♢初エイトの寝室
私は、横にいる金髪先生に確認しておきたい事があった。まだそんなに親しい間柄ではないが、下宿人と下宿のおばちゃんみたいな距離だろうか。
「そういえば、あんたのことなんて呼べばいいの? お父さんっていうのも正式に入籍していないし、お兄さん? 死神先生って呼ぶべき? 人気漫画家だし」
私はさりげなく、でも、とても重要なことを聞いておいた。
「エイトでいいよ、先生呼びは割と苦手だ。それにしても、死神先生はないだろ。お前はもう家族だしな」
「じゃあ私のことは、ナナってよんでね」
エイトは売れっ子漫画家なのに、思ったよりも気さくで良い人のようだ。
「ねぇ、私ってお母さんに似てる?」
「うーん、あんまり似てないな」
「えー? 結構似てるっていわれるんだけどな」
「美佐子さんはもっとしっかりしているというか、タイプが違うよな」
「私に面影重ねたりしないの?」
「しない。だって、お前にも美佐子さんにも失礼だろ。親子でも別人格なんだから」
そっかー。お母さんと重ねることはないということは、女性としてみてないってことなのね。というかエイトのタイプの女性ではないってことなんだよね。そんなどうでもいいことを考えてみる。でも、もしコイツを好きになったらお母さんの大好きな人を奪うことになってしまう。それは、いけないことだ。だから、それだけは絶対に避けなければ。お母さん、私は元気になんとかやってます。天国で見守っていてくださいね。そんな心の祈りを天に向かってささげてみる。
「エイト、私さ、急に心に穴が開いてさびしくなる時があるんだ。どうしようもなくなる。そんなときにどうしたらいい?」
「俺がいるから。俺のところに来い。話し相手くらいにはなってやるから」
エイトの微笑みは美しかった。なんだか初めて男の人を美しいと思った。自分だってきっとすごく寂しいのに、それでも弱さを見せない。そして、きれいで真っすぐな瞳の視線は私から逸らすことはなかった。彼は、保護者としてすごくいい人なんだな。
「エイトも辛いでしょ?」
「辛いけどさ、慣れている部分はあるな。母親が亡くなった時から、ずっとぽっかり穴が開いていて、心が満たされなくて。そんな時に漫画に救われたんだ。だから、自分でも描いてみようと思ってさ。描いているときは辛いこととか現実を忘れられるから、俺には天職なんだよな」
漫画家になったきっかけは、エイトの心を埋めるために書きはじめたという理由だった。それが、全国にファンができるくらいの面白い作品となって世間に認知されるようになったのか。創作のきっかけというのは人それぞれだけれど、素晴らしい作品を生み出す力があるのはエイトの才能なんだろうな。
何の才能もない私はこれからどうやって生きていこう、そんなことを考える。ソファーに並んで座る私たちは、最近家族になったというのに、不思議な安心感とか安らぎがあった。
すると、エイトがもたれかかってくる。結構重い。何よ急に。
顔が近い。もしかして、やはり私の魅力に気づいて、男としての本能を発揮してきたということ? 私は一気にドキドキ心臓が高鳴ってしまった。どうやってこれを乗り切る? ちゃんと話し合って、断ろう。でも。無理やり何かされたら?
私はエイトに向かって話を切り出す。
「あのね。私は、あなたのことそういった目では見ていないから」
視線は合わせられない。しかし、エイトは無言だ。何考えているの? このまま一気にとか? 私は流されないんだから。
そーっとエイトのほうに視線を向けると―――
寝てる!! 完全に眠っている!!
疲れていたんだ。仕事が忙しいのに、私の面倒とか色々大変だったのかもしれない。それに、死神の仕事もやっている。体を酷使しすぎなのではと心配になる。その寝顔は思ったより幼くて、同級生の男子みたいだった。父親でもないし、兄でもないし、恋人でもないし、友達でもない。不思議な人だ。
私たちの関係は不思議で奇妙だが家族として成り立っている。恩人に対して、失礼なことを考えた自分が恥ずかしくなった。というか、自分が男性としてこの人のことをみていた深層心理に驚きつつも、恥ずかしくなっていた。
「ありがとう」
私は彼に静かにお礼を述べると、エイトの上に布団をかけるためにエイトの寝室にお邪魔した。寝室には初めて入るので少し緊張する。私の布団を貸すとなると自分が眠るときに寒くなってしまうし、エイトはそのまま寝ていたのでは風邪をひく。たった一人の家族で漫画家としても大事な体だから、健康には気を付けてほしい。そう思い、意を決して寝室に侵入。
少し、ドキドキしている自分がいた。普段用事がないから入ったこともない。エイトの匂いがする。寝室は意外と片付いていて、物が少ないシンプルなインテリアