毎日の様に、ペスカによる冬也の特訓が行われていた。冬也は良い生徒だった。ペスカの教えを吸収し、魔法の使い方に慣れていった。
鍛えた体をマナで更に強化するのに、大分慣れた様だった。それだけではなく、少しずつイメージの具現化をものにしていく。
実際の所、肉体を強化するだけでもある程度は戦えるだろう。だが、武器は多い方がいい。ただ火や水を放出するだけでなく、矢の様な形に変えるだけでも、相手にとっては脅威になる。
出来る事が増えれば、それだけ戦術の幅が広がる。それだけ余裕が生まれる。それは戦いにおいて大きなアドバンテージになる。冬也自身が実感を感じていたに違いない。己の手札が増えている事に。
冬也が訓練に勤しんでいる一方で、クラウスとシルビアは邸宅を留守にする事が多かった。毎日忙しく、あちこちを飛び回っている事は、メイドや執事が口にしていた。
そんなある日の朝、珍しく夫妻と共に食事をする事になった。
「えっ。ペスカは本当に貴族だったのか?」
今までの説明を全く信じていなかったのか、冬也は驚きの声を上げる。クラウスは呆れる様子もなく、冬也の馬鹿な質問にも丁寧に答えていった。
「はい。ペスカ様は、前ルクスフィア伯の三女としてお生まれになり、メイザー伯の養女となられました」
「じゃあ、クラウスさんとペスカは、兄妹とか?」
「ペスカ様と兄妹などと、恐れ多い事であります。それにペスカ様は人族、私はエルフで種族が違います」
「種族? 結局、クラウスさんは、何者なんだ?」
「私は、ペスカ様の配下として、研究のお手伝いをさせて頂いてました」
「よくわかんねぇけど、ペスカの手下って事か?」
「そうです。ペスカ様の実のご両親である、先代ルクスフィア伯がお亡くなりになられた後、ルクスフィア領主を拝命し、家名をルクスフィアに改めてました」
冬也は次に、シルビアへ視線を向けて質問をする。シルビアは、穏やかな口調で冬也に答えた。
「それじゃあ、シルビアさんは、ペスカとどういう関係だ?」
「私は、ペスカ様付きの侍女をやってたのよ。私の実家は、代々メイザー伯に支えていたの。その関係で、ペスカ様の侍女になったってわけ」
説明をするシルビアに、ペスカの視線が突き刺さる。余り余計な事を話すなと言わんばかりの視線を受けて、シルビアは言葉を噤む。だが冬也は、意も介さず質問を続けた。
「ところで、クラウスさんが言ってた、研究って何だ?」
「それは多岐にわたります。主な物は、魔法の研究と、それを応用した産業でしょう。工場だけでよろしければ、ご見学なさいますか?」
魔法の工場、それも過去のペスカが残した業績である。冬也は興味が湧き、少し目を輝かせた。
「良いのか? なあ、ペスカ。見に行こうぜ」
「まぁいっか。今日の予定は工場見学! クラウス、連絡よろしくね」
「かしこまりました」
ペスカは微笑を浮かべて、クラウスに指示を出す。冬也は、かしづくクラウスとシルビアの姿を見て、少しため息を吐く様に呟いた。
「お前って、本当にお嬢様だったんだな。全然そうは見えねぇけど」
「お兄ちゃんってば、何を今更。私って偉いんだよ。だからもう少し、丁寧に扱ってくれても。あぅ」
「調子に乗んな」
ペスカが冬也に頬をつねられて、会話が終わる。そして皆が朝食を食べ進める。朝食が終わると直ぐに、ペスカと冬也は工場に向う事にした。
「ペスカ様、私は同行出来かねます。ご訪問の旨は連絡は入れておきます。ごゆるりとご見学なさって下さい」
「ありがとうクラウス。じゃあ、行ってくるね~」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
クラウスを始め、沢山の執事やメイド達に見送られ、ペスカと冬也は屋敷を出る。ペスカは気にも留めない様子だが、冬也は気恥ずかしさを感じていた。
「兄ちゃん。こんな大勢に見送られるのは、なんか嫌だぞ」
