そこは深い森の中だった。少年と少女は正に命の危機に晒されていた。彼らが対峙しているのは、身の丈三メートルは有るだろう何か。地球上では見た事もないそれは、赤黒い皮膚に大きな羽を持つ、まさに怪物といっても過言ではなかろう。

 それは日本で育った者には思いも寄らない、死と隣り合わせの非日常だった。命など、紙切れ程の価値しか無い事は見るも明らかだ。
 怪物は大きな口から鋭い牙を生やし、ダラダラと涎を垂らしている。それは正しく狩人と獲物の図であろう。そう、何かにとって小さな二人は、単なる餌に過ぎない。
 
 いつの時も、弱者はどれだけ抗おうとも強者に嬲られ捕食されるだけだ。

 じりじりと何かに対し、少年達は距離を取ろうと後退る。音を立てぬ様に、一瞬足りとも目を逸らさぬ様に。しかし、何かは狩りを止めようとはしない。空腹を満たすのを諦めようとはしない。

 やがて怪物は、威嚇とばかり大きな爪を振るう。その度に、土煙は巻き起こり木々が弾け飛ぶ。少年達はその身を小さく屈めては、飛んで来る木の欠片や土辺に耐えていた。
 そして怪物は、彼らが身を屈めた隙を逃さない。一歩、また一歩と、その爪が届くまで彼らに近付こうとする。

 呼吸すら忘れる程の緊張が少年達に走る。ほんの僅かな隙さえもが命を落とす事に繋がるのを、彼らが理解しているからだろう。にじり寄る怪物から少しでも距離を取ろうとする。
 しかし、そんな攻防も長くは続かない。腹を空かした狩人は、ご馳走にありつくのを待ったりは出来ない。
 
 それは刹那の出来事で有った。

 ふっと怪物は少年達の眼前から姿を消す。そして次の瞬間には彼らの背後に回り込み、その大きな爪を振り上げていた。

 怪物の気配を察知出来ただけ、驚くべき事だろう。それは、生きようとする意志が成した技なのか、それとも火事場の馬鹿力と呼ぶべきものなのか。
 いずれにせよ、少年は少女を庇う様にして怪物の前に立ち塞がる。そして大きな爪は、少年の肩口を抉り取らんばかりに振り下ろされる。そして少年は爪を避けようと、一歩後ろに下がった。

 爪が少年の肩口を掠める。大量の血が肩から噴き出す。その痛みで少年は目の前が真っ白になる。だが、気を失う訳にはいかない。次の攻撃がすぐそこまで迫っているからだ。
 このままでは二人共に怪物の餌食になってしまう。そう考えたのだろう少年は、少女を突き飛ばす様にして怪物から距離を取らせる。しかし、それも遅く鋭利な爪が少年の首先に迫っていた。