あれ以来、体育祭での彼の姿が忘れられない。
 ことあるごとに、これまで自分に向けられたことのないあの弾けるような笑顔とか、グラウンドを駆け抜ける姿とか、楽しそうにキレキレのダンスを踊る姿とかがふいに目の前に蘇り、その度にその理由が分からなくなる。

 別に彼が体育祭で活躍したというただそれだけの事実なのだが、なぜ自分がこんなにもその姿に囚われているのか。
 演劇部だからといって油断していたから?
 事前に何も聞いていなかったから?
 リレーであんなに注目されるようなことをすると思っていなかったから?
 そのどれもが違うような気がする。

 尚樹くんを学校内で無意識に探し求める時間が増えていることに気づいたのは、なかなか姿が見られないときに落胆している自分がいることに愕然としたときだった。
 これでは、まるで俺が彼に片想いしているみたいじゃないか。
 俺は頭を振り払い、一方的に学校での彼に度肝を抜かれたことが悔しいと感じているだけだろうと無理やり結論付けた。
 自分の負けず嫌いに火がついたのかもしれない。

 それ以来、「じゅり」としての俺は、どうしたって学校での自分とバランスを取るかのように、必要以上に彼に対して接近してしまうようになった。
 彼にも、自分と同じような感情を味わせてやりたい。
 そんな気持ちが勝ってしまい、他の客がいてもカフェで声をかけたり、じっと彼の目を見つめて話したり、あざとく小首を傾げたりしてしまう。
 電話やメッセージで、気のあるようなことをそれとなく言ったり伝えてしまう。
 
 頭では分かっている。
 尚樹くんは「じゅり」に好意を持っているから、俺が簡単にそう行動するだけで、嫌でも「じゅり」との距離が縮まることに。
 これ以上は彼に近づいてはいけないと思いながらも、どうしても自分の行為が止められなかった。
 
 俺は、当然の結果として、彼からの視線や言動が、「じゅり」に対する甘さを急激に持ち始めたことを感じ取っていた。
 最初に思ったのは、戸惑いよりも嬉しさだった。
 避けたいけど避けたくない。
 応えられないけど応えたい。
 二律背反の併存できない感情に、余計に自分が振り回される状態に陥っている。

 「じゅり」のときの俺と普段の俺は、尚樹くんに対する立場が逆転する。
 くるくると立ち位置が変わり、その度に真逆の立場を行ったり来たりしているうちに、俺はだんだんと頭の中が混乱してきてしまい、常に心が書き乱されているような気がしてきていた。