街で大暴れした冬也、そして車を飛ばすペスカ。街に辿り着く為にモンスターを駆逐し続けた空と翔一。
 一行の疲れは、ピークに達していた。繰り返された戦闘で、マナは枯渇寸前である。特に空と翔一は、それが顕著に表れている。

 ペスカとて同様である。しかし、ペスカはマナを擦り減らし車を走らせ、指示を出し続ける。そして冬也は神気を高め、モンスターを駆逐し続ける。

 守る、全てを守る。ペスカの言葉は不可能に感じる。しかし、ペスカと冬也は微塵も諦めていない。その目は闘志に満ちている。
 なぜ戦うのか。女神セリュシオネに依頼されたから? そうではない。逃げてもいいはずなのだ。投げ出してもいいはずなのだ。不可能を可能にする事は、決して出来ないのだから。

 怒り、使命、決意、信念、あらゆる感情がペスカと冬也を奮い立たせる。そして想いは伝播する。

 二人の背を見て来た空と翔一の心に、ある感情が灯り始める。
 諦めない事、抗い続ける事。どんな絶望的な状況でも、どんな過酷な状況でも抗い続ける事。最後の一歩まで戦い続ける。それは死と隣り合わせの空間で、空と翔一に勇気を与えた。

 どんな窮地に立たされても決して折れない。それは二人の魂に刻まれ、光り輝き始めた。

 ペスカと冬也の想いを受け取ったのは、空と翔一だけではなかった。大地が、そして木々や草花が、二人の魂に呼応する様に息を吹き返す。そして二人に力を与えようと、マナの供給を始めた。
 モンスターの大量発生は、人類の危機だけでは無い。あらゆる生命の危機。それを守らんとする意志に、自然が応えたのだろう。
 
 ペスカ達は戦い続ける。交代で仮眠を取りながら走り続ける。現れるモンスターを駆逐し続ける。
 しかし、疲れが足を絡めとり、腕は鉛の様に重い。だが、立ち止まる訳にはいかない。足を止める事は、世界や人を守る以前に、自らの死を意味する。

 どれだけ疲れてもペスカ達の頭は、はっきりとしている。冷静に次の行動を考える。最善の行動を予測し、サポートし合う。ペスカ、冬也、空、翔一の四人は、この窮地で最高のチームになっていた。
 連携を取り情報を探り、モンスターを駆逐し車を走らせる。食事も仮眠も戦いも、全てを四人でサポートし合う。止まる事無く、王都へ向けて車は走り続けた。

 抗い始めたのは、ペスカ達だけでは無い。

 アーグニール王国の各地で、モンスターの蹂躙に抵抗する住民達が現れ始めた。住民達は、ただ殺されるものかと、手近な鍬や斧、包丁、鍋等で必死に抵抗する。
 死に瀕した時に、ようやくグレイラスの呪縛から解き放たれる。そして自らの命を守る為に戦い始めた。

 だが、大量のモンスターと戦う術を持たぬ住民達では、力の差が有り過ぎる。

 住民達は集団で建物に籠り、必死の抵抗を続ける。子供や老人を守り、男達は鍬を振るい入り口を守る。怪我人の治療で、女達が力を尽くす。声を掛け合い、己も他人も鼓舞する。
 
 いずれ、助けが来る。
 この地獄はいずれ終る。
 耐え忍ぶのだ。

 一丸となって抗う姿が、王国各所で現れ始める。

 戦場近くの街では、戦場からの脱走兵が住民達を守り、モンスターと戦う姿が有った。戦争に疑問を感じ逃げた兵士達が、持てる力を余す事無く使い住民達を守る。

 兵士達は考えていた。

 俺達は戦場を逃げ出した。死に値する罪だ。しかし今ここで戦うのは正義だ。これこそが使命だ。俺達は国を守る為に兵士になった。故郷の人達を守る為に、戦う力を身に着けた。
 訳の分からない殺し合いでは、死にたくない。だが、己が掲げた正義の為になら、身を捧げられる。
 ここが俺たちの戦場だ。
 
 兵士達の姿に、住民達は勇気を与えられる。男も女も、手近な斧や包丁で参戦し始める。
 拙い力かも知れない。圧倒的な戦力差の前に、僅かな抵抗かも知れない。でも、無惨に死ぬよりはましだ。

