ロイスマリアが惑星として誕生し、生命を育む様になる以前から、神は世界に存在する。生命を慈しみ育てた有史以前の神々は、歴史の発展と共に淘汰を繰り返して来た。
 生命とマナが存在するロイスマリアでは、生命が在って始めて神は存在を成し得る。それは、生命の歴史と共に変化を繰り返す。
 世界にとって必要とされない神は力を失い、世界が求める神が生まれる。

 台地に恵みを与える女神は、人々から深い信仰を受ける。また、時代が移り飽食に溢れれば、人は欲を抱き始める。その情念が集まり、混沌の神々は生まれる。

 そしてマナは、惑星のありとあらゆる物に宿り循環している。草を動物が食べる様に、動物を人間が食べる様に、マナは循環を繰り返し生命を潤す。
 神々は、生命とマナが循環し続ける様に、世界をコントロールする。時として、増えすぎた人類を減らす為に戦争を起こす。また災害を引き起こし、疫病を流行らせる。
 
 歴史が移り行く中、有史以来存在し続けている数少ない神の一人に、戦の神がいる。大きな力を持ち、戦いの行方を左右し、戦いをコントロールする。また、戦いの上で大きな信仰を受ける神。

 それが、戦の神アルキエル。

 神アルキエルにとって、戦の善悪は興味が無い。ただ、この世界の為に戦を起こし、それをコントロールするだけ。
 しかし神アルキエル自身も、時代と共に変化を繰り返して行く。有史以来、多くの強者と戦いつづけた神アルキエルは、戦いその物を欲する様に変わっていく。平和な世の中を否定する様に、強者を求め続ける。

 今回、神アルキエルは、気まぐれで混沌の神々に、手を貸しただけだった。どれだけ女神セリュシオネに言い含められても、本気で楽しむまでは戦を収める気は無かった。
 その結果得られた物は、戦いにおける久々の高揚感である。特にシグルドと言う人間と戦った時の事は、忘れられない。足りない。もっと面白い戦いがしたい。そして巡り合ったのは、神との混血の人間、神を倒す実力を持った人間。
 心の底から楽しめそうだと、神アルキエルは高揚していた。
 
「一つだけ、教えろ。シグルドと戦ったのはお前か?」

 混血如きに答えてやる義理は無い。早く戦いたい、殺し合いたい。そう考える神アルキエルは、少し眉をひそめる。しかし、きまぐれに語ってやる事にした。

「あぁ、そうだぜ。シグルドは強かったぜぇ」
「そいつは、今どうしてる?」
「馬鹿な事聞くんじゃねぇよ。俺を誰だと思ってるんだ」

 馬鹿馬鹿しい質問だ。神アルキエルは思っていた。自分と戦って生きている人間が、存在するはずが無いだろう。しかし目の前の混血は、殺意に溢れた神気を垂れ流している。
 詳しく話してやれば、もっと面白い戦いが出来るかも知れない。神アルキエルは、そんな事をぼんやりと考えていた。

「どうしてるって聞いてるんだ」
「聞きてぇのか? あぁ?」
「お兄ちゃん!」

 ペスカは、その先に有る言葉を聞きたく無かった。自分が命を救い世界を託した、数少ない信用出来る大切な仲間である。
 神アルキエルが現れた瞬間に、肌が粟立つのを感じた。こんな力を持った神に、ただの人間が勝てるはずが無い。
 答えは容易に予想が着く。しかし、その答えを受け入れたく無かった。

「早く言え! そいつはどうしてる」
「死んだぜ。俺が殺した」

 ペスカは激情に駆り立てられる。マナは揺らぎ大きく膨れ上がるのを抑えきれない。『今すぐ、こいつを殺したい』と殺気がペスカを包み込む。
 しかし、それは冬也に止められる。冬也は手を翳し、ペスカを制すると質問を続けた。

「どうやって、殺した? あの強いシグルドを、どうやって殺したんだ?」
「何言ってんだ、馬鹿か? 左腕を落として、右腕を落として、首を刎ねたんだよ」

 アルキエルの言葉で、ペスカの殺気が更に増した。
 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
 
「あいつはどうやって戦った?」
「あ~。勇敢だったぜ。一人で俺に立ち向かってよ。剣が通じなければ魔法で、左腕を落とされても立ち上がって、最後は俺に傷つけたんだ。初めてだぜ、人間に傷つけられたのなんてよぉ!」
「そうか。最後に何か言ってたか?」
「そういや、お許し下さいペスカ様とか言ってた気がするな? もしかしてお前の事か小娘?」

