高架下では、俺と同じくらいの年齢と思われる半袖Tシャツ姿の男の子が、手に何か冊子を持ちながら声を張り上げていた。
 俺は少し離れたところにクロスバイクを静かに停め、その様子を伺う。
 川に向かって声を張り上げている後ろ姿だけが見えていた。

「ああ、ジュリア、君は朝露に濡れた薔薇のように美しい。どうかその美しい姿をもっと近くで私に見せてくれないか」
「決して外見だけではないよ。君が語り尽くせないほど美しいことは僕が一番分かっている。僕にとっては、君のすべてが美しいんだ」
「もちろんだ。君の弱いところも、君自身が自分を嫌だと思っているところも含めて美しいよ。僕はジュリアの全てを愛しているから、君に傷つけられるなら、それすら僕の本望だ。君のありのままを受け止めるよ」
 
 彼が何か演劇の練習をしているんだなということは、その喋っている内容から推測できた。なるほど、恋愛物のストーリーのようだ。練習している場面で、彼が演じている役はまさに相手の女性を口説こうとしているところだった。
 高架下なので、愛の言葉を語りかける声がよく響く。
 素人意見だが、彼のセリフ回しは抑揚があって聞き取りやすく、役柄の感情が伝わってきて、正直うまいと思った。
 あとは、俺の地声よりも少し高めの声がいい。うわずったように聴こえる声の高さが、恋する若い男の役にぴったりだと感じた。

 彼がひととおりのセリフを言い終えたところを見計らって、俺はぱちぱちと拍手をしながら彼に近づいた。
 どうやら誰かに聞かれていると思っていなかったらしい彼は、拍手の音を聞いてギョッとした顔でこちらを振り向いた。
 と、振り向いたその顔に見覚えがあった。

 こいつ・・・隣のクラスの男子じゃないか!

 女装姿で同じ学校の人間に自分から接近してしまったことを激しく後悔したけど、時すでに遅し。
 かろうじて体育の時間が一緒になるくらいの関係性だったため、彼の名前すら知らなかったことがせめてもの救いだった。
 おそらく向こうも同じような認識だろう。
 このまま正体がバレないようにするしかない。

「お上手ですね。何の練習をされていたんですか?」
 1オクターブ高い声で話しかける。
 彼は俺の顔を見て、なぜか一瞬、ハッとしたような表情をしてから、顔を真っ赤にしてうつむいた。
 不思議に思って首を傾げていると、意を決したように顔を上げた彼がとんでもないことを言い始めた。

「あのっ、この近くのカフェで働いている店員さんですよね?
 いつも可愛いなと思って見ていました!」

 な、何だと!?