6月に入って最初の日曜日だったと思う。
 土日は客が多いため、ランチタイムが午後2時に終わり、客が一気に店内からいなくなった後、ホールを回していた俺と姉ちゃんはへろへろに疲れていた。
「今日は晴れてたから客多かったね・・・」
「うん、そうだね・・・」
 俺たちがそう言い合いながらトイレの鏡を使って各々メイク直しをしていると、キッチンで調理していた母さんから「柊二、ちょっと」と呼び出された。
 キッチンとホールを繋いでいるカウンターから顔を出すと、食材が足りなくなってしまったらしく、急きょ近場のスーパーに買い出しに行ってくれと頼まれた。
「やったね、気分転換!」
「いいなー、私も休憩したい。オーナー、従業員に休憩はないんですかぁー?」
「身内にはありません。お客さんがいない今が休憩時間です」
「えー!ひどーい」
「い、行ってきまーす!」
 姉ちゃんの不満が自分に向けられる前に、俺は愛用の白いクロスバイクに乗ってカフェを飛び出した。
 
 6月に入ったばかりでも、まだまだ新緑の青っぽい匂いがむせ返るようだった。
 カフェの制服が長袖のブラウスなので、立ち止まっていると多少は汗ばんでしまうけど、風が気持ちいい。
 青空の下、クロスバイクを運転しながら、髪(と言ってもウィッグの毛だけど)がふわりと後ろに流れるのを心地よく感じる。
 今日みたいな天気のいい日に買い出し頼まれてラッキーだなーと思いつつスーパーに着いたものの、目当ての食材が売り切れていた。
 急いで母さんに電話し、どうするか指示を仰ぐと、「後数時間で閉店だし、もうその食材を使うメニューを完売で終わらせるから、そのまま帰ってきていいよ」とのことだった。
 そうは言っても勢いよくカフェを出てきた手前、姉ちゃんには悪いけどすぐには戻りたくなくて、俺はその日のカフェ店員をサボることにした。

 サボることにしたと言っても、急いでいたので黄色のソムリエエプロンまで着けたまま出てきていたことに今更ながら気づき、カフェ店員感丸出しだな・・・と考えながら、ひとまず行きとは違う道を通り、歩いて遠回りをすることにする。
 クロスバイクを押しながら歩いていても、程よく風が吹いていて、俺は思わず目を閉じて顔を上に向けた。
 顔に降り注ぐ日の光に対しても「日焼け止め塗ってるから大丈夫」などと思っている自分に少し驚く。
 風を感じながら佇んでいたら、どこからか張りのある声が聞こえてきたので、目を開けて声がしてきた方向を探したところ、川沿いの高架下のようだった。
 好奇心を刺激された俺は、高架下に向かうことにした。