「護衛が付くよりましだよ。お兄ちゃんは、バリバリの庶民だしね~」
ペスカは、既に観光案内しようと意気込んでおり、冬也の手を引いて先導する。そして二人は、街中をゆっくりと歩いていった。
「え~、右に見えますのは、ルクスフィア名物、魔法道具店でございます。生活に役立つ道具を、各種取り揃えております」
「へぇ~、すげ~な。ほんとに売ってんだな。なんか、家電屋みたいだな」
ペスカが指さす方向には、競う様に店舗が立ち並んでいた。店先には、多種の生活雑貨らしき物が並べられ、多くの客で賑わいを見せていた。
さながら量販店が並ぶ通りと言ったところだろうか。店舗により若干の個性は有るものの、主な品揃えは日用品が多い。
デパートよりも、バザールと呼んだ方が近いだろうか。賑わい自体は、日本と異世界は然程の変わりは無い。
物珍しさに興味を引かれ、冬也はキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。そして魔法道具通りを抜けると、再びペスカのガイドが始まる。
「さて、左に見えますのは、領内で最も行列が出来る、菓子店でございます。ルクスフィアを始め、各地から取り寄せた、お菓子が並んでおります。お土産に一つ如何でしょう?」
ペスカが指さしたのは、ひと際幅の広い平屋の店舗である。そこは魔法道具通りに引けを取らない活気に溢れていた。ペスカが言うには、この街は交通の要所らしく各地の名産が多く流通しているらしい。
「次に見えて来ますのは。うにゃ」
「それはもう良いって、ガイドさん。それより、ここが何なのか教えてくれよ」
然程、物事に頓着が無い冬也でも、中世風の街並みと流通商品の多さに違和感を感じる。ペスカはつねられた頬を擦りながら、少しむくれた様子で説明を始めた。
「仕方ない。じゃあ地理のお勉強ね。良いですか冬也君!」
「お、おう。先生?」
「ここは、ラフィスフィア大陸の南西に位置する、エルラフィア王国と言います」
「ほうほう、それで?」
「エルラフィア王国の王都リューレより南に、このルクスフィア領があります」
「ふ~ん。それで?」
「王都リューレの南西から、ルクスフィア領に隣り合う様に、メイザー領があります」
「ふ~ん、そっか」
「お兄ちゃん。理解してる?」
「いや、全くわかんねぇ」
あっけらかんと答える冬也。質問に答えただけにも関わらず、興味が無いのか冬也は理解を示そうとしない。決してIQが低くは無いのだ。冬也は、一度に沢山の事を覚えるのが、面倒なだけなのだ。
そんな冬也を、ペスカは深い溜息をついて見やる。
「せっかく教えてあげたのにさ。お兄ちゃんの残念脳」
「そう言われてもなぁ。何か有名なのって無いのか?」
「エルラフィア王国は、魔法工学が有名だね。特にメイザーとルクスフィアは、私の影響が一番大きい領地だし」
「ペスカ、そもそも魔法工学ってのは何だ?」
「魔法工学は、魔法の応用したものづくりの研究だよ。さっき売られてた道具の基本は、ほとんど私が発明したんだよ」
「すげ~な、ペスカ。他には何やったんだよ?」
「農林業や畜産業の育成をしたり、インフラ整備や都市開発に、関わったりもしたね。因みにこのレンガ造りの街並みは、私の設計だからね」
「すげ~なお前。天才か?」
「やっとわかった? ねぇ、撫でても良いよ」
のんびりと店や街並を眺めながら散策しつつ、ペスカと冬也はゆっくりと歩く。暫くすると、かなり大きなレンガ造りの建物が見えてくる。
「あれが目的地だよ。あの工場は、伯爵家のお抱え商人達が共同で運営してるの」
工場に着くと、既に入り口に老紳士が待ち構えていた。二人に近づくと、ゆっくりと丁寧に頭を下げる。
「ルクスフィア卿から連絡を頂いております。こちらへどうぞ」
老紳士に案内されて中に入ると、大勢の人達が作業を行っているのが見えた。
