いや、別に死にたいわけじゃないよ。だって、痛いし、怖いし。
ううん、極端なんだよ。生きたいか、死にたいかだけで考えないで。
え? だからといって、生きたいわけじゃないけど。
何となく普通に生きて、普通に死ぬんだったら、今死んでも誤差だよね、って気持ちみたいな?
「はぁ。もう、相変わらず……」
私の立て続けの言葉に、弟は溜め息を吐いた。
「それより、何か用だったんじゃないの?」
鏡に向かったまま、視線を弟に向ける。背が高く大人っぽくなった弟はモデルのような外見だが、流れる黒髪から漏れる表情は、呆れたような、不安そうな、そんな懐かしい表情だった。
「姉さんの様子を見に来たのが、その用だよ」
「そう、いつも悪いね」
「他人事みたいに……ちゃんと学校行きなよ」
「いつも行ってるから平気だぞ。眠いだけだし」
「どうせ夜中までゲームやってたんでしょ?」
「それだけじゃないぞ、溜まってたアニメも消化してた」
「……オタクだね」
「ゲームやってアニメ見てるだけでオタク呼ばわりなの? なら日本人は全員オタクになっちゃう」
「それはそうだけど……じゃあ、俺は先に行くから、鍵よろしくね」
最後まで表情を変えることなく、弟は私の自室から出て行った。
生きるのが面倒だと呟いたら心配されたが、それがもう何年も続いているから日常の一コマと変わらない。
視線を戻し、鏡に映る自分を眺める。どこにでもいそうな普通の高校生、ただのテンプレがそこにいた。
「自分と向かい合ってると、憂鬱になるよね」
私は笑みを浮かべながら、曲がったリボンを整える。
「あーあ、行きたくない」
いつもの呟きの後、緩慢な動作で自室を出た。
社畜の両親は朝が早いので、私が最後になるのはいつものこと。県内随一の進学校に通う一つ下の弟は私よりも早く家を出る。頭が良くて素晴らしいことだ。でも、最近は思春期で反抗期なのかな? お年頃ってやつだね。
玄関の鍵を閉めると、自転車に跨がり、学校へ向けてペダルを漕ぎ始めた。
狭い路地を抜けて国道に出る。大通りなので自転車でも走りやすいが、四月の気温は肌寒いのでゆったりと走る。それでも、長くも短くもない中途半端な髪がバサバサと頬を乱暴に撫でる。髪質が重いこともあり、跳ねるたびに地味に痛い。
髪が崩れないメリットを享受しながら県道を曲がり、上り坂を進むと見えてくるのが県立第三高校。味も素っ気もないナンバリングだけの名称が私が通う高校だ。
「さて……と」
自転車を駐輪場へ停めて腕時計を眺める。始業まで残り十分の時間配分は、自分ながら褒め称えたくなる。
二号館の二階、二年二組。二尽くしの教室へ入ると、窓際でたむろしている連中の声が頭に響く。
私は黙って廊下側の最後尾にある自分の机に向かう。陽キャは窓側。陰キャは廊下側。この王道の法則が適用されている我がクラスは何と素晴らしいことか。
「だろ!? 分かる分かる! それな!」
机にかばんを置き、椅子に座ると同時、一際大きな声で同意しかない会話が聞こえる。
谷川くんだ。ウザいほど元気で、茶髪でチャラい雰囲気もあるけど、背が大きく顔も整っている。私は興味無いがモテるんだろう。陽キャのリア充さんは楽しそうで良いな……。
「まぁ、でも仕方ないから。我慢するしかなくてな」
その声に応えるのが、さすがの川崎くんってところ。彼はカーストトップのイケメン。勉強もスポーツもできて、家も裕福らしく、めっちゃモテる。イケメンのサッカー部男子なので、チャラい雰囲気も無く、髪も染めていない。清潔感ある佇まいは、谷川くんとは少し異なる。
「でも、凄いね。その状況で我慢できるのが凄いところだよ。さすがは川崎くんだね」
一転して、お淑やかな声が返答する。クラスでも学年でも、何なら全校生徒の中でもトップクラスの美人である白石さんだ。
長い黒髪は綺麗に輝いて、清楚な空気感を持っている。美人であることを鼻にかけず、いつも一歩引いた思慮深さと、自らの深い所へ踏み込ませない適度な距離感が絶妙で、アイドル的な人気を誇っている。言ってて意味不明だけど、特殊スキルだと思えば良いかな。
「相変わらずカッチョイイわ。そういう所がモテんだよね」
急に偏差値が低い会話をし始めたのが、ギャルな佐々木さん。茶髪でフリフリな髪とジャラジャラなアクセをなびかせて、近い距離感でめっちゃ話す。あんな距離感で良く話せるよね。無理無理。同性の私でも逃げてしまう。でも、谷川くんも川崎くんも慣れているのか、そもそも女に慣れているのか、全く普通に会話を返してる。すげぇなぁ……
と、この四人がスクールカーストトップだ。他にその取り巻きが何人かいるけども、よく分からない。相槌メンバーズだ。
「……」
――っとやばい。ついつい見てたら四人と目が合いそうになった、危ない危ない。
陽キャ連中に睨まれたら面倒だ。私は静かに学園生活を過ごして、何ならさっさと家に帰ってゲームとアニメを見たいだけの人生だ。人と絡むなんて面倒で一番やりたくないことだからね。
ううん、極端なんだよ。生きたいか、死にたいかだけで考えないで。
え? だからといって、生きたいわけじゃないけど。
何となく普通に生きて、普通に死ぬんだったら、今死んでも誤差だよね、って気持ちみたいな?
