車を走らせるペスカ達は、国境沿いに近づいていた。農場から更に車中で一泊して、湾岸沿いに向かう。街道を走らず、平野や荒れ地をひた走る。
 運転は空も加わり、冬也、翔一を含めた三交代で、車を走らせる。その間、ペスカは武器の作成に余念が無かった。

 翔一により最新の情報が、スクリーンに映し出される。シュロスタイン王国から、徐々に赤い点が青く変わっていく。

「上手くやってるようだね」

 ペスカは作業の手を止め、ほっとした様な表情でスクリーンを見つめる。アーグニール王国、グラスキルス王国は未だ赤い点が増え続けているが、三国の内一国が落ち着きを取り戻したのは、大きな前進だろう。
 だが大陸が窮地を脱した訳では無い。再びペスカは作業を続けた。

 湾岸沿いをひた走り、国境まで後数キロまで近づく。地図上では、湾岸沿いには山脈が有り、国境を隔てている。
 運転を冬也に任せた翔一が、周囲の探知をし、走行ルートの検討をしている時だった。人とは違う気配を感じ取り、翔一は全員に警告をする。

「冬也、車を止めてくれ。みんな注意して、国境沿いに何かいる!」

 翔一は集中して探知を強め、更に国境沿いを探った。

「何だろう、変なマナの塊を感じるんだ。ペスカちゃん、少し拡大して貰えないかい」

 ペスカがスクリーンに国境沿いを映し出す。そこには、山の木々を薙ぎ倒し暴れるモンスターの軍団が映っていた。

 モンスターは互いに争い喰らい合う。血と肉が弾け飛ぶ、壮絶な争いが繰り広げられていた。

「うぁ~、キモ!」
「ねぇ、ペスカちゃん。何あれ! 豚のお化けとか、大蛇とか、おっきい蜘蛛とか。あの鹿なんて、牙が凄いよ!」
「空ちゃん、あれがモンスターだよ。追々説明するって言ってた奴。因みにあの豚がオークだよ。お兄ちゃんの手にかかれば、美味しいお肉料理になるんだよ」
「ヤダヤダ、あれを食べてたの? うゎ~!」
「ペスカ。ついでだから、食材調達していくか?」
「冬也さん、呑気な事言わないで! これって前にペスカちゃんが言ってた、自然的なモンスター発生じゃ無いんですか?」

 ペスカはスクリーンを一瞥して、空に話しかける。

「確かに空ちゃんの言う通り、マナが飽和状態の様だね。流石に自然発生にしても、様子がおかしいよ」
「ペスカちゃん、どういう事?」
「オークの元は只の豚だよ。マナの異常活性によって、モンスター化しただけ。昆虫系ならともかく、国境沿いの山の中に、オークの大軍がいるのは不自然なんだよ」
「何かの意図? ロメリアって神とかの?」
「可能性は有るね。あいつは何でもやるからね」

 真剣な顔つきで空に答えるペスカに、翔一が質問をする。

「それで、どうするんだい? あれを何とかしないと、国境を越えられないよ」

 翔一の質問に答える事無く、ペスカはクスクスと笑う。そして、笑い声は大きくなっていく。

「今まで、私が何を作っていたと思うの? 見よ、これがアサルトライフル改、ペスカバージョンだ~!」

 銃身から銃床にかけて、余分を省いた流れる様な美しいフォルム。グリップは握りやすく、軽量化されボディは持ち運び易く軽い。身体に接触する床尾板は、体からダイレクトにマナを流し込めるように設計されている。

 通常はマナを使用して魔弾を放つ設計だが、実弾も撃てる様にマガジンも用意してある。スコープ替わりの特製ゴーグルには、正確に目標を捉えられる様に十字線が記された上、装着者の意思を読み取って望遠を行う優れ物だ。
 おまけにゴーグルとライフルが自動リンクして、感覚的に目標を射撃出来る様にした、初心者向け親切設計になっている。
 キャンピングカーで使用した、遠見やサーチ、魔攻砲等のあらゆる技術が凝縮した珠玉の一品だった。

「これで、あいつ等をやっつけるんだよ! 空ちゃん、翔一君、今更血が怖いなんて言わないよね」

 ペスカの言葉に、空と翔一は一瞬怯む。二人はただの日本人として、これまで充分過酷な惨状を見て来た。しかし、本物の戦争を知らない。本物の殺し合いを知らない。命を奪う覚悟なんて無い。奪った命を背負う覚悟なんて無い。

