「じゅりさん」
 大変嬉しそうに、尚樹くんが俺の名前を確認するように呼ぶ。
「尚樹くん」
 俺も同じように、確認するために名前を口にしたら、ただそれだけで楽しくなっている自分がいた。
 尚樹くんは、俺に名前を呼ばれて、ふやけたように笑った。

 尚樹くん、ごめんな。
 俺は造花の薔薇でしかない。
 朝露だって、透明なボンドでできている偽物なんだ。

 でも引き返せない。
 薔薇の棘は自分にだけ刺さればいい。
 痛い思いをするのは俺だけでいい。

 クロスバイクを走らせながら、俺は風を切ってカフェに戻る道を急いだ。