あまりにも俺が呆けた顔をしていたのだろう、今度は逆に彼の方が不思議そうな表情をした。
 慌てて顔を元に戻し、なぜ自分のことを知っているのか聞いてみたら、どうも彼は俺の家のカフェに足繁く通っている客の一人らしかった。
 彼を隣のクラスの男子だと分かったのは良かったものの、彼がカフェに頻繁に来ていたことを覚えていなかった自分を心底呪った。

「いつも来ていただいてありがとうございます」
 引きつった顔で社交辞令を返すしかない。
「いえ、そんな・・・。こちらこそ、いつも可愛らしいお姿を見れるだけで眼福なので・・・」
 傍から聞いたら、結構キモいストーカーみたいな発言をされていたのだが、彼を覚えていなかった自分にショックを受けていた俺はそこまで気が回らず、その発言をなんとなく流した。
 立ち話もなんだし、という雰囲気になり、どちらともなく高架下の日陰になっている河川敷に座る。
 二人とも川の方を向いて座り、ゆっくりと流れる水の音を聞きながらしばらく無言になった。
 無言の間、フル回転していた頭がようやく落ち着き、動揺が収まってきた俺は、先ほど彼が発した発言の「可愛らしい」という俺の見た目を褒めた部分だけを思い出して、ふと彼をからかってやろうと思いついた。

「あの、さっき私のことを『可愛らしい』って褒めてくださいましたよね?」
 ほんの少し流し目で彼を見る。
「は、はい・・・」
「それって、『朝露に濡れる薔薇のよう』、ですか?」
 俺は、彼が今しがた練習していた演劇のセリフを返してやった。

「あ・・・はい!!
 でも、ジュリアよりも美しいです!!」
 彼は再び顔を真っ赤にしながら、演劇での口説き相手の名前を引き合いに出して、さらに褒めてくれた。

 ジュリアよりも、って、台本には顔は書いていないだろうに、誰と比べてるんだ?
 こいつ、童貞なのか?
 俺は内心呆れながらも、悪い気はしなかった。
「ふふ、ありがとう」
 お礼にニッコリ微笑んでやる。

 俺の笑顔にあてられた彼は、しばらく俺の顔に見惚れた後、そういえばという顔で
「あのカフェ、もう一人女性の店員さんがおられますけど、もしかしてお姉さんですか?」と核心を突いてきた。
 実は、姉ちゃんも俺と彼と同じ高校に通っているのだ。
 ドキリとした。
 やべ、そっちからバレたか?