬也さん、神ってるね。神々しいよ」
「いやいや、空ちゃん。お兄ちゃんは、元々半分神だからね」

 奇跡を目の当たりにして、動揺する三人。事を成した本人はゆっくりと歩き、車に近づいて来る。
 
「お前等、何ボケっとしてんだ。早く帝国に急ぐぞ」
「お、お兄ちゃんのおバカ! 神気使い過ぎたんじゃ無いの? 何か凄かったよ!」
「問題ねぇ。使ったのは、この大地に眠る力だ。お袋の神気だ」
「いつから、そんな事を出来る様になったの?」
「わかんねぇ! 何と無くだ!」

 冬也の呑気な態度に、ペスカは呆気に取られる。
 兄の底知れない力は、子供の頃から一番身近にいたペスカが良く知っていた。いずれ、その力が発揮される事も、薄々想像出来た。しかし、いざその時が来ると、大きすぎる冬也の力に驚きを隠せなかった。

「あ~、それとな。もうすぐ、お袋が来ると思うぞ」
「ふぇ?」
「フィアーナだよ。神気を使った時に繋がった感覚が有ったからな」
「うぁ~。お兄ちゃんが、遠い存在になっていくよ」

 遠い目をして呟くペスカ。その言葉が、冬也に動揺を与える。だが続いて放たれた冬也の言葉は、ペスカに同様を与える事になる。
 
「ば、馬鹿! お兄ちゃんは、遠くに行ったりしないぞ。いつも一緒にいてやるぞ」
「そういう事じゃ無くてさ~」
「お前だって、似た様なもんだろ」
「似てないよ。私は人間だし、神ってないよ」
「気がついて無いだけだ! お前のマナにも、神気が混じり始めてる!」
「うそ? ぎゃ~。私も人間じゃ無くなるの?」
「時間の問題だ。英雄ペスカちゃん」

 ペスカはガックリと項垂れる。

 こんなはずじゃ無かった。神様になりたくて、転生したんじゃ無かった。確かに生前は英雄視されたし、今もその伝説は残ってる。地球でも過去の英雄達が、死した後に神格化される事が稀に有る。
 成し遂げなければならない事が有った。その為に力を尽くした。それが神へと近づく道のりであったとは、思いもよらなかった。

「まあ、良いじゃねぇか。大した問題じゃねぇよ」
「う~ん。お兄ちゃんとずっと一緒なら、別にいっか」

 兄妹は仲良く視線を合わせる。 
 ブラコン過ぎる妹に、シスコン過ぎる兄。どうして、こんな人を好きになったんだろう。この兄妹を呆然と眺めた後、空は頭を抱えた。
 そして、翔一は口を噤む。君子危うきに近寄らず。空気を読める男の行動であった。

 暫くの後、混乱が収まると車を動かし始める。休憩を挟みつつ、ライン帝国を目指して一直線に一行は進む。
 やや緊張感から解放され、力を抜いた四人。しかし、培われたチームワークは、衰えはしない。
 警戒を怠る事無く、帝国に近づいた時の事だった。

 光り輝く姿、長い金髪、スレンダーな体つきと童顔な面立ち。それは、ペスカと冬也がよく知っている。そう、女神フィアーナが、走る車の前方に忽然と姿を現したのである。

 翔一は焦って、急ブレーキをかける。車はスピンしながら、なんとか衝突を避けて停止する。車内では荷物が崩れ飛び、ペスカと空は頭をぶつけて蹲っていた。
 そして、車から飛び出した冬也が、大声で叫ぶ。