老紳士の説明では、この工場は国内でも数える程の規模を誇り、魔法道具の開発から生産まで一括で作業を行っている。そして、この街で暮らす男達の大半は、この工場で労働をしているらしい。
「手前に見えるのは、道具の組み立て。奥に見えるのは魔石の作成になります」
工場見学が開始し、老紳士が淡々と説明をしていく。最初に案内されたのは、魔法道具の核となる魔石精製の現場であった。
主に使用される材料は、ラフィスフィア大陸で採れる、特殊な鉱石であるラフィス石である。この鉱石はマナを蓄える性質を持つ為、動力源として用いられる。ただし、単なる燃料として使用する事はない。
鉱石自体に直接魔法をかけて加工する事で、半永久的に鉱石に封じた魔法を使用する事が出来る。即ち魔法が苦手でもマナの補充さえ出来れば、魔法と同じ効果を得られる代物である。
この原理こそが、魔法工学を語る上で最重要な事項である。様々な魔法を封じた鉱石は、用途に応じた道具の動力に利用される。
「魔法を溜める、電池みたいなもんか?」
「とりあえずお兄ちゃんは、その理解で良いよ」
続いて制作している製品の説明に移る。紹介されたのは、料理用の加熱器、保冷用の貯蔵庫、室温調節機、中には据え置きの通信機も有った。
そもそも冬也は、魔法を使う事から、ファンタジー感に溢れた物を想像していた。しかし紹介された製品を、見て思わず呟いた。
「IHに冷蔵庫、エアコン、電話って感じか。思ったより違和感がねぇな。それに生活用品が多いな」
「発想自体がほとんど同じだから、外見は似通うよ。ここで作ってるのは、主に生活用品だけど、王都では兵器工場もあるよ」
「どの世界でも、人間のやる事は変わらないって事か」
「科学の進歩と同じだよ。本当は、生活を豊かにする為に発明したのにさ」
最後に老紳士が案内したのは、試作工房だった。
「現在こちらでは、馬を使わない、自動運転の馬車を開発中です」
「車か? ガソリンを使わずに、マナで走るのか?」
「なかなか察しが良くなって来たじゃない。流石お兄ちゃん」
冬也が驚きの声を上げると、ペスカが笑みを浮かべた。はしゃぐ二人の様子を特に気にせず、老紳士は淡々と説明を行う。
「念の為、補足致します。一人用の物は、既に実用化されております。現在は、大型且つ誰でも使える様な物を、開発しております。本日のご案内は以上となります。お疲れ様でした」
全部自分の発明だと、胸を張り笑い声を上げるペスカを尻目に、淡々と案内は終了した。
☆ ☆ ☆
その夜、屋敷の一室にペスカとルクスフィア夫妻が集まっていた。静まり返る部屋の中で、クラウスが話し始める。
「ペスカ様、そろそろ出発なさるのですね」
「ペスカ様のご帰還と同時期に、モンスターの発生件数が、増大している様です。護衛の件は、ご再考頂けないでしょうか?」
「嫌だよ。せっかくのお兄ちゃんと二人旅なのに、邪魔しないでよ」
「ペスカ様は、冬也君が大好きですものね」
クラウスの提案を、ペスカは素気無く断る。それをシルビアが茶化す。シルビアは理解していた、ブラコンとも言えるペスカが護衛を付けるはずがない事を。
しかし、そんなシルビアの態度に、クラウスは眉を吊り上げて声を張り上げる。
「シルビア! そう言う問題では無いぞ! ペスカ様に万が一の事が有ればどうする!」
クラウスは、ペスカの身を案じている。対してペスカは、冬也との二人旅を邪魔されたくない。
「そんなに言うなら、お兄ちゃんをテストしてみなよ」
「てすと、とは?」
「お兄ちゃんとクラウスが試合して、見極めろって事。自分の目で確かめれば、納得するでしょ」
「お言葉ですが、ペスカ様。彼では、私と勝負にはなりません」
「クラウス。あまりお兄ちゃんを、甘く見ない方が良いよ。言っておくけど、ボコられるのは、クラウスだからね」
クラウスが肩を落とし、ペスカがニヤリと笑う。シルビアがそれを見てフフフと微笑む。