 相手を殺さなければ自分が死ぬ『狂気に満ちた空間』それが戦場だ。

 だが二人は思い出す、ペスカが言った人類の戦いという言葉を。その戦いが今ここにある事を二人は悟る。相手は人でも動物でも無い異形の怪物だ。倒さなければ、やがて人に危害を加える。

 ここで怯んでいて、どうしてペスカと冬也に着いていける。ここで足が竦んで、どうして世界を守れる。拙いかも知れない、脆いかも知れない、だが戦うと決めた。その決意は、誰にも壊させはしない。

 空と翔一は眼つきが変わる。そしてライフルを手に取り、ゴーグルを着けた。 

「二人共、ゴーグル越しに十字の線が見えてるのはわかるよね。目標を十字の中心に据える様に視点を定めれば、自動的に銃身が目標に向かうからね。望遠は可能だけど、今の内に使用感を掴んでおいてね」
「ペスカちゃん、使い方は魔攻砲と一緒? マナを溜めて撃つみたいな?」
「空ちゃん、マナを溜める必要は無いよ。床尾板が体からマナを勝手に吸ってくれるからね。標準を合わせて撃つだけ」
「ペスカちゃん、連射とかは出来るかな? それと、かける魔法によっては、種類や威力の大小も変わるのかな?」
「翔一君。慣れない内は、マナを込めて撃つだけにした方が良いよ。慣れれば感覚的に連射が出来る様になるし、威力の制限も出来る様になる。勿論、沈静化や睡眠みたいな魔法を撃つ事も出来るよ」

 空と翔一は使用方法を確認する様に、ライフルを構えた。ペスカは、冬也に車を走らせるように指示をし、冬也は軽く頷く。
   
「先ずは試しに射程一キロから行ってみようか!」

 冬也はモンスター軍団の一キロ先辺りまで、車を近づけて止める。空と翔一は、上部ハッチから顔を出してライフルを構える。狙いを定めて放たれた光弾は、真っ直ぐにモンスターへと進むが、途中で消えうせる。

 その結果にペスカは首を傾げた。

「おっかし~な? 二人共マナをちゃんと込めた? 練習が必要なのかな? 何回か撃ってみて!」

 空と翔一は何度も繰り返し撃つが、目標のモンスターから半分位の辺りで光弾は消えうせた。

「ペスカ、あれの射程ってどの位だ? 前のライフルは精々三百メートルって所だろ?」
「実弾を使えば同じ位だけど、魔法ならマナ次第で結構遠くまで狙えるはずなんだよ」
「じゃあ、試しにお前が撃ってみろよペスカ。どうせ試射なんてしてないんだろ?」
「わかったよ。空ちゃん、ちょっと貸して」

 ペスカはライフルを構えて、狙いを定める。ペスカの放った光弾は、勢い良くモンスターに向かう。そして一体のオークを貫いた上に、その後ろの大蛇を弾け飛ばした。   

「これは単純なマナ容量の差だな! 空ちゃんに翔一、二人共気にすんなよ。ペスカが特別なんだ!」
  
 空と翔一はペスカとの歴然とした差に、ショックを受ける。しかし、落ち込んでいる暇など無い。
 何故ならペスカの放った一撃で、モンスターがこちらの存在に気が付き、列挙して襲い掛かって来ているからだ。  
 ペスカは空にライフルを預けて、念の為に魔攻砲の操作席に座る。冬也は車の外に出て待機する。

 先頭を駆けるオーク軍団を始め、地を這う様に進む大蛇やサラマンダー、果ては黒光りして飛ぶ巨大なアレ迄、総数五百は優に超える大軍が近づいて来る。

 九百、八百、七百メートルと徐々にモンスター軍団との距離は縮まる。魔攻砲に慣れている空は、冷静に狙いを定めて待つ。
 残り五百メートルを切った時に、空の放った光弾がモンスターの体を粉々に吹き飛ばした。空はライフルを連射し、モンスターを次々と駆逐する。先頭を駆けるオークは瞬く間に全滅した。

 最初の何発かは射程が足りなかったものの、翔一は直ぐに感覚を掴む。狙うのは、上空を飛ぶ黒光りする巨大なアレ。連射で一掃した後、残りのモンスターも空と一緒に掃討する。
 二百メートルも車に近づく事無く、モンスターの軍団は全滅する。冬也は死骸の山に近づき全滅を確認すると、車へと戻った。

「思ったよりやるね~二人共、グッジョブだよ!」
「あぁ、すげぇよ。空ちゃん。翔一」
「それじゃ念の為に、燃やしておこうか」
「それで、マナが地に返るのか?」
「うん。死骸を虫が食べてモンスター化したら面倒だからね」

