「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
 俺は来店した客を爽やかな笑顔で出迎え、空いている席に座った客のもとに、メニュー、おしぼり、それから水を用意して、厚底スニーカーを履いた足で運ぶ。
 ここは親が経営しているカフェだ。高校生になったら強制的に店員としてバイトすることになっているので、姉ちゃんは去年から、俺は今年から働いている。ただし、身内なので、バイト代が最低賃金以下なことに不満がある。家族経営なので、俺たち家族以外に従業員はいない。
 頃合いを見計らって、メニューを決めただろう客のもとに赴き、注文を取る。
「店員さんのおすすめってどれですか?」
 そう聞かれたとき、俺はセミロングのアッシュブラウンカラーの髪を耳に掛けながらこう答えることにしている。
「そうですね、メニューについている『オススメマーク』はよく売れているメニューにはなりますが、私個人としてはどれもおいしいので、どのメニューを選んでも後悔はさせませんよ~?」
 極めつけは、客の顔を覗き込みつつ、口角をキュッと上げたとびきりの営業スマイル付きだ。今日のリップはこないだ買ったばかりのシアーリップをつけていたから、唇の艶には自信があった。
 俺にそう言われた客は、「ほらー、美女店員さんがそう言ってるんだから、まずはオススメマークがついているやつにしよ!」と、ようやく注文を決めた。

 滝沢柊二、高校1年生。
 バイトのとき限定だが、女装男子である。
 きっかけは、去年のハロウィンだった。
 ハロウィンパーティーに行くと言ってイベントメイクをしていたノリノリの姉に目をつけられた結果(今考えても、受験生だったこっちからしたら結構迷惑な話だった)、遊び半分でメイクされ、カラコンもつけられ、ウィッグを被せさせられたら、自分でも驚くほど似合ってしまったのだ。
 家業のカフェ店員をしていることは高校で出会った友人には知られたくなかったこともあり(小学生や中学生の頃、親がカフェ経営をしていることでからかわれたり、店に入り浸られた結果親に迷惑をかけたことがそれなりにあって以来、高校以降は家業のカフェを隠そうと心に決めていた)、女装姿で働くことにしたのだけど、これが案外バレない。
 もともとカフェは高校からかなり離れた場所にあるが、同級生が来たときはものすごく緊張したのに、向こうはこちらに全く気づかないため、笑いそうになるくらいだった。
 それもそのはず、胸のところにタオルを詰めたカップ付きキャミソールまで着ているのだ。さらに声も1オクターブ高めで喋っているし、6センチくらいの厚底スニーカーで身長も念入りにカモフラージュしていた効果もあると思う。
 自分の女装レベルの高さが一気に楽しくなり、姉に教わりながらメイクも習得した。今では自分で新作をチェックして化粧品を買っている。
 俺の女装スキルはみるみる上達し、直接の原因だった姉ですら「やだぁ、なんで弟の方が女の私より美しくなってるの?」と怪訝そうな顔をされるぐらいのレベルになっていた。