「かんぱーーーい!!!!」
大勢の大人の本気の声量はとてもうるさい。ただでさえ夏の気候になり暑いのに声のせいでより暑くなっている気がする。
「新入生歓迎会」と書いてあるがみんな飲んだり食べることだけを考えている。周りを見ると出席している人がほとんどだ。上司、同僚、先輩、後輩がお酒やお茶、おつまみなどを飲んだり食べたりしている。
夏になり蒸し暑くなってきた。皆ほとんどワイシャツの腕をまくり涼しくするために工夫をしている。日本の夏は嫌いだ。暑いだけならまだしも、そこに湿気も入ってくるのが許せないのだ。逆に蒸し暑いから涼しくするために冷房器具や美味しいアイスが発展しているのは夏のおかげなのかも知れない。

私は氷入りの烏龍茶を飲みながらテーブルに食べきれるのか分からないほどに並べてあるつまみを食べていく。新しい味に出会えたり、好みではない味が口の中に入ってきたりする。
「冴ちゃん陽斗くんの教育係になってくれて本当にありがとう」
部長が急に私に隣に座った。まぁ誰も座っていなかったし、誰か座る予定もないのだが。
「部長から直接言われましたし、断る理由も見つからなかったので」 
私はあの時に思った本心を包み隠さず言った。それが正解だと思ったから。
「おお‥そうか」
部長が汗をかいている。暑いからか。
「冴さんって本当に空気読めないよね」
「そんなこと言わなくない?普通」
「空気を読め」なんて今までずっと言い続けられてきた。でもそれがどう言うことなのか分からないのだ。どう言う態度をすれば「空気を読む」と言うことなのだろうか。今の発言のどこが駄目なのだろうか。
「これからも陽斗くんをよろしくな。悪い子ではないから。」
「はい」
それだけ言うと部長は次の新人の教育係のところに行った。陽斗くんは新人の中で一番仕事の覚えが早く、成績が一番らしい。

「先輩大丈夫ですか?」
部長が去ったと思ったら陽斗くんが空いた隣に座ってきた。部長が雑に立ち去りずれた座布団を直して正座とまではいかないが、かしこまった座り方をしている。
「何が?」
何に対しての「大丈夫ですか」か理解できなかった。
「部長になにか変な質問されませんでした?」
質問はされたが、変わった質問はされなかった気がする。
「別に?」
「そうですか‥気のせいだったのかな‥」
最後の方は上手く聞こえなかった。
「うん?何て?」
「いやなんでもないです」
「お酒酔いしてませんか?」
飲み会が始まってから今までアルコールを飲んでいない。
「アルコール飲んでないよ苦手だし」
「じゃあ飲み会とか大丈夫ですか?」
「教育係は強制だから仕方ないよ」
「冴先輩俺の教育係になってくれてありがとうございます」
ありがとうと言われる筋合いがない。部長に言われたからやったまでだ。
「俺冴先輩のことめっちゃ尊敬してます」
「社会人になって入社してずっと不安だったんですけど自分の教育係が尊敬できる人でよかったです」
お酒を飲んで少し酔っているのか頬を赤くしながら満面の笑みで言った。
「お酒飲みすぎて酔いすぎないように気をつけてね」
酔いすぎると怪我をしたり迷惑をかけてしまう可能性がある。

「二次会行く人ーーー!!」
歓迎会をしているお店が閉店時間になりそうな時幹部の人がみんなに聞いてきた。大半の人が手を挙げている。二次会に行く人がほとんどのようだ。私は二次会に行くテンションじゃないため行かない。そもそも陽斗くんが行けないだろう。あの後、先輩に告げられたお酒をどんどん飲んでとても二次会に行けるほどの体ではない。
「冴ちゃん二次会行く?」
「行かないよ陽斗くんをなんとかしないと」
「わかった」
「黒崎翔と雪乃冴と柊陽斗二次会不参加でよろしくお願いします先輩」
私と違い翔人と話すのが得意でいろんな先輩と関係がある。
「なんでだよ翔〜二次会行こうぜ〜」
「いやーお酒飲みすぎてやばいんですよ明日休みじゃないですかだから二日酔いになりたくないんですよ」
「そうかじゃあしょうがないな」
「楽しんできてくださいね二次会」
翔はいろんな先輩から可愛がられている。先輩たちから見たら可愛い後輩なのだろう。私にとってはただの不審者なのだが。
「陽斗くん一人で帰れる?」
「んー‥先輩‥」
この様子から見ると無理そうだ。お酒も意識せずとも鼻に入ってくる。そのくらい飲んだのだろう。本当に日本の新人にはたくさんの酒を飲ませる謎文化にはこりごりだ。どうしよう。陽斗くんの家は知らない。どういう交通手段で帰るのかも、どこら辺から来ているのかも知らない。
「冴ちゃん!どうしたのそんな困っている顔して」
「陽斗くんの住んでる場所とか分からないからどうしようって考えてた」
「じゃあ僕の家で泊まらせるよ!」
「‥は?」
「いやそれだけはやめてあげて」
翔の家はとんでもなくお金持ちなのだ。実家は絵に描いたような豪邸で20歳になった時なんてタワマンを三個もらったらしい。私は翔の家に行くことが度々あったが、お金持ちの家など行ったことがなく小さい頃から行くたびに疲れていた。翔の家より私の家の方がこの店から距離が近い。そんな遠いところに止める必要もない。
「私の家でいいでしょ」
「僕の家の方が良くない?」
「私の家の方がここから近いし」
「陽斗くん立てる?」
「頑張ります‥‥」
目はちょっと開けるのが精一杯のようだ。明日から週末だし私の家に泊めても問題ないだろう。
「じゃあ私は自分の家に陽斗くんを泊めるから翔もまたね」
「うん気をつけるんだよ!!」
私は翔の言葉の意味が理解できないままタクシーを捕まえて家に帰り陽斗くんが起きてアルコールが抜けるまで待った。