 ペスカと冬也が笑顔で話している一方、空と翔一はへたり込んでいた。

「あ~、気持ち悪い~! 特に黒いアレ! おっきいやつ~!」
「流石に、僕もアレは嫌だな。鳥肌立ったよ」

 空と翔一は震えて、体を擦る様な仕草をしていた。

「ねぇ、ペスカちゃんは、何でそんなに平然としてるの? 心臓に剛毛が生えてるの?」
「キモイに決まってるでしょ! 剛毛とか言わないでよ、空ちゃん! 私だって怒るよ!」
「二人のどっちでも良いから、早く後処理しちまえよ!」

 冬也を怒らせると怖い事を良く知っている二人は、黙って魔攻砲でモンスターの残骸を燃やし尽くす。

「お兄ちゃん。外の様子はどうだった?」
「気持ちわりぃ感じだな。なんて言うか空気がな」
「あ~、やっぱり」

 ペスカは冬也に問いかけた後に、車からでる。そして、大気の状態を確かめる様に大きく息を吸い、大地の状態を確かめる様に土を手に取る。
 そして、ペスカの様子が気になり、後を追う様に車を降りた冬也は、ペスカに声をかけた。

「何かわかったのか?」
「マナが飽和状態なのは、間違いないね」
「戦争のせいか?」
「うん。でも、それだけじゃない」
「糞野郎のせいか?」
「間違いないよ。あいつは、この状況を利用して、フィアーナ様の力を削ごうとしてる」
「お袋の?」
「そう。フィアーナ様は糞ロメにとって、目の上のたん瘤だからね」
「だから、戦争を起こして荒廃させたって事か?」
「モンスターを増やしたのも、それが狙いだろうね」
「俺達の足止めって事は?」
「それも有るけど……」
「何か含みの有る感じだな」
「だって、国境沿いがこんな状態なんだよ。他の国がどうなってるか……」
「例えば、帝国とかか?」
「うん……」

 ペスカは、女神セリュシオネの言葉を思い出していた。「ラフィスフィア大陸では、死者が増えている」と。
 それは、シュロスタインを含む三国の戦争だけに留まるまい。グレイラスが暴れた帝国や、そこに攻め込んだ国々は、壊滅的な状況だろう。
 エルラフィア王国も無事である保障など何処にも有るまい。
 
 神々の助けが望めれば良いが、それも期待は出来まい。何故なら、大地の荒廃が進み続けているのだから。

 懸念事項が多すぎる。何から手を付けて良いかわからない。

 それに、ここから先はモーリスを救い出した時の様に、すんなりは行くまい。相手は洗脳された人達だけではない。モンスターの大軍が待っているのだろうから。
 
 それに、洗脳された人達も戦争どころじゃあるまい。戦場から離れた湾岸地帯でさえ、この荒廃ぶりなのだ。
 殺し合いをさせられた挙句に、モンスターに食われるなど残酷が過ぎる。命をなんだと思っている。

「どっちにしても、情報が少なすぎる。フィアーナ様に連絡を取れれば良いんだけど」
「クラウスさんとかには、連絡が取れないのか?」
「お前でも無理なのか?」
「技術的な問題ってより、マナの澱みが原因かな?」
「仕方ねぇ。俺達は予定通りに行くしかねぇよ」
「そうだね」

 ペスカと冬也は、車に戻る。そして、一行は再び車で進む。山中はモンスターが通ったと思われた後が明確にわかる程、木々が薙ぎ倒されている。地図と照らし合わせると、その道はアーグニール王国へ続いている様だった。

「もしかして、モンスター軍団は向こうの国から溢れて来たって事は無いよね」
「空ちゃん、それをフラグと言うんだよ!」
「一応、気を付けていこうよ! モンスターについては、後処理を一々するより、初めから燃やす様にした方が良いかも知れないね」
「その辺の判断は、空ちゃんと翔一君に任せるよ。山を抜ける迄、運転はお兄ちゃん。探知を翔一君、迎撃を空ちゃんにやって貰うからね」

 冬也は慎重に車を走らせる。途中で何度もモンスターの襲撃を受け、空がライフルで迎撃する。山を下りきった時には日が暮れ、麓で車中泊を行う事になった。

 国境を越えはしたが、先が思いやられる展開にペスカ達の表情は硬い。アーグニール王国の王都は遠く、状況の把握は出来ていない。平和への道は未だ遠く、果てない先に有る様に、ペスカ達は感じていた。