 ロメリアは、薄ら笑いをしてこの様子を見ているだろう。だがその小さな抵抗が、死に瀕したアーグニール王国を支える最初の一歩となる。
  
 街道を走る車が次の街に近づいた時、ペスカは運転をしながら街の様子をスクリーンに拡大する。スクリーンに映る光景は、モンスターの大軍に対し、住民達が必死に抵抗する姿である。
 しかし余りの戦力差に、次々と住民達が倒れていく。
 
「空ちゃん、街に向けて魔攻砲発射!」

 空は既に街に向けて照準を合わせており、ペスカの掛け声に間髪入れず魔攻砲を撃つ。光弾は大きな弧を描き、街にいるモンスター達に着弾し燃やし尽くした。

 そのまま空は魔攻砲を撃ち続け、遠距離で街のモンスターを駆逐し続ける。翔一はライフルで、車の前に立ち塞がるモンスターを倒し、道を切り開く。冬也は車の上に立ち、群がるモンスターを斬り落としていった。

 街に到着し状況の確認を行うが、予想以上に酷い。

 道には多くの死体が転がっている。至る所に血が飛び散り、赤い池を作っている。食い散らかされた様に臓物が出ている死体が、数多く打ち捨てられている。頭は潰され、胴は引き裂かれ、腕だけが落ちている。
 しかし凄惨な状況の中、ほっとした様に建物から出て来る、数人の影が有った。

「ありがとうございます」

 口々に出る住民達からの感謝の言葉を伝えられても、ペスカの表情が晴れる事は無かった。
 そしてペスカは住民の一人に指示し、魔石を一つ持ってこさせる。直ぐに魔石を利用し、街に結界を張る。

「これで、暫くはモンスターが街に入ってくる事は無いよ。今の内に、モンスターの焼却をしてね」

 頭を下げる住民達に背を向け、硬い表情のままペスカは車に戻る。そんなペスカを、冬也が迎える。
 
「ペスカ。救えた命が有るんだ。胸を張れ!」
「うん」

 ペスカは冬也の胸に頭を預け、ポツリと答えた。守り切れない悔しさが残る。しかし立ち止まる訳には行かない。今こうしている間にも、モンスターに襲われる住民達がいる。ペスカ達は、急ぎ車を動かし街を出た。

 昼夜を問わず車を走らせ、モンスターを駆逐し、街に着いては住民達を救い結界を張る。王都へ向かうペスカ達は、行く先々の街の住民を救いつづけた。

 失った命は多い。しかし救えた命も有る。献身的に住民達を救い続けるペスカ達の行動は、アーグニール王国に起きた小さな変化を加速させた。

 ☆ ☆ ☆
   
 アーグニール王国の地下牢へ向かう集団の中に、立派な風格の男性が一人混じる。

 そして地下牢を進む集団が、最奥の牢の前で立ち止まる。牢の中には、後ろ手に繋がれやつれ果てた一人の男が、目をぎらつかせていた。立派な風格の男は、牢の前で膝をつく。

「ケーリア将軍、其方の力が必要だ。この国を救ってくれ」
「陛下、臣下に頭を下げてはなりません。頭をお上げください。正気に戻られて良かった」

 ケーリアは拘束を解かれ牢から出る。

 もう何日もまともな食事を取っていないどころか、水すらまともに飲んでいない。体は瘦せこけ、まともに動ける状態ではない。だが、ケーリアはしっかりと大地を踏みしめる様に立つ。

 闘気に満ち溢れ、今すぐでも戦えると、目が語っていた。
 
 住民達の小さな一歩、小さな抗い。そんな想いの集まりが、ペスカ達の行動により、加速的に渦巻いていく。
 渦巻く想いは大きな渦となり、国中を巻き込んでいく。それは、グレイラスに深く洗脳された国王を目覚めさせた。

 死の淵に立たされたアーグニール王国が、生き残るための戦いを始めた。
 これは、王の戦い。ケーリアの戦い。兵士の戦い。住民達の戦い。大地、そして木々や草花、生きとし生ける物の戦い。ちっぽけな生物達が始めた、神への小さな抗いであった。