「にしても、勿体なかったよな」
「それって。元気だったらモーリスと手合わせしたかったって事?」
「まぁな。あれだけつえぇんだぞ」
「お兄ちゃんらしいね。でも、URクラスの人は後二人いるから」
「他の国でも同じ様な状況だったりしないかな?」
「空ちゃんの言う通りかもしれないね」
「って事は、お兄ちゃんのお楽しみは暫くお預けだね」

 モーリスに見送られ、ペスカ一行は意気揚々と車を走らせる。ただ独り、冬也だけが名残惜しそうに城を見つめていた。

 シュロスタインの国王を洗脳から解放したとて、戦争が終わった訳では無い。状況は今も悪化の一途を辿っている。
 モーリスが如何に強かろうと、如何に闘志を燃やそうと、長らく拘束され食事も満足に与えられない状態が続いたのだ。そんな体で戦場に行こうとしている

 流石の冬也もモーリスと手合わせをしよう等とは考えなかった。しかし、後ろ髪を引かれる想いに駆られていた。

 あの強烈な覇気に触れた瞬間に、血が滾る感覚を覚えたのだろう。

 かつて、シグルドと相対し完膚なきまで叩きのめされた。それは、冬也を一段高みへと押し上げた。強者との本気の試合は、それだけの力がある。だからこそ、挑む価値がある。

 確かに神との戦いは、命を賭けなければ成し遂げられないものだった。特にアルキエルとの戦いは。しかし、それは力と力のぶつかり合いではない。神を滅ぼす為に、策を弄した。その結果に得た勝利でしかない。

 決して満足はしていない。あの結果も、自分の実力にも。故に強者を求める。それは格闘家としての本能とも言えるものだろう。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。あいつは、死なないから。もっと強くなって、お兄ちゃんの前に現れると思うから」
「確かに、あの将軍が誰かにやられる所は想像出来ないね」
「工藤先輩。城に戻って弟子入りしたらどうですか?」
「いや、空ちゃん!」
「翔一君を置いてくのは賛成だけど、それよりも言いたい事が有るんだよ」
「ペスカちゃんまで、なに言ってんの?」
「大丈夫だ、翔一は置いてかない。それよりペスカ。言いたい事ってのは?」
「ねぇみんな。クッション作ろう! 絶対、絶対、絶対作ろう!」
「俺は別に平気だけど。そっか、みんなは違うか……」
「そりゃそうだよ! みんな、お兄ちゃんみたいにお尻が鋼鉄で出来てないんだから!」
「俺だって、尻は鋼鉄じゃねぇよ!」

 確かにキャンピングカーは、急ごしらえで作り上げた。荷車のパーツを利用し、ある程度の内装を整えた。
 バス、トイレ、キッチン、簡易ベッドが備え付けられ、ある程度の居住性は確保されている。しかし簡易ベッドは、野営用に使っていた簡素な布団らしき物を置いただけ。座席には、荷車から転用した木が張りつけられているだけ。

 ペスカが何が言いたいかは、言うまでも無い。痛いのだ、お尻が! 痔になるのではと思う位、とても痛いのだ! 緊急故、冬也以外は我慢をして来た。
 痛むお尻を空に治療してもらい耐えて来た。しかしもう限界はとうに超えていた。キャンピングカーの製作者であるペスカ本人すら、限界を超えていた。そしてある決意を固めていた。

「ペスカちゃん。やっと、クッションが手に入るのね……」
「あぁ、やっとこの痛みから解放されるのか! 僕は痔になりかけていたよ」

 空や翔一は涙ぐんでいた。

 過酷な環境になれている冬也には、充分過ぎるのだろう。しかし、誰もが『ジャングルの中で何か月も過ごす』なんて経験をしている訳ではない。平和を享受している生粋の日本人だ。枕が変わっただけで眠れなくなる事だって有り得るのだ。

「ペスカ、モーリスのおっさんに頼めば、クッションくらい直ぐに用意してくれるんじゃ無いか?」
「やだよ。今更恥ずかしいし。それに生地と綿と糸が有れば、私が手作りするよ」
「でも生地はどうするんだい? 中綿は? 低反発ウレタンなんてこの世界に無いよね。ポリエステルみたいな化学繊維も無いよね」
「うぁ~! 翔一君、細かいし面倒くさい! 木綿の生産はこの世界でも有るし、羊毛や羽毛も流通してるよ」
「ペスカちゃん、落ち着いて! とにかくお店に行ってみようよ。売ってくれるかどうかも分からないんだし」

 空の発言に一同は頷き、車を一旦止めて王都の商業区画へ歩いて行く。商業区画はどの店も戸を閉めており、とても営業をしている様子は無かった。がっくりと項垂れるペスカは、往来で雄叫びを上げた。

「うぉ~! 店を開けろ~!」
「ペスカちゃん、喚かないの! さっきまで戦争に行こうとしてたんだから、仕方ないでしょ!」
「だって、空ちゃ~ん」
「あ~、もう泣かないでペスカちゃん」

 空は喚くペスカをあやす様に撫でる。確かに王都は未だ混乱中だろう。店を開けろと言っても無理がある。通行人すら見当たらない中で、誰かに尋ねる事さえ出来ない。

 ただ、こんな状況において奇跡なんてものは、そこらに転がっているものだ。

 閑散としている商業区画に、一際大きな声が響いたのだ。誰も怪しまないとは思えない。やがて、一行に気が付いた兵士が数人ほど近付いて来る。寧ろ、良く騒ぎに気が付いたと、褒めるべきかも知れない。

 「どうかしたのか?」

 兵士達は、ペスカ一行を取り囲み尋ねる。これは、職務質問と同じだ。返答を間違えれば、城に連行されるだろう。そうなれば、どの面下げてモーリスに会えと言うのだ。

 空と翔一が返答に困っていると、ペスカが兵士に上目遣いで話しかける。

「私達、生地を売って欲しいんです。どの店も閉まっているので困ってるんです。どうにかならないでしょうか?」
 
 ペスカは、潤ませた目で訴えかける。それは策士の姿であった。困り顔の兵士達は、生地の販売店前までペスカ達を連れて行き、戸を叩いて店を開けさせた。店の店主はやや困った顔をしながらも、ペスカ達を受け入れた。

「布団を作りたいのか? 生地は有るが肝心な中綿は、これから作らんといかんな~」

 ペスカは項垂れる。だが、ここで諦めるペスカでは無い。

「羊毛や羽毛はないの?」
「無いな。良くわからんが、最近仕入れをしていないんだ」

 ペスカと店主のやり取りを余所に、店内を見渡していた空が呟く。

「ねぇ、ペスカちゃん。あのムートンっぽいやつ見て! あれでクッション作れるよね」
「ナイス空ちゃん! おじさん、あれをありったけ売って!」
「あの毛皮だけ買っても仕方無いだろ。中綿や仕上げはどうするんだ?」
「糸と針も売ってくれれば、私が仕上げる!」

 胸を張り、ペスカは店主に答える。やれやれと言わんばかりに店主は頭を掻き、毛皮を集め加工用の糸と針を見繕っった。ペスカは布団用の肌心地の良い生地も、忘れずに店主に注文する。

「あのな。ここでは売ってやれんが、農家を紹介してはやれるぞ。鳥の飼育はここからそれ程遠くない」
「うわ~い。おじさん偉い!」

 代金を支払い店を出るほくほく顔のペスカ、そして黙って荷物を抱える冬也。一行は再び車に戻る。そこからはペスカの独壇場であった。