電話やメッセージは「じゅり」としてのボロがどこで出るか分からないから、俺の中で自分からは連絡しないと決めていたはずだった。
 それなのに、期末テスト前日である日曜日の夜、ついに自分のルールを破って、俺は尚樹くんに電話してしまった。
 高校生になって初めての期末テストを前に、極度に気持ちが不安定になっていたせいだと思い込む。
 気がついたら、電話のボタンをタップしていた。
 呼び出し音が鳴り始めてハッと我に返ったが、どうせ着信履歴も残るし、どのみち電話に出るかどうかも分からないし、と自分に言い訳をしてそのまま彼が出るのを待った。

 2コール目で電話に出た彼は、ひどく舞い上がっていたように感じた。
「じゅりさんから連絡くれるのって初めてですね!」
 尚樹くんの浮かれている気持ちが伝わってきて、思わず
「うん、なんか尚樹くんの声が急に聴きたくなっちゃって・・・」
 と、こぼしてしまった俺がいた。

 自分でも驚くほど、甘ったれた言い方をしている、と思った。

 それは彼も同じだったようで、スマホの向こう側で尚樹くんが無言で息を呑んだ気配を感じた。
「・・・話したいことがあるから、少し会えませんか?」
 彼からそう提案される。
 今の自分が喉から手が出るほど欲しい言葉だった。

「うれしいな。いいよ?」と答える俺の声は、いつもの地声より1オクターブ半くらい高い声だった。

 カフェの近くにある公園で会うことになった。
 最初はあの高架下でとも思ったけど、彼から「あの辺りは夜暗いから、女性が一人で来てはダメです」と止められた。

 公園に向かうためにメイクをしているとき、大事なことに気づく。
「女装の私服持ってない・・・!」
 慌てて姉ちゃんに助けを求めたが、「デートする訳じゃなし、Tシャツとジーパンで行きな。令和の時代は男女兼用が流行りだから」とあっさり断られ、仕方なく俺の私服でビッグサイズのTシャツとジーパン、それと尚樹くんの高架下はダメだという忠告をヒントに、髪型から一見して女性(女装)姿だと分からないよう、キャップを被っていくことにした。

「行ってきまーす」
 テスト前日だというのに、俺のテンションは急上昇して戻らないまま、家を出た。