冬也に面倒なイベントが降りかかろうとしていた。
鍛えた体をマナで更に強化するのに、大分慣れた様だった。それだけではなく、少しずつイメージの具現化をものにしていく。
実際の所、肉体を強化するだけでもある程度は戦えるだろう。だが、武器は多い方がいい。ただ火や水を放出するだけでなく、矢の様な形に変えるだけでも、相手にとっては脅威になる。
出来る事が増えれば、それだけ戦術の幅が広がる。それだけ余裕が生まれる。それは戦いにおいて大きなアドバンテージになる。冬也自身が実感を感じていたに違いない。己の手札が増えている事に。
冬也が訓練に勤しんでいる一方で、クラウスとシルビアは邸宅を留守にする事が多かった。毎日忙しく、あちこちを飛び回っている事は、メイドや執事が口にしていた。
そんなある日の朝、珍しく夫妻と共に食事をする事になった。
「えっ。ペスカは本当に貴族だったのか?」
今までの説明を全く信じていなかったのか、冬也は驚きの声を上げる。クラウスは呆れる様子もなく、冬也の馬鹿な質問にも丁寧に答えていった。
「はい。ペスカ様は、前ルクスフィア伯の三女としてお生まれになり、メイザー伯の養女となられました」
「じゃあ、クラウスさんとペスカは、兄妹とか?」
「ペスカ様と兄妹などと、恐れ多い事であります。それにペスカ様は人族、私はエルフで種族が違います」
「種族? 結局、クラウスさんは、何者なんだ?」
「私は、ペスカ様の配下として、研究のお手伝いをさせて頂いてました」
「よくわかんねぇけど、ペスカの手下って事か?」
「そうです。ペスカ様の実のご両親である、先代ルクスフィア伯がお亡くなりになられた後、ルクスフィア領主を拝命し、家名をルクスフィアに改めてました」
冬也は次に、シルビアへ視線を向けて質問をする。シルビアは、穏やかな口調で冬也に答えた。
「それじゃあ、シルビアさんは、ペスカとどういう関係だ?」
「私は、ペスカ様付きの侍女をやってたのよ。私の実家は、代々メイザー伯に支えていたの。その関係で、ペスカ様の侍女になったってわけ」
説明をするシルビアに、ペスカの視線が突き刺さる。余り余計な事を話すなと言わんばかりの視線を受けて、シルビアは言葉を噤む。だが冬也は、意も介さず質問を続けた。
「ところで、クラウスさんが言ってた、研究って何だ?」
「それは多岐にわたります。主な物は、魔法の研究と、それを応用した産業でしょう。工場だけでよろしければ、ご見学なさいますか?」
魔法の工場、それも過去のペスカが残した業績である。冬也は興味が湧き、少し目を輝かせた。
「良いのか? なあ、ペスカ。見に行こうぜ」
「まぁいっか。今日の予定は工場見学! クラウス、連絡よろしくね」
「かしこまりました」
ペスカは微笑を浮かべて、クラウスに指示を出す。冬也は、かしづくクラウスとシルビアの姿を見て、少しため息を吐く様に呟いた。
「お前って、本当にお嬢様だったんだな。全然そうは見えねぇけど」
「お兄ちゃんってば、何を今更。私って偉いんだよ。だからもう少し、丁寧に扱ってくれても。あぅ」
「調子に乗んな」
ペスカが冬也に頬をつねられて、会話が終わる。そして皆が朝食を食べ進める。朝食が終わると直ぐに、ペスカと冬也は工場に向う事にした。
「ペスカ様、私は同行出来かねます。ご訪問の旨は連絡は入れておきます。ごゆるりとご見学なさって下さい」
「ありがとうクラウス。じゃあ、行ってくるね~」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
クラウスを始め、沢山の執事やメイド達に見送られ、ペスカと冬也は屋敷を出る。ペスカは気にも留めない様子だが、冬也は気恥ずかしさを感じていた。
「兄ちゃん。こんな大勢に見送られるのは、なんか嫌だぞ」
「護衛が付くよりましだよ。お兄ちゃんは、バリバリの庶民だしね~」
