放課後。
 学校を出て、駅の方角へ自転車で向かう。
「微妙に遠いんだよね……」
 朝とは反対側の国道を通り、駅前の道へと続く。交通量も多くなってるので注意が必要だ。
 五月の半ばとなり、すっかり陽は長くなった。オレンジ色の街の中、人の波を避けながら目的地へと急ぐ。
 駅裏から続く大通りの一角にそれはある。何てことはない、ただの塾である。
「こんにちわー」
 挨拶をして塾内に入る。大手の塾ではないが、それなりの規模を誇り、県内では有数の進学塾だ。昨今の有名進学塾と同じように、模擬試験や定期テストである一定の成績を取得できないと入塾許可が降りない仕組みとなっている。私は中学から通い続けてるので、そこまで難しいものではなかったけどね。
 席順も決められているので、教室内に入ると私は定位置に座る。その隣には既に同じ塾生が座っていた。
「……」
 互いに目は合わさず、会話もしない。
 まぁ、いつものことだよね。
「ふぅ……」
 隣の男が溜め息を盛らす。
 その溜め息に対して、私は前を向いたまま、勝手知ったるかのように、声をかける。
「だるそうだね」
「まぁな」
 言葉を返す川崎くん。何てことはない、ただのカーストトップで陽キャの川崎春樹くんである。
 川崎くんはだるそうに体を椅子に預ける。いつも紳士を見せつけてる学校では見れない光景だったりする。
 チラっと横目で私を確認すると、すぐに視線を戻し続ける。
「はぁ、もう面倒くさくてさ、今日もキレそうになったわ」
「あ、川崎くんのお母さん? 細かいよね」
「ホントそれな、相変わらずクソだわ……」
 学校とは全く違う、こちらではいつもの川崎くん。実は中学からの付き合いだったりする。と言っても塾でだけの、しかも他愛もない話する程度の仲だけど。
 それがまさか同じ高校に入り、しかも紳士陽キャだとは思わなかったけどね。あのギャップには面食らっちゃった。
 口調も距離感も学校のそれとは異なるのは、陰キャの私に合わせてくれてるのか、もしくは見下しているかだろう。おそらく後者だろうけど。だから校内では私みたいな人とは"適切"な距離感を保つし。
「星村さんのとこはいいよな、結構、適当じゃん」
「適当っていうか、放任っていうか」
「……うちは全部に口出してくるからさ……部活までだぞ、やってらんねーわ」
 川崎くんの家庭の事情は複雑……までは行かず、単に彼の親が過干渉であるというだけ。何というか、あれやれこれやと高い要求を押し付けてくる。今風に言うと毒親ってやつかな?
 中学の時は、川崎くんの親が塾まで来て暴れてるのを目撃したものだ。私はそれで事情を知ったんだけど、ここ最近は見かけてない。川崎くんが上手く抑え込んでいるのかもしれない。
「それに学校生活もな……毎週担任に電話して、態度とかチェックしてる」
「おー、マジか……」
 そこまでやってるのか……塾で見かけないと思ったら、学校にシフトチェンジしてたとか? いやぁ……それにしても、うちの親とは全く違うね。
「息詰まりそうで死にそう」
 そう言って川崎くんは机に顔を伏せ、足を小刻みに揺らす。
「まぁ、頑張って」
 私はそう言って、適当に慰める。いや、そう言うしかないじゃん。無責任なことは言えないし、興味もないし。
「うっわ、出たよ。適当」
 川崎くんは顔を上げて、ため息まじりに私を見る。やめて、そんなイケメン哀愁で私を見ないで。人見知りだから目は逸らすから。
 そして授業が始まり、私たちは黙って板書を取る。
 シャープペンがノート上を走る音と講師の声が響き渡る教室で、先ほどの俺達の会話は無へと追いやられる。時間の経過と共に心情は元に戻り、思考の必然性は途絶え、始まりの時間へと戻る。
 授業が終わると私たちはいつも通り、挨拶も無く教室内で別れ、それぞれの帰路へと着く。
 これが私たちの塾内での日常だ。中学時代から続いてる、何の変哲もない、普通の光景。