迫り来る死者の軍団の前に、サムウェルは敢然と立ちはだかる。ここ十数年見せる事が無かった、真剣な表情が浮かんでいる。

 サムウェルはこれまで、戦場で本気を出す事は無かった。モーリス、ケーリアの様な、強者を相対した時も長棒を使用した。そんな男が、愛槍を持って構える。決意を固めた姿が、そこに有った。

 サムウェルは幼い頃から、天才と呼ばれていた。勉学は言うに及ばず、武術においてもその才能は発揮された。特に秀でていたのは槍である。十歳の頃には師匠を越え、名立たる武術の達人達を倒した。そしてついた渾名は、神槍サムウェル。

 だが、サムウェルは戦う事に意味を見いだせなかった。むしろ、下町で遊ぶ事が楽しかった。野山を駆け回る事が楽しかった。悪友達と笑い合う事が幸せだった。

 だがサムウェルが十代の頃は、東方三国で戦争が絶えない時代であった。見知った者が戦場に赴き、傷を負って帰って来る。帰って来るならまだ良い、帰って来ない者もいた。

 サムウェルは思った。

 何故、戦争が起きる。殺し合いより、愛し合う方が俺は好きだ。楽しく遊ぶ方が何倍も良いはずだ。誰もが思っているはずだ。なのに何故、戦争は終らない。
 戦争が終わらないなら、俺が終わらせてやる。その後は、思いっきり遊んで、思いっきり旨いもの食べて、愛し合うんだ。

 サムウェルは一つの意思の元、兵士となった。

 殺さない。誰も殺させない。常に長棒を持って戦場に現れるサムウェルを、上席達は叱咤した。しかしサムウェルは、態度を変えない。そしてサムウェルの頭脳は、戦場で活かされた。
 
 あらゆる戦場で、あらゆる策を用い、勝利を手にする。

 敵も味方も、死者を出さないサムウェルの戦い方に、国の首脳陣は良く思わなかった。しかし確実に結果を出すサムウェルは、次第と軍の中で地位を上げ、発言力を増していく。
 首脳陣すら無視できない存在となっていくサムウェルは、やがて将軍となった。

 戦場では頭脳で相手を圧倒する。二十年前の悪夢でも、モンスター対策局参謀の一人として、活躍を認められた。ただ、本気の槍を見せた事は、一度たりとも無かった。

 今回は違う。戦場で一度も使う事が無かった槍を構えている。
 
 生者を求めて、地を埋め尽くす死者の軍団はサムウェルに襲いかかる。サムウェルは、馬上で槍を一薙ぎした。
 
 槍の軌道が光の筋となって、地を埋め尽くす死者達に向かって飛ぶ。包み込んだ光は爆発し、周囲に広がっていった。死者の軍団は、一気に燃えて崩れていく。しかし、灰になっても大地のマナを吸収して、形を取り戻していった。

「そう簡単には、いかねぇか。これじゃ、エルラフィアの連中が撤退決め込むのも、無理ねぇわな。シグルドの奴が生きてりゃ、状況は変わってただろうけどな。仕方ねぇよ、戦いの神が相手ならな。俺でも、傷なんかつけられる自信ねぇよ」

 復活しつつある死者達、そして次から次へと東から雪崩れ込んで来る。サムウェルは数度、薙ぎ払う様に槍を振るう。その度に爆発し、燃え尽きても直ぐに灰が固まり始める。

「きりねぇな。クラウスやシリウスは、どうやりあったんだ? まともに戦ったら、直ぐにマナ切れ起こしてジリ貧だぞ」

 サムウェルは頭を巡らせた。しかし、どんどんと押寄せる死者の軍団の前に、熟考している暇は無い。槍を振るい蹴散らし続ける。
 
 何か手を打たないと、待つのは無謀な死である。死者の軍がグラスキルスに流入するのを防げなければ、命を賭ける意味が無い。それどころか、来た意味すら無いだろう。敵を倒しながらサムウェルは、ある仮説を立てた。

 そもそも、こいつら本当に死体なのか?

 そもそも、モンスターだけじゃない、肉食動物に食われたって当然ながら命を落とす、そこに魂魄は残らない。死体にはマナが残る事は無く、ましてや活性化するなんて有り得ない。

 故に、魂魄が無くなった体はマナとの結びつきが消え、二度と動く事は無い。ただ、奴等が通った後には、草木が枯れ果てて行く。恐らくこいつらは、マナを吸収して身体を維持している。

 それは死して尚、魂魄が身体に留まっている事を意味している。それは、本当に死んでいると言えるのか?