「はぁ。もう、相変わらず……」
私の立て続けの言葉に、弟は溜め息を吐いた。
「それより、何か用だったんじゃないの?」
鏡に向かったまま、視線を弟に向ける。背が高く大人っぽくなった弟はモデルのような外見だが、流れる黒髪から漏れる表情は、呆れたような、不安そうな、そんな懐かしい表情だった。
「姉さんの様子を見に来たのが、その用だよ」
「そう、いつも悪いね」
「他人事みたいに……ちゃんと学校行きなよ」
「いつも行ってるから平気だぞ。眠いだけだし」
「どうせ夜中までゲームやってたんでしょ?」
「それだけじゃないぞ、溜まってたアニメも消化してた」
「……オタクだね」
「ゲームやってアニメ見てるだけでオタク呼ばわりなの? なら日本人は全員オタクになっちゃう」
「それはそうだけど……じゃあ、俺は先に行くから、鍵よろしくね」
最後まで表情を変えることなく、弟は私の自室から出て行った。
生きるのが面倒だと呟いたら心配されたが、それがもう何年も続いているから日常の一コマと変わらない。
視線を戻し、鏡に映る自分を眺める。どこにでもいそうな普通の高校生、ただのテンプレがそこにいた。
「自分と向かい合ってると、憂鬱になるよね」
私は笑みを浮かべながら、曲がったリボンを整える。
「あーあ、行きたくない」
いつもの呟きの後、緩慢な動作で自室を出た。
社畜の両親は朝が早いので、私が最後になるのはいつものこと。県内随一の進学校に通う一つ下の弟は私よりも早く家を出る。頭が良くて素晴らしいことだ。でも、最近は思春期で反抗期なのかな? お年頃ってやつだね。
玄関の鍵を閉めると、自転車に跨がり、学校へ向けてペダルを漕ぎ始めた。
狭い路地を抜けて国道に出る。大通りなので自転車でも走りやすいが、四月の気温は肌寒いのでゆったりと走る。それでも、長くも短くもない中途半端な髪がバサバサと頬を乱暴に撫でる。髪質が重いこともあり、跳ねるたびに地味に痛い。
髪が崩れないメリットを享受しながら県道を曲がり、上り坂を進むと見えてくるのが県立第三高校。味も素っ気もないナンバリングだけの名称が私が通う高校だ。
「さて……と」
自転車を駐輪場へ停めて腕時計を眺める。始業まで残り十分の時間配分は、自分ながら褒め称えたくなる。
二号館の二階、二年二組。二尽くしの教室へ入ると、窓際でたむろしている連中の声が頭に響く。
私は黙って廊下側の最後尾にある自分の机に向かう。陽キャは窓側。陰キャは廊下側。この王道の法則が適用されている我がクラスは何と素晴らしいことか。
「だろ!? 分かる分かる! それな!」
机にかばんを置き、椅子に座ると同時、一際大きな声で同意しかない会話が聞こえる。
谷川くんだ。ウザいほど元気で、茶髪でチャラい雰囲気もあるけど、背が大きく顔も整っている。私は興味無いがモテるんだろう。陽キャのリア充さんは楽しそうで良いな……。
「まぁ、でも仕方ないから。我慢するしかなくてな」
その声に応えるのが、さすがの川崎くんってところ。彼はカーストトップのイケメン。勉強もスポーツもできて、家も裕福らしく、めっちゃモテる。イケメンのサッカー部男子なので、チャラい雰囲気も無く、髪も染めていない。清潔感ある佇まいは、谷川くんとは少し異なる。
「でも、凄いね。その状況で我慢できるのが凄いところだよ。さすがは川崎くんだね」
一転して、お淑やかな声が返答する。クラスでも学年でも、何なら全校生徒の中でもトップクラスの美人である白石さんだ。
長い黒髪は綺麗に輝いて、清楚な空気感を持っている。美人であることを鼻にかけず、いつも一歩引いた思慮深さと、自らの深い所へ踏み込ませない適度な距離感が絶妙で、アイドル的な人気を誇っている。言ってて意味不明だけど、特殊スキルだと思えば良いかな。
「相変わらずカッチョイイわ。そういう所がモテんだよね」
急に偏差値が低い会話をし始めたのが、ギャルな佐々木さん。茶髪でフリフリな髪とジャラジャラなアクセをなびかせて、近い距離感でめっちゃ話す。あんな距離感で良く話せるよね。無理無理。同性の私でも逃げてしまう。でも、谷川くんも川崎くんも慣れているのか、そもそも女に慣れているのか、全く普通に会話を返してる。すげぇなぁ……
と、この四人がスクールカーストトップだ。他にその取り巻きが何人かいるけども、よく分からない。相槌メンバーズだ。
「……」
――っとやばい。ついつい見てたら四人と目が合いそうになった、危ない危ない。
陽キャ連中に睨まれたら面倒だ。私は静かに学園生活を過ごして、何ならさっさと家に帰ってゲームとアニメを見たいだけの人生だ。人と絡むなんて面倒で一番やりたくないことだからね。