ペスカは、既に観光案内しようと意気込んでおり、冬也の手を引いて先導する。そして二人は、街中をゆっくりと歩いていった。
「え~、右に見えますのは、ルクスフィア名物、魔法道具店でございます。生活に役立つ道具を、各種取り揃えております」
「へぇ~、すげ~な。ほんとに売ってんだな。なんか、家電屋みたいだな」
ペスカが指さす方向には、競う様に店舗が立ち並んでいた。店先には、多種の生活雑貨らしき物が並べられ、多くの客で賑わいを見せていた。
さながら量販店が並ぶ通りと言ったところだろうか。店舗により若干の個性は有るものの、主な品揃えは日用品が多い。
デパートよりも、バザールと呼んだ方が近いだろうか。賑わい自体は、日本と異世界は然程の変わりは無い。
物珍しさに興味を引かれ、冬也はキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。そして魔法道具通りを抜けると、再びペスカのガイドが始まる。
「さて、左に見えますのは、領内で最も行列が出来る、菓子店でございます。ルクスフィアを始め、各地から取り寄せた、お菓子が並んでおります。お土産に一つ如何でしょう?」
ペスカが指さしたのは、ひと際幅の広い平屋の店舗である。そこは魔法道具通りに引けを取らない活気に溢れていた。ペスカが言うには、この街は交通の要所らしく各地の名産が多く流通しているらしい。
「次に見えて来ますのは。うにゃ」
「それはもう良いって、ガイドさん。それより、ここが何なのか教えてくれよ」
然程、物事に頓着が無い冬也でも、中世風の街並みと流通商品の多さに違和感を感じる。ペスカはつねられた頬を擦りながら、少しむくれた様子で説明を始めた。
「仕方ない。じゃあ地理のお勉強ね。良いですか冬也君!」
「お、おう。先生?」
「ここは、ラフィスフィア大陸の南西に位置する、エルラフィア王国と言います」
「ほうほう、それで?」
「エルラフィア王国の王都リューレより南に、このルクスフィア領があります」
「ふ~ん。それで?」
「王都リューレの南西から、ルクスフィア領に隣り合う様に、メイザー領があります」
「ふ~ん、そっか」
「お兄ちゃん。理解してる?」
「いや、全くわかんねぇ」
あっけらかんと答える冬也。質問に答えただけにも関わらず、興味が無いのか冬也は理解を示そうとしない。決してIQが低くは無いのだ。冬也は、一度に沢山の事を覚えるのが、面倒なだけなのだ。
そんな冬也を、ペスカは深い溜息をついて見やる。
「せっかく教えてあげたのにさ。お兄ちゃんの残念脳」
「そう言われてもなぁ。何か有名なのって無いのか?」
「エルラフィア王国は、魔法工学が有名だね。特にメイザーとルクスフィアは、私の影響が一番大きい領地だし」
「ペスカ、そもそも魔法工学ってのは何だ?」
「魔法工学は、魔法の応用したものづくりの研究だよ。さっき売られてた道具の基本は、ほとんど私が発明したんだよ」
「すげ~な、ペスカ。他には何やったんだよ?」
「農林業や畜産業の育成をしたり、インフラ整備や都市開発に、関わったりもしたね。因みにこのレンガ造りの街並みは、私の設計だからね」
「すげ~なお前。天才か?」
「やっとわかった? ねぇ、撫でても良いよ」
のんびりと店や街並を眺めながら散策しつつ、ペスカと冬也はゆっくりと歩く。暫くすると、かなり大きなレンガ造りの建物が見えてくる。
「あれが目的地だよ。あの工場は、伯爵家のお抱え商人達が共同で運営してるの」
工場に着くと、既に入り口に老紳士が待ち構えていた。二人に近づくと、ゆっくりと丁寧に頭を下げる。
「ルクスフィア卿から連絡を頂いております。こちらへどうぞ」
老紳士に案内されて中に入ると、大勢の人達が作業を行っているのが見えた。