 もし、これが『マナの暴走による人のモンスター化』だとすれば、生者に噛みつく事で体内に『異常変異したマナが感染』する。その結果、『マナが暴走してモンスター化』したんだと考えられないか?

 特殊な事例だが、モンスター化した時点で死んでるんだろう。それなら死者が動く事も、数を増やして行った理由も説明がつく。
 あれが一種のモンスターで、人を喰らうのもマナを吸収する一環だとする。それならば、吸収を止める方法さえ有れば、機能を停止させる位は可能かも知れない。
 それよりも、魂魄を破壊するか浄化すれば、完全に消し去る事も可能かも知れない。
 
「ただよぉ、ちょっとばかり苦手なんだよなぁ~。浄化ってのはよぉ」

 その時ふと頭の中に、かつてペスカに言われた言葉が蘇った。

「い~い、サムウェル。魔法は想像力が大切。想像力次第で、何でも出来るんだからね。柔軟に考えなさい! それとあんたは、槍が得意なんだから、槍を応用する事。人間は不得意よりも、得意を伸ばす方が成長が早いんだよ」
 
 そうだどの道、俺はマナを使って攻撃するんだし、吸収を止めるのが非効率的なら、相手のマナを逆に利用してみるか。

 サムウェルは、口角を上げ呟いた。

「ペスカ殿に教えられた知識を、やっと活かせる時が来たぜ。さて、救いの時間だ!」

 焼き尽くさない。倒さない。ただ、相手のマナは全て奪う。そして奪い尽くしたマナは、地に還す。そのイメージを膨らませて、サムウェルは槍を振るう。

「大地に還り、静かに眠れ! ちゃんと俺が埋葬してやるからなぁ~!」

 周囲を取り囲む死者の軍団に、光の筋が飛んでいく。見た目は、先程まで放っていた攻撃と何ら変わらない。しかし、光の筋を受けた死者達は、体が崩れ大地と一体になっていった。ようやく地に還る事が出来たのだろうか、先程まで何度も蘇っていた死者達が、再び蘇る事はなかった。
 
「よっしゃ! 上手くいったぜ! よく考えれば欠陥品だな。ロメリアって神は、案外馬鹿なんじゃねぇ~か」

 サムウェルが言うほど、事は簡単では無い。

 武器も魔法も通じない不死の相手と相対した時に、どれだけの人が冷静に対処出来るのであろうか。ペスカの愛弟子同然の、クラウスやシリウスでさえ、退却するので精一杯だった。
 卓越した槍の腕、どんな状況でも冷静な判断力、明晰な頭脳。これは、サムウェルが持てる力を余すことなく使った結果、成し得た事。只人では到底出来ない事である。

 だが、サムウェルとて人間である。どれだけ優れた力を持とうが、体力には限界が有る。数千、数万の大軍なら、何とか処理出来る。
 しかし相手は、百万を超えるライン帝国民。その上に、クライアス王国、メイレア王国、ラリュレル王国、各国十万を超える民が加わっているのだ。
 たった一人でこの数を相手に、何日寝ずに戦い続ければ、殲滅出来るのか?

 否、殲滅は不可能。

 サムウェルは端から、死者達を倒す方法を見つける事と、その数を出来るだけ減らす事だけしか、念頭に置いてない。
 小一時間程で、クライアス王国との国境門周辺、数キロに居た死者達を殲滅すると、サムウェルは国境沿いに南下していく。

 国境沿いを中心に走り、今にもグラスキルス王国に溢れ出そうとする、死者達の数を減らし続ける。一体たりとも国境は超えさせない。

 サムウェルは屠り続ける。そして移動は、間諜部隊が良く使う俊足の魔法を利用する。愛馬に俊足の魔法と回復魔法を連続でかけ続けて、サムウェルは猛スピードで移動する。
 死者からマナの一部を奪い魔法を使う為、自らのマナを枯らす事は無い。更に、己の体力すらも、死者から奪ったマナで充足させる。

 三国を跨ぎ、北へ南へと移動を繰り返して、サムウェルは国境を守り続ける。
 天才、神槍、智将、数々の渾名で呼ばれた男の、本領が発揮される。後に続く仲間達に託す為、絶対にこいつ等は国境を通させない。サムウェルの闘気は、最大限に高まっていた。

 この身は朽ちない。この魂は果てない。この意志が有る限り、絶対に潰えない。
 俺がここで砦となる。俺が最強の盾となる。

 たった一人の戦い。しかし孤独では無い、後に続く仲間達がいるから。
 それは未来へ繋げる、仲間達への贈り物であった。

 果ての無いサムウェルの戦いは続く。そして仲間達は、彼を追い始めている。死に行く国々で戦い続ける、サムウェルの元へ。