会社の初めての出社日の時、とても緊張した。どんなことを言ったらいいのかとか、礼儀、社会の一般的なルールを出社するまで頭の中で催眠のように繰り返した。道中の見ていた動画や写真、SNSの内容も思い出せないほどに。

「柊陽斗です！！特技は人を笑わせることです！！今日からこの会社でめっちゃ働くのでご指導お願いします！！！」
緊張して想定した声の大きさより１０倍大きい声で言ってしまった。特技が人を笑わせることってなんだ。持ちネタの一つもないのに見栄を張るな。
「私は雪乃冴っていうからまぁ冴さんとか冴先輩ってみんな呼んでる」
俺はその二択の中から「冴先輩」と呼ぶ選択を選んだ。俺の教育係は「雪乃冴」と言う人だった。
初めの印象は「静かな人」だった。戸惑ったり、緊張したりなど感情の変化があまりない人だなと感じた。

俺は冴先輩からこの部署の仕事を１から１００ぐらいまで教わった。基本のことからプラスαのためになることを叩き込まれた。冴先輩の教え方はとてもわかりやすく、教師に向いていると思った。同時に、教えるのがとても早く、メモを取るのが難しかった。
「言われたことを片っ端から普通に頭に入れてるだけだよ」
覚えられるか不安だった俺の脳内にこの言葉が入ってきた。その瞬間、仕事を教わるのがこの人で良かったと心の底から思った。
そんなことを言った冴先輩の姿はとてもかっこよく、とても頼りになる先輩だ。そこから先輩のことを尊敬し始めた。

「‥‥」
寝ていたのか瞼が上がると見たことない天井がそこにはあった。
「起きた？」
「ここは私の家だよ」
そこには先輩が立っていた。私の家‥？先輩が何言ってるか分からず、寝ている前何をしていたか徐々に思い出そうとした。そうだ、確か新人歓迎会に行っていたはず。そしてあまり面識もない先輩にお酒を注がれてそれを飲んでいた‥はず。そうか。俺は泥酔していたのか。
「はいお水」
「ありがとうございます‥」
アルコールを少なくするために冴先輩は水をくれた。水をくれた手は俺と違い冷たかった。冴先輩の家と言えども、女子の家なので俺は緊張していた。
「酔い覚めるまでここにいていいからもうちょっとしたらシャワー貸すから」
「何から何までありがとうございます」
「悪いのは新人にあんな量飲ませた先輩たちだよ」
冴先輩は僕は何も悪くないと言ってくれた。とても優しい。

浴室の扉を開けると熱風で温まった体がだんだん冷えていく。気持ちい。先輩の浴室はとても綺麗だった。
「まさか先輩の家の浴室を使う日が来るとは‥」
体をもらったタオルで行儀良く拭く。だめだ。緊張してしまう。さっきまで着ていたスーツを再度着る。酒や肉の匂いが染み付いてしまっている。帰ったら即洗濯機に入れよう。
着替えて冴先輩のところに戻る。泊めてもらっている立場なので家の中をじっと見れない。だが冴先輩の家には何か違和感があった。そうか。気づいた。
「冴先輩の家綺麗すぎる」
綺麗すぎるのだ。普通人の家は住んでいたらその人の趣味や性格がよく現れる。音楽が好きな人だったらアルバムがたくさんある、綺麗好きだったら掃除機がたくさんあるみたいに。だけど先輩の家は趣味のものが何一つない。まるで引越したてのようにテレビ、冷蔵庫。エアコン、トイレなど生活できる最低のものしかこの家にない。冷蔵庫やテレビに何一つ統一性もない。

「お風呂ありがとうございます」
「お酒抜けるまでもうちょっとここにいてね事故起こされても困るから」
「あの冴先輩って趣味とかないんですか‥？」
初出社した時先輩は趣味はないと言った。だけど俺はそれは場を和ませるための冗談だと思っていた。
「前に言わなかった？趣味はないよ暇な時は仕事の予習とかしてる」
「何か好きなものとかありますか？心惹かれるものとか」
俺は冴先輩と共通の好きなものがあればそれについて話してもっと仲良くしたいと考えていた。
「好きになるとか、心惹かれるとか分からないんだよね」
「それってどういう感情なの？どういう状態のことを言うの？」
感情を表に出さない人だと言うことは感じていたがこの言葉で何かおかしいなと感じた。