「雪乃冴ってあんただよね?」
トイレで手を洗っているところで人の声がした。鏡を見ると後ろに先輩らしき人が3人立っている。見たことない顔だ。違う部署の人たちだろうか。
「そうですね‥」
嫌な予感しかしない。
「あんたさマジなんなの?翔とイケメンの新人といつも仲良くしてて」
「いいかげん私達の翔から離れてくれない?」
「ていうかあんた地味すぎて翔と合わないんだけど」
久しぶりにこんなことを言われた。中高でもこんなくだらないことでいじめられたっけ。懐かしい。結局社会人も中高生と何一つ成長していないということだ。そう思うと滑稽に思えてくる。
「ふふ‥」
「は?何あんた笑ってんの?」
「あれ心の中で笑おうと思ったんですけどすいません面白くて‥」
「きもお前」
「私中高ってその理由でいじめられたんですよでも社員内でのいじめないと掲げている会社でもこういう何にも成長してない大人が会社を下げるんだなって思っただけです」
「がちきもいわー」
「言いたいことはそれだけですか?」
正直今すぐにこの場を離れたい。任せているプレゼン作りがまだ終わっていない。それを先に終わらせないと。
「1つ言いますけど翔はあなたたちのモノじゃありませんただの変わっている人間です」
この人たちに言われた言葉でそこだけが引っかかった。言ってやりたかった。

「あれからお母さんと会話できてる?」
翔が聞いてきた。気になっているのだろうか。
「うんあれから何度も言って最初の方はあの時と同じでずっと謝ってたけど私がいいよって言ったら本当に反省してたみたいであの頃過ごせなかった普通親子の時間を送ってるよ」
「そっかよかった本当に嬉しい」
嬉しがっているのが言葉だけでもわかった。翔は私と一緒にいる時間が違う。思うこともいろいろあるのだろう。
「あれ翔先輩泣いてます?」
「うるさい陽斗そりゃ泣くでしょ僕はずっとこれを望んでたんだから」
「なんであんたが泣くのよ」
私が泣くべきところなのではないのだろうか。そう思いながら翔の頭にポンと手を置く。心を込めて。翔の涙は冬の寒い空間に溶けていった。
「冴ちゃんそういえば僕と同じ部署の先輩にトイレで酷いこと言われてたでしょ!」
「話題変えるのに必死すぎでしょ」
あれは翔と同じ部署の先輩だったのか。そういえば翔のことを呼び捨てで呼んでた気がする。
「なんですかそれ!俺聞いてないんですけど!!」
「言わなくて良くない?」
「「ダメに決まってる!!」」
2人の声は冬の街に大きく響いた。2人も出会った頃に比べれば心が通っている。私はまだ失感情症も、フラッシュバックも完全には治ってないけど、悪化するかもしれないけどきっとずっとこの2人は側にいてくれるのだろう。その事実があるだけで不安な気持ちなどもうない。私は前に進むのだ。その瞬間、冬の風で木が煽られた。