刹那、体に衝撃が走る。
 両親と喧嘩して、夜中の田んぼ道を歩いていた。
 俺は、真横から勢い余るトラックに撥ねられ田んぼに飛ばされた。
 体を引きずりながら稲を潰し、止まる頃には頭から血を流していた。
 夜空の星たちがキラキラ輝いている。田舎の街灯も少ないのだ。たくさん見えてしまうのはわかる。
 それが、ストレスだった。求めてもいない歓迎だ。
 俺は星になれるわけもないのにな。
 足音が近づいてくる。
 助けを求めよう。まだ死ぬわけにはいかない。
 両親と喧嘩したままだ。愛しているんだ。認められたくて、俺が俺であることを褒めて欲しくて、許して欲しくて、ただ愛されたいんだ。
 俺が俺であるためには、この世の中の邪魔者を排除する必要がある。
 俺であるためとは、つまり俺が楽しく生きるための行いだ。
 邪魔者は多い。
 徹底的にいじめて排除した。
 高校一年生である今、一学期にも田中空を徹底的にいじめた。
 邪魔だったからだ。しかし、田中は二学期の前の日に自殺未遂を図り入院中だ。
 それから俺は一時停戦とも言えるが、いじめはやめている。
「大丈夫?」
 足音が止まり、声が聞こえる。
 顔は見えないが、少女の声のようだ。
「あぁ、助けてくれ」
「無理だよ」
 聞き覚えのある声だった。どうして、今気づいたのだろう。
 中学生の頃、いじめて転校させた西崎芽衣だ。
「なんで……」
「気づいた?」
「どうしてここに」
「気づいているんでしょ?ありがとうね、クラスで私のこと広めなくて」
「……」
 やっぱりだ。こいつは、同じクラスにいる。少し雰囲気が違ったから似ているだけだと思って、攻撃することはしなかった。
 間違えた時のリスクは大きい。
 田中が自殺未遂をして、真っ先に潰すべきだと思っていた西崎。田中と仲がいいから危険因子として候補にはあげていた。
「あなたは賢いから、あのタイミングで私を潰すことはしないかなって」
「正解だ。リスクが大きい」
 でも、答え合わせができた今、なぜ彼女が演劇部に入ったのかわかる気がする。
 クラスでの印象は、文化部の静かな子。
 演技も裏方だと聞いていたけど、近々、表で役を演じると三浦から聞いていた。
 クラスの立ち振る舞いを見れば、演技は人並み以上にできるだろう。
 一歩引いていたために、準備する期間を設けてしまったわけだ。
「気づいた?」
 先ほどと同じ言葉なのに、今は血の気が引く。
 西崎が俺を助ける気がないと気づく。それに、この機会を得るためにずっと息の根を潜めていたなんて。
 恐ろしい人だ。
 ふと疑問をぶつける。
「トラックは、君が?」
「違うよ。頼んだの」
 ハハっと空っぽな声が出る。
「教えてくれるのか」
 頭は冷静だった。
 こんなことになっても、俺は怒りの感情を出していない。
 何より、もう気づいていた。ここで死ぬ。
 だから、彼女は勝ちを確信し、二度も気づいた?と投げかけたのだ。
 こんな田んぼの中で、虫もいるところで死ねば、滑稽な死に様を見せることになるだろう。
 死後、虫が俺の皮膚を食うだろう。自然の摂理に従うのだろう。
「これは、呪いか」
 自嘲する。これまで、邪魔だと排除してきた人たちの恨みだ。憤怒だ。
 素直にこの死を受け入れる。
 誰も呪わない。
 だって、もう分かりきっている。
 邪魔者は俺だ。
 俺は、悪。はっきりした答えがモヤもかき消し鮮明になる。
 誰かに愛されたかったくせに、誰も愛せず排除した哀れで愚かな男。
 それが、俺だ。
 西崎が離れていく。足音が遠のく。
 あぁ、当然だ。見放されていた俺を茶化しにきただけ。
 これが田中の呪いでも他の人の呪いでもいい。
 受け入れよう。きっと家族には愛されてきたであろう羨ましい奴らの呪いを、受け入れるんだ。
 夜空の星がぼやけている。
 俺は、泣いているのか?
 バカを言うな。愛されない男が泣いてどうする?泣いて許される歳じゃない。許されない、許されてはいけない男だ。
 ……あぁ、俺、愛されたかったんだ。
 言葉では気づけなかった。
 この死に目に西崎がきた。答え合わせをした。
 しかし、きっとこの後葬儀を仮に行ってもクラスメイトは来ないだろう。
 あの三浦でさえ、きてくれることはない。
 愛されないと言うのはこう言うことか。
 おじさんの言葉を思い出す。「元気に育ってな」と。
 ごめん。俺は、そんな人じゃない。
 元気に育ってはいけなかった。
 俺がなるべきは、田中のような静かな存在で、なんだか余裕のあるやつだ。それが俺は嫌いだった。
 そんなふうになれないから。
 だから俺は、拒絶して相手を否定して、自分を肯定して、そして、嫌いになった。
 今更こんなこと言えば、誰か許すだろうか。命乞いなんて馬鹿らしい。もう死ぬんだ。
 どうせ田中も西崎も親からは愛されている。家族から愛されている。
 俺は愛されなかった。でも、それを理由にしてはいけなかった。それが、正論だ。
 感情なんてものは、本来持たないほうがいいのかもしれない。
 遠のく意識の中で、そんなことを思う。
 感情論に、寄り添ってくれる人がいたら俺はこれまでの生き方を変えられただろうか。歩み寄ることはできただろうか。
 ごめん、みんな。ごめん、母さん、父さん。
 バカな息子はこれから死にます。
 これまでの愚行が積もった呪いを甘んじて受け入れます。
 死にたい理由などありませんでした。むしろ、生きたい。
 でも、もう大丈夫です。
 人を不幸にしてきた罰が当たっただけです。
 この先の人生、幸せになってください。
 さよなら。