モーリスの縛めを解く為に、冬也が神剣を手に取る。そして豆腐でも切るかの様に、硬い鉄格子を易々と切る。
 そんな冬也の様子に、モーリスは目を見張る。次に冬也はマナを封じる特殊な枷を断ち切り、モーリスを完全に自由にした。

 久しぶりの自由を手に入れたモーリスは、ゆっくりと腕や足を動かす。満足に動かせないのは、わかっている。しかし今は動かせるだけで充分だ。モーリスは、少し笑みを深めた。そして、冬也に向かい頭を下げる。

「助かりました。私はモーリス。貴殿はペスカ殿のご同輩か?」
「ペスカの兄、冬也だ。よろしく」
「冬也殿の力はこの世の物では有るまい。凄まじい力だ」

 冬也は、ほんの少し神気を使っただけ。それでも、モーリスは理解した。その力が人のそれとは一線を画す力であると。
 冬也に頭を下げた後、モーリスはゆっくりと牢から出る。そしてペスカの前まで歩み寄ると、片膝をついて頭を下げた。

「ペスカ殿。誠にかたじけない。私はまたあなたに助けられた」
「モーリス、頭を上げなさい。あんたが生きていた。それがこの国の救いになる」

 モーリスの表情に笑みが浮かんだ。久しぶりの感覚だ、それこそ二十年も前の。その再現に、モーリスの心は弾む。それだけで弱り切った体すら、万全の時の様に動かせそうな気さえ起きる。

「全く、禄に動けやしないのに無理しないの。空ちゃん。干からびちゃった大木に、水を注いであげて」
「うん、わかった」

 ペスカは治療の魔法をかける様に、空へ指示をした。やつれた身体が元に戻る事は無いが、体を動かすエネルギーを少しは与える事が出来るはずだ。
 モーリスの体を空の魔法が包む。優しい光が、モーリスを癒していく。

 空がモーリスを癒している間、ペスカは空と翔一の紹介を始め、シュロスタイン王国を含む三国間の戦争と国の現状、帝国の現状、神の関与等を掻い摘んで伝える。概ね予想をしていたのか、然程モーリスに驚く様子は見えなかった。
 一通りの治療が終わると、モーリスは立ち上がる。そしてストレッチをする様に、ゆっくりと各部の動き方を確認する。先程よりは、幾ばくか体が軽い。

「空殿、ありがとう。素晴らしい治癒術だ。それに、あなたの隠蔽を見破れるのは、そう多くはない。素晴らしい才能をお持ちの様だ」

 空に対しても、モーリスは深々と頭を下げる。そして、再びペスカに体を向けて語りかけた。 

「やはり神が関与してましたか。賢帝の死と言い、大陸は予想以上に混乱状態に有るようですな」
「私は早い所、エルラフィア王国に帰りたいんだけどね」
「お気持ちはお察しします。それにしても、神二柱を倒されたのは流石ですな。だが、惜しい男を失くした」
 
 モーリスの表情が少し曇る。その表情を見て、冬也がモーリスに問いかける。

「なぁ、あんたはシグルドを知っていたのか?」
「存じています。剣を交えた事も有る。類まれなる剣の才、柔軟な対応力。何よりも素晴らしいのは、彼の誠実さでしょう。力に溺れず精進を続ける、それは中々に難しい。彼の様な男に、未来を託したかった」

 モーリスは思い出す様に、少し目を閉じて冬也に答えた。直ぐに目を開け、真剣な顔つきに戻る。

「ロメリア神にメイロード神でしたか。神の二柱が倒れたとは言え、未だ二柱が健在。厄介な事この上ないですな」
「まあね。だから、大陸の東側でもたついている場合じゃ無いんだよ」
「だとすれば、直ぐにこの現状を何とかせねばなりませんな。ペスカ殿、空殿、ご自身の周りに結界を張って下さい」

 モーリスの言葉通りに、ペスカと空は自身の周囲に結界を張る。結界が張られたのを確認すると、モーリスは大きく深呼吸をし、体内にマナを循環させる。そして、一気にマナを解き放った。

 モーリスから膨大なマナが解き放たれると、城に震度六程の大きな揺れが起きる。その揺れは城に留まらず、王都を巻き込む。兵達は座り込み、戦へと歩きゆく住民達は、訳が分からずパニックに陥った。

 揺れが収まると王都の様相は一変する。武器を抱える住民達はキョトンとした様子で、何故武器を持っているのかを不思議がり、武器を捨てそれぞれ自宅へ戻っていく。兵達は周囲の安全確認の為、城や王都を駆けずり始める。
 王都全体を探知していた翔一は、驚きの声を上げた。

「凄い! 一気に清浄化した!」
「まだだ、翔一。城の中に澱みが有る!」
「冬也殿の仰る通りですな。さて、行きますか」

 モーリスはゆっくりと歩き、地下区画を抜けて階段を上がる。階段を上りきった所で、兵士達がモーリスに気が付き、辺りは騒然となる。
 既にモーリスは、将軍職を剥奪され地下に幽閉されている。国王から牢に出す許可は出ていないはずだ。
 兵士達は慌てふためき、モーリスを捕えようと集まる。そんな兵士達の様子に、モーリスは声を荒げた。

「貴様ら! 今がどの様な状況か、わかっておるのか!」

 その一喝は、グレイラスの洗脳をいとも容易く打ち破る。それは、常日頃からモーリスに鍛えられる中で怒鳴られ続けた事が、深層意識の中に深く根付いていたからであろう。

 モーリスの言葉で、それまで動揺していた兵達が整然とする。

「それでも、シュロスタインの兵士か! 国を守るのが役目であろう! 民を守るのが使命であろう! 今は一刻も早く戦争を止めねばならんのだ! 急げ! 貴様らは民の安全を確保せよ!」

 兵士達はモーリスの命令通りに、王都内の状況と住民達の安否確認の為に走る。そしてモーリスは歩きながらも、通りすがる兵や、官職の者達に指示を与えて行く。

 モーリスの厳粛な雰囲気が伝播する様に、城内の雰囲気が変化して行く。

「ね? URクラスの凄い人だっていったでしょ」
「URがなんだかわからねぇけど、すげぇのはわかった」
「確かに、モーリスさんがいるだけで、城の雰囲気がガラリと変わったね」
「優しそうな人だと思ったけど、やっぱり少し怖いよ」
「だって、この国の将軍だし。この国を支える大黒柱だからね」
「翔一。あのおっさんに鍛えて貰ったらどうだ?」
「冬也? なに言ってんだい?」
「それが良いと思います」
「空ちゃんまで?」

 城内の雰囲気が変わった事で、四人の緊張感が少し緩んだのだろう。他愛のない話しを始める。しかし、そんな時間も長くは続かない。
 大きな戸の前まで歩いた所で、モーリスは振り返る。そして、真剣な眼差しになり四人を見つめた。その視線に空と翔一は圧倒される。

 そして、ゆっくりとモーリスは口を開く。

「この先には陛下がいらっしゃる。恐らく澱みの中心点が陛下です。皆様、私にお任せを」
「モーリス。大丈夫なんだね」
「ペスカ殿。痩せても枯れても、このモーリスは軍を預かる身。この身にかけて、事態を収拾致します」