老紳士の説明では、この工場は国内でも数える程の規模を誇り、魔法道具の開発から生産まで一括で作業を行っている。そして、この街で暮らす男達の大半は、この工場で労働をしているらしい。
「手前に見えるのは、道具の組み立て。奥に見えるのは魔石の作成になります」
工場見学が開始し、老紳士が淡々と説明をしていく。最初に案内されたのは、魔法道具の核となる魔石精製の現場であった。
主に使用される材料は、ラフィスフィア大陸で採れる、特殊な鉱石であるラフィス石である。この鉱石はマナを蓄える性質を持つ為、動力源として用いられる。ただし、単なる燃料として使用する事はない。
鉱石自体に直接魔法をかけて加工する事で、半永久的に鉱石に封じた魔法を使用する事が出来る。即ち魔法が苦手でもマナの補充さえ出来れば、魔法と同じ効果を得られる代物である。
この原理こそが、魔法工学を語る上で最重要な事項である。様々な魔法を封じた鉱石は、用途に応じた道具の動力に利用される。
「魔法を溜める、電池みたいなもんか?」
「とりあえずお兄ちゃんは、その理解で良いよ」
続いて制作している製品の説明に移る。紹介されたのは、料理用の加熱器、保冷用の貯蔵庫、室温調節機、中には据え置きの通信機も有った。
そもそも冬也は、魔法を使う事から、ファンタジー感に溢れた物を想像していた。しかし紹介された製品を、見て思わず呟いた。
「IHに冷蔵庫、エアコン、電話って感じか。思ったより違和感がねぇな。それに生活用品が多いな」
「発想自体がほとんど同じだから、外見は似通うよ。ここで作ってるのは、主に生活用品だけど、王都では兵器工場もあるよ」
「どの世界でも、人間のやる事は変わらないって事か」
「科学の進歩と同じだよ。本当は、生活を豊かにする為に発明したのにさ」
最後に老紳士が案内したのは、試作工房だった。
「現在こちらでは、馬を使わない、自動運転の馬車を開発中です」
「車か? ガソリンを使わずに、マナで走るのか?」
「なかなか察しが良くなって来たじゃない。流石お兄ちゃん」
冬也が驚きの声を上げると、ペスカが笑みを浮かべた。はしゃぐ二人の様子を特に気にせず、老紳士は淡々と説明を行う。
「念の為、補足致します。一人用の物は、既に実用化されております。現在は、大型且つ誰でも使える様な物を、開発しております。本日のご案内は以上となります。お疲れ様でした」
全部自分の発明だと、胸を張り笑い声を上げるペスカを尻目に、淡々と案内は終了した。
☆ ☆ ☆
その夜、屋敷の一室にペスカとルクスフィア夫妻が集まっていた。静まり返る部屋の中で、クラウスが話し始める。
「ペスカ様、そろそろ出発なさるのですね」
「ペスカ様のご帰還と同時期に、モンスターの発生件数が、増大している様です。護衛の件は、ご再考頂けないでしょうか?」
「嫌だよ。せっかくのお兄ちゃんと二人旅なのに、邪魔しないでよ」
「ペスカ様は、冬也君が大好きですものね」
クラウスの提案を、ペスカは素気無く断る。それをシルビアが茶化す。シルビアは理解していた、ブラコンとも言えるペスカが護衛を付けるはずがない事を。
しかし、そんなシルビアの態度に、クラウスは眉を吊り上げて声を張り上げる。
「シルビア! そう言う問題では無いぞ! ペスカ様に万が一の事が有ればどうする!」
クラウスは、ペスカの身を案じている。対してペスカは、冬也との二人旅を邪魔されたくない。
「そんなに言うなら、お兄ちゃんをテストしてみなよ」
「てすと、とは?」
「お兄ちゃんとクラウスが試合して、見極めろって事。自分の目で確かめれば、納得するでしょ」
「お言葉ですが、ペスカ様。彼では、私と勝負にはなりません」
「クラウス。あまりお兄ちゃんを、甘く見ない方が良いよ。言っておくけど、ボコられるのは、クラウスだからね」
クラウスが肩を落とし、ペスカがニヤリと笑う。シルビアがそれを見てフフフと微笑む。
冬也に面倒なイベントが降りかかろうとしていた。