「冬也君。あなたも止めなさいよ。こんな馬鹿な事!」
「ラアルフィーネさんだっけ、久しぶり!」
「久しぶり! じゃ無いわよ。何してんのよ」

 怒り心頭のラアルフィーネを鎮める為に、ペスカが頭を擦りながら説明をする。

「女神ラアルフィーネ、これも作戦です。邪神達が我々を探しているせいで、三国が戦争に突入する可能性が有りました。戦争を未然に防ぎつつ、邪神を呼び寄せる。おまけに亜人達の憂さ晴らし、一挙両得の作戦だったのです。まさか、あなたがいらっしゃるとは」

 言い訳を最後まで聞く事無く、再び女神の拳がペスカの頭にさく裂する。

「言い訳しないの。早く騒ぎを止めるのよ!」

 頭を擦り涙目のペスカが、バトルロイヤルを止めようと振り返る。その時である。何も無い空間から声が聞こえた。

「それには及ばん。ようやく見つけた、クソガキ共よ」

 空間に亀裂が入り、どす黒く淀んだマナが溢れ出す。そして、禍々しい光が漏れ出すと、男が姿を現した。

「ラアルフィーネがいるのは、計算外だったが問題有るまい。全員消せば良いだけの事だ」

 地の底から響き渡る様な低い声は、おぞましさを感じさせる。男からは、禍々しい神気が吹き荒れて、戦いを繰り広げていた亜人達は、バタバタと倒れていく。
 ペスカ達に緊張が走る。そして、ラアルフィーネは、ペスカ達と亜人を庇う様に神気の幕を広げ、神グレイラスに対峙した。

「グレイラス、何しに来たのよ。この子達には手を出させないわよ」
「ラアルフィーネ、大地母神のお前に何が出来る。消されたく無ければ、下っている事だ」
「貴方ねぇ! 散々、ラフィスフィア大陸でやらかして! ここでもやろうって言うの!」
「ラフィスフィアでの事は、計算外だ。我の邪魔をするゴミのせいだ。お前も我の邪魔をしようというなら、そこの亜人共も一緒に始末してくれる!」
「それをさせるとでも?」
「仕方ない、先ずは邪魔なお前からだ。ラアルフィーネ!」

 ラアルフィーネは、ペスカ達を庇う様に神気を高める。それに対抗する様に、グレイラスは更に神気を高めて威圧した。

 神気がぶつかり合い、バチバチと火花を立てる。耐性の無い者は、次々と気を失っていく。ただそんな中、冬也とペスカは前へと歩みを進めた。
 
「ラアルフィーネさん、守ってくれるのはありがてぇけど、ここは俺達に任せてくんねぇか」
「そうだよ、ラアルフィーネ様。ここは、私達の出番だね。ラアルフィーネ様は、亜人達と空ちゃん達を守って下さい」

 ラアルフィーネは、ギョッとしてペスカ達を見やる。

「馬鹿な事を言わないで!」
「馬鹿じゃねぇよ。この為に、こんな騒動を起こしたんだ」
「半神に勝てる訳無いでしょ!」
「甘く見ないで欲しいですよ、ラアルフィーネ様。お兄ちゃんと私の力を」

 ラアルフィーネを押しやり、ペスカと冬也は神グレイラスの前に出る。

「舐めているのか、人間に混血。殺すなと言われているけど、息の根を止めなければ、問題無いか」

 禍々しい神気を更に高めて、言い放つ神グレイラス。だが冬也の神気も負けてはいない。

「舐めてんのは、てめぇだ糞野郎!」
「かかって来なよ。糞野郎!」
「あのゴミといい、貴様らといい、邪魔ばかりする!」
「なんの事を言ってんのかわかんねぇけどよ。逃げるなら今の内だ、てめぇじゃ俺に勝てねぇよ」

 冬也とペスカは、禍々しい神気を物ともせずに言い返す。そして、冬也は見破っていた。目の前に現れた神が、既に満身創痍である事を。そして、神気も弱っている事を。
 だからこそ、断定する様に言い放った。その言葉は、グレイラスを怒らせる。

