夕刻の蝉音が滲む7月の屋上。あぁ今年も夏が来たなと感慨に耽ける。

「……」

 僕は目を閉じ、昔のことを思い出す。
 この時期は毎年、父と流星群を見ていた。ペルセウス座流星群、日本のほとんどの場所で見ることが出来る。堕ちゆく星々に、幼き僕はいくつも願いを込めたものだ。毎年来るそんなありふれたことが、夏休みの楽しみだった。
 今年の流星群は例年に比べて特に極大らしい。今の僕は流星になにを願うだろう?これから全てを終えようとしてるのに、そんなことをふと思った。

「……」

 夏風と共に一羽の鳥が山から天に飛んでいくのが見えた。羽ばたく鳥を見て、また思いを馳せる。
 夜鷹(よだか)と言う僕の名は、父がつけたもの。宮沢賢治の小説からとったそうだ。天に昇り、最後は星になった夜鷹。幾度も聞かされた夢物語。

「……」

 傍らに置いてある望遠鏡を指でなぞる。父に買ってもらった少し高価な望遠鏡。天文学部は僕独り。
 父は…本当に星が好きな人だった。だから僕も同じように好きになった。父の名残として様々なことが僕に根付いている。
 だからこそ、心の底から憂鬱になった。

「…どうしようもない」

 本当に、どうしようもない人だった。
 潤んだ夏風が頬を撫でる。もうすぐ盆だ。

「……」

 陽光に温められたフェンスに手をかける。焼けるような熱が手に伝播したが、手を離す必要などない。軽微な火傷など死に体には些末なものだ。

 今日、僕は死ぬ。今、この場で。

 天を仰ぐ。夜鷹が堕ちる。物語の端末は存外あっけないものだ。

 フェンスを乗り越えようと身を乗り出したその刹那──

 ギィッ!

 屋上の重厚な扉が開く音がした。