「はい・・・姉ですが・・・」
 恐る恐る答えると、彼は
「そうなんですね!美人姉妹ですね!」と、嬉しそうに言っただけだった。
 バレてなかったー!
 セーフ。
 脅かすなよー。
 俺はほっと胸を撫でおろした。

「あの・・・もし、良かったらなんですけど・・・僕と、お友達になってくれませんか!!!」
 彼が、急にもじもじし始めたと思ったら、突然立ち上がり、セリフ練習をしていたときよりも大声でそうのたまったもんだから、俺は目を見開いて驚いた。
 高架下でエコーがかかったかのように、少し高めの上ずった声が響いていた。

 綺麗にカールさせた睫毛を瞬かせながら、しばし考え込む。
 まあ・・・友達なら、いいか。
 彼としては無自覚だが、女装姿を何度も褒めてくれたことも、その気持ちを後押しした。
 軽い気持ちで承諾する。

「やった!」
 彼が嬉しさのあまり飛び上がってガッツポーズをした拍子に、彼の傍に置かれていた炭酸水のペットボトルが勢いよく倒れ、ボトル内が泡だらけになった。

 ひどく嬉しそうに喜ぶ彼とは対照的に、俺はほんの少しの罪悪感を感じ、チリッと焦げつくように胸が痛んだ。
 いいのか?
 今なら引き返せるぞ?
 やっぱり無理と言った方が、こいつのためなんじゃないのか?
 後で傷つくのはこいつだけじゃないぞ、お前もなんだぞ。
 心の中でいろんな自分が行く末を忠告する声が聞こえたけど、俺は「天然水」と書かれたペットボトルの中で泡がプチプチと弾ける様子をただぼうっと眺めているだけだった。

「あの、名前教えてもらってもいいですか?
 僕は三宅尚樹といいます。尚樹って呼んでください」
「えっ!?」
 しまった。
 さすがに女装のときの名前設定までは考えていなかった。
 困ったな。どうしようか・・・と思った矢先、朝露に濡れる薔薇の名前を思い出した。
「じゅ、じゅり、です・・・」
 名字までは思いつかず、ひとまず下の名前だけ告げる。
「じゅりさんなんですね!ジュリアと同じですね」
 尚樹くんは俺の下の名前を聞いただけで満足したようで、それ以上は聞かれなかった。今後もし聞かれたら「名字はヒミツ」とでも言っておくことにしよう。
 そのままの流れで連絡先を交換したが、滝沢柊二の名前で登録している連絡ツールは教えることができず、SNSはアカウントを持っていないのと誤魔化し、電話番号だけ伝えてショートメッセージでやり取りすることで事なきを得た。
 この女装姿で友達をつくるのは、色々と綱渡りだ。
 尚樹くんを最初で最後にしたい。