 グレイラスは、周囲に禍々しい神気をまき散らす。ラアルフィーネは、倒れ伏す亜人達に向けて大きな結界を張る。そしてペスカは大声を張り上げた。
 
「空ちゃんは女神様と一緒に結界を強化! 翔一君は亜人達の治療を引き継いで! 二人共、ここが正念場だよ!」
「任せて!」
「わかった!」
「ちょっと、あなた達も来なさい!」

 ラアルフィーネは、ペスカと冬也にも結界内に入る様に命じる。しかし、空はラアルフィーネの手を取り、首を横に振った。

 本来の作戦であれば、キャンピングカーに入りペスカ達の援護をするはずだった。しかし、濃密な瘴気にも近い神気が周囲に溢れている。土地神、ラアルフィーネの加護を受けた空と翔一でも、この瘴気を直に触れれば、ただでは済むまい。

 何も出来ないならば、足を引っ張らない様に立ち回る。そして、ペスカと冬也は必ずグレイラスを打ち破る。それは、単に信じるというよりも、確信に近かった。

「女神様、ペスカちゃんと冬也さんを信じて下さい」
「そうです。冬也達は必ずやります。私達は、この人達を守りましょう」
「あなた達……。あなたは結界を強化しつづけなさい。私は、もう一つ結界を張る」

 ラアルフィーネは、空と翔一を見やり溜息をつくと、国境門周辺を大きく取り囲む様な結界を張る。

「この一帯の空間を遮断しました。グレイラス。これで、もうあなたは逃げられない」
「ラアルフィーネ、余計な事を。まあ良い。小虫共と一緒にお前も潰せば良いだけだ」
「女神の結界を甘く見ない事ね。冬也君、私は結界で手一杯になる。任せたわよ」

 神グレイラスの禍々しい神気は、ラアルフィーネが閉じた空間いっぱいに広がる。台地は腐食し、空気は淀む。息を吸えばたちまち死に至る。瘴気に満ちた空間は、さながら地獄の様相を呈していた。

 しかし、冬也は地獄の中でも平然と立つ。ラアルフィーネを見やると、静かに大きく頷いて神剣を権限させる。そして、ゆっくりとグレイラスに歩み寄る。
 
「生意気な目だ。あのゴミと似た目。気に食わないな」
「誰の事言ってんだか知らねぇけど、油断してていいのかよ」

 グレイラスは怒りの余り忘れている。敵は独りだけじゃない。冬也に目を向けている隙に、ペスカが呪文を詠唱する。

「天より来たり、邪を滅せよ。その魂を永劫に消し去れ! 破邪顕正」

 呪文の詠唱と共に、ペスカの柏手が鳴り響く。見る間に周囲から清浄な光が広がり、禍々しい神気を抑え込んでいく。自分の神気が抑え込まれて行く状況に、グレイラスは眉をひそめる。

 グレイラスは、油断するべきでは無かった。二人は、人を簡単に殺す瘴気の中でも、平然としている。二人は邪神との戦い方を知っている。既に邪神ロメリアを二回も、消滅の瀬戸際まで追い込んだのだから。

 冬也はゆっくりと歩きながら、虹色に輝く剣を現出させる。冬也の神気で作られた、邪悪を切り裂く剣。軽く振るだけで、神グレイラスから放たれる瘴気を消滅させていく。

 対するグレイラスは、身に纏う禍々しい光を剣に変え構える。そして大きく剣を振り、光の斬撃を放った。かつてシグルドと対峙した時に、放った技である。しかし同じ技が、神剣を持った冬也に通じるはずが無い。冬也は回避するまでもなく、光の斬撃を切り裂いた。

「そんなもんかよ。神が聞いて呆れるぜ」
「図に乗るな、混血ぅ! 貴様如きが、神を語るなぁ!」
「そりゃ、てめぇだろうが! 神ってのは、プライドかなんかか? 違うだろ! てめぇは、糞野郎の足元にも及ばねぇ、糞雑魚だ!」

 グレイラスの目には、狂気が浮かぶ。そして何度も、何度も、光の斬撃を放ち続ける。冬也は尽く切り裂き、ゆっくりとグレイラスに近づく。グレイラスの目の前まで近づいた冬也が、神剣を一振りする。グレイラスは、冬也の神剣を受け止めようと剣を構えるが、一瞬背に痛みを感じ怯む。

 そして冬也の神剣は、グレイラスの剣を体ごと両断した。