 ペスカから涙が溢れた。感情と共に、溢れる涙は止められない。

 悔しい、悔しい、悔しい。

 シグルドは最後まで私の命令に従って、国を守る為に戦った。嬉しい、それ以上に誇らしい。だけど、それだけに悔しい。何故、シグルドが死ななければならない。何故?
 私が命令したからか? 違う。シグルドは、いつでも勇敢に戦う男だった。だからこそ、信じた。だからこそ、未来を託せた。何故、あんなにも高潔で勇敢な男が、世界から消えなければならない。

 理不尽。理不尽。理不尽。

 悔しさで涙が溢れる。滂沱の涙は、止められない。

 一方、冬也の心は酷く凪いでいた。
 友人の死を知らされて、一時は激情に囚われた。だが冬也が知りたいと思ったのは、シグルドがどの様に戦い、勇敢な最後を遂げたのか。何を思い、何の為に命を尽くそうとしたのか。
 何かの想いを残して、逝ったので有れば、その無念を晴らしてやりたい。故に、冬也の心は酷く冷静に、凍てつく様に静かだった。

 そして、冬也はゆっくりと神アルキエルに向かい歩き始める。右手には神剣を携え、シグルドの想いを嚙みしめる様に、ゆっくりと歩く。
 
「シグルド。お前は勇敢に戦ったんだな。神に傷をつけたんだな。すげぇな。やっぱりお前はすげぇよ」

 冬也の呟きは、ペスカの耳にも届く。涙で視界を霞む目で、ペスカは冬也の姿を追う。そして、冬也はゆっくりと歩く。

「シグルド。いつかお前を超えたいと思ってた。先に逝くんじゃねぇよ、馬鹿野郎。勝ち逃げだろ」

 冬也は神アルキエルとの間合いまで近づくと、歩みを止めた。

「だけどな、シグルド。俺もお前に負けねぇぜ」

 冬也は神気を解き放つのでは無く、神剣に神気を溜める。冬也の神剣は、更に輝きを増した。

「おぅおぅ。ブツブツ呟いてよ。やっとやる気になったのか? 混血!」
「あぁ。確かお前は、最初にシグルドの左腕を落としたって言ったな」

 冬也が神剣を振るうと、神アルキエルの左腕がスッパリと切り落とされる。

 決して速い訳では無い。シグルドの俊足を遥かに上回る、アルキエルに避けられないスピードでは無い。しかし、アルキエルの左腕はあっさりと切り落とされる。

「ぐぁぁぁぁぁあ、いてぇえ! てめぇ何しやがった!」
「次は右腕だったな」

 再び冬也が神剣を振るうと、アルキエルの右腕が切り裂かれて、大地に落ちる。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ~! いてぇ、いてぇぞ、何だこれ! 何しやがった! ぐぅぇぁあぁあああ!」

 アルキエルが、避けられないはずは無い。しかし、アルキエルは両腕を切り落とされた。戦いに勝利するのに必要なのは、信念、覚悟。
 楽しむだけに戦おうとするアルキエルと、無き友の無念を晴らそうとする冬也の覚悟は、どっちが勝るだろうか。それは、語るまでもなかろう。
 
 ゆっくりと振るわれる冬也の神剣を、アルキエルは避ける事が出来なかったのではない。動く事すら出来なかったのだ。両者を包む戦いの空気を支配しているのは、冬也である。アルキエルは、気がつかない内に、冬也の闘気に縛られていたのだろう。
 両腕を失い、痛がり転げまわるアルキエルを見下ろして、冬也は言い放つ。

「シグルドは、悲鳴を上げたのか? 喚いたのか? どうなんだ? お前もシグルドの様に勇敢に戦えよ!」
「面白れぇ。面白れぇな混血。お前最高だぜ! これが痛みか! これが死の恐怖か! すげぇぞ、お前。もっと教えてくれよぉ!」