「最近フラッシュバックする回数が減ってるぽいね」
「はいそうかもしれないです」
「新しい環境が冴には良かったのかもしれないね」
今日は通院の日だ。あの退院した日から定期的に通院している。主治医の先生は目が覚めた時に優しく声をかけてくれたあの人だ。退院しても変わらなく、ずっと私のことを診てくれている。唯一変わったところといえば先生の左手の薬指に指輪があるところだ。
「焦らなくていいからね冴」
変わらず綺麗な温かい声で診察してくれる。これが安心するという感情なのだろうか。
「そろそろいいかな‥」
「え?」
あまり聞こえなかった。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど」

「最近お母さんが会話できるくらいに回復してきたんだ別に会わなくてもいいし遠くから見るだけでもいいちゃんと目を見て話してもいい冴のしたいことをしていいよ強制はしないから」
「‥」
すぐ言葉が見つからなかった。
「少し考えさせてください」
「全然いいよ少しと言わずゆっくり気持ちの整理をしておいで別に次回来た時に答えを出さなくてもいいからね」

どうしよう。どうしよう。私のとっての母親はこういう症状を持つ原因になった人だ。会えばまたフラッシュバックを起こすかもしれない。また息が詰まるかもしれない。目眩を起こすかもしれない。母親があの時と変わっていなかったら?また暴言を浴びせてきたら?手と額に汗が溜まる。いろんなことを考えてしまってその後の会計や帰り道の記憶がなかった。

「肌寒いねー冴ちゃん」
「秋だからしょうがないでしょ」
「でも最近秋の期間短くないですか?夏長くないですか?」
「うわそれ分かるかも陽斗」
翔と陽斗くんが異常に仲良くなった。出会ってばかりはそんなに仲良くなかった気がしたのだが。何がそんなに仲良くなるきっかけだったのだろうか。仲良くする二人を横目に見ながら私は母親のことをあの通院した日からずっと考えていた。私の中の母親は悪いイメージしかない。思い出したくもないあの記憶。でもあの人は私の唯一の家族だ。会いたくないと言えば嘘になる。

「大人3人フリータイムでお願いします」
全員定時で終わったからカラオケに行こうという話になった。と言っても私は歌える曲など昔からなかったので人の歌ってるところを端で見ている要員だった。
「2人ポテトでもいい?」
「大丈夫です」
「カラオケと言ったらポテトだもんねー」
カラオケはあまり来たことないから何が何だかわからない。
「失礼しますこちらポテトです」
「ありがとうございます」
陽斗くんが歌を歌ってる時に来た。陽斗くんはとても引きつった笑顔をしている。陽斗くんは歌が上手いみたいだ。AI採点でいつも95点以上を出している。
「冴ちゃんポテト食べよー」
「うん」
だめだ。母親のことを考えてしまう。手が震えてきた。ポテトの味がしない。ポテトが喉を通らない。
「ちょっとトイレ行ってくる」

手を洗う。今は自分の体全部が汚く感じる。せめて手だけでもと何回も雑に水を出して洗う。汚い、汚い、汚い。
「すいません手洗ってもいいですか?」
後ろに待っている人がいることがわからないほど何も考えられなくなっていた。手が赤くなっていた。冷たい。
「あ‥どうぞ」
「お母さんハンカチー」
「はい手を拭いてね」
親子なのか。今はあまり見たくなかった。私はおぼつかない足取りで部屋に戻る。