「危ねぇだろ! 車の前に飛び出すんじゃねぇよ!」
「キャー、冬也君。やっと会えた~」

 冬也の怒声が耳に入っていないのか、女神フィアーナは満面の笑みで冬也に抱きつく。しかし、久方振りの親子の対面とはいかない。
 
「抱きつくんじゃねぇよ。こんな事態になるまで、何してやがった!」

 女神を引き剥がし、激しい口調で冬也は糾弾する。
 
「大体、あんた等がしっかりしてねぇから、こんな事態になったんだろ! ロメリア達にやりたい放題させやがって! ちっとは、女神らしい事を一つでもしやがれ」

 神の世界でも、大地母神は原初の神にあたる。そして強い力と発言力を持つ、神の一柱でもある。その女神フィアーナが、一人の半神を前に肩を落としている。

「セリュシオネさんの方が、よっぽど仕事してたぞ。ほら、早く仕事しろ、仕事!」

 女神フィアーナは、瞳一杯に涙を溜めていた。そして見上げれば、一面の曇天である。
 
「お兄ちゃん。そうやって追い詰めないで。女神様が泣きそうだよ」
 
 涙を堪える様に震える女神フィアーナは、ブツブツと独り言のように呟いていた。

「反抗期。これが反抗期。人間特有の病気。思春期の病。反抗期」
 
 このままでは、何の為に女神フィアーナが地上に降りたかわからない。ペスカは冬也を引き摺る様に、女神フィアーナから遠ざけると耳打ちをした。

「お兄ちゃん。もう少し、優しくしてあげて。抱きしめるなり、撫でるなりするの」
「何でだよ! やだよ!」
「やだよ、じゃなくてさ。ちょっと甘える振りして、お仕事して貰おうよ。ね、お兄ちゃん」

 ペスカの言葉に渋々従い、フィアーナの前に近づく。

「言い過ぎた。悪かったよ、母さん。機嫌直してくんねぇか?」

 母に甘えた記憶の無い冬也が、精一杯に発した言葉。そのたどたどしさが、女神フィアーナの心を打ったのだろう。

「きゃ~、冬也君。やっぱり良い子ね。お母さん頑張っちゃう!」

 ひとしきり冬也を抱きしめた後、女神フィアーナは握りこぶしを作る。

「女神フィアーナの名にて命ずる。大地よ我に答えよ。穢れを浄化し、安らぎを与えよ。全ては新たな循環へ還り、豊かに潤せ」

 それは、冬也が起こした現象と同じであった。遠く見えるライン帝国の大地が光り輝き、ゾンビ達を浄化させていく。穢れた肉体、穢れた感情が全て清らかに変わっていく。

 そこからは、大地母神の本領であった。

 帝国からゾンビが姿を消し、汚泥の様に腐った土が活力に溢れていく。朽ちた木々に枝葉が広がっていく。土地には緑が溢れ、春を待ち焦がれた様に、花々が咲き乱れる。

 奇跡の光景は、ライン帝国から東へと広がっていく。かつて世界を創造した原初の神。その力を目の当たりにしたペスカ達は、ただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。
 
「どう? お母さんの力、凄いでしょ!」
「あぁ、流石だな」

 女神フィアーナは胸を張り、冬也に視線を送る。冬也の浄化した範囲よりも格段に広い旧帝国領を、一気に浄化したのだ。流石の冬也も、力の差を嚙みしめて尊敬の念を送る。
 空と翔一は、言葉にならない程に圧倒されていた。ただ一人、ペスカだけが間に割り込む様にして尋ねた。

「フィアーナ様、ゾンビはどうしたんです?」
「多少残っちゃったけど、影響はないでしょ。その内、消滅するわよ」
「楽観的ですね。残ったゾンビ達が、再びマナを吸って増殖するとは、お考えにならないんですか?」
「大丈夫よ。他の神も動き出すでしょうし。それより、わかってるわね。私は人間同士の争いには、関与出来ないわよ」
「理解してます。でもロメリアが、人間とつるんでいた場合は、どうするんです?」
「ペスカちゃん、どういう事?」
「メルドマリューネですよ。怪しいとは思いませんか?」
「そうね。この大陸では私の影響どころか、神の影響が極端に少ない地域ですものね。でも、神に渡り合える人間なんて、あの国にいるの?」
「いますよ一人、危ない奴が。人間じゃ無くてエルフですけど」

 女神フィアーナは、少し目を閉じ考え込む。暫くしてから、ペスカに語りかける。

「わかったわ。ロメリアの探索は、メルドマルリューネを中心にさせましょう。あなた達も充分に注意なさい。寧ろ狙われているのは、あなた達なんですからね」

 女神フィアーナは言い終わると、冬也を抱きしめた。

「冬也君、またね。気を付けるのよ」
「あぁ。わかった」

 冬也の温かさを感じると、女神フィアーナは名残惜しそうにする。だがペスカの言う事は、尤もであろう。懸念事項を神々に伝える為に、女神フィアーナは姿を消した。

 大陸東に溢れるモンスターを退治した。大陸中央部に溢れるゾンビも消滅させた。大陸間のネットワークを再び構築し、国々が団結しつつある。
 顕在化した問題は、解決に向かっている。しかし、未だ全てが終わった訳では無い。
 大陸に巻き起こる混乱は、最終局面を迎えようとしていた。