期末テストの期間中、尚樹くんとほとんど会わないでいいように、学校にいる時間をできる限り少なくなるように心血を注いだ。
 テストの開始時間ギリギリに学校に到着するようにしたし、テスト終了後は走って帰った。

 テスト最終日も、両親にはこの日からバイトに入ると宣言していたので、打ち上げやらない?という友達の誘いを断り、足早に帰宅しようと下駄箱で外靴を持ち上げたそのときだった。

「滝沢」
 尚樹くんから、そう声をかけられた。

 一番会いたくない人なのに、その人を避けるために急いで帰ろうとしていたのに、こんなとき、こんな状況なのに、俺は、あの少し高めの彼の声で自分の本当の名前を呼ばれたことに感動してしまい、心が震えた。
 あまりにも自分がみじめで笑いそうになる。
 どれだけ、彼のことが好きなのだろう。

 ゆっくり声がした方を振り返ると、あの日以来の尚樹くんが立っていた。
 ああ、学校の制服を着た君と向き合える日が来るなんて。

 眉間にしわが寄った彼の顔を見るのは初めてだった。
 彼への申し訳なさと怖さとで、先ほどの高揚した気持ちから一瞬で転落し、俺は逃げ出したい衝動にかられたが、「話がある」と言われて逃げるわけにもいかず、人があまり来ない場所である校舎の端っこにある階段下に二人で無言のまま移動した。

「これ、返す」
 彼から手渡された紙袋に入っていたのは、あの日俺が捨てた「じゅり」のウィッグだった。
「なんで・・・?」
 訳が分からないまま、頭に浮かんだ疑問を口にするので精いっぱいだった。

「滝沢の女装、完璧だったよ。
 言われるまで分からなかった。
 見た目だけじゃなくてさ。
 お前は必要だから女装してたんだろ?
 だったら、これからもすればいいと思う」

「ありがとう・・・」
 思わず涙目になってしまい、俯いた。
 ぽたりと、床に一粒涙が落ちた。
 「じゅり」は確かに、俺の一部だから。
 
 俯いたまま、じっとウィッグを見つめる。
 ウィッグは、丁寧に扱われて癖がつかないよう、慎重に紙袋の中に納まっていた。
 俺は涙がウィッグに落ちないように、目の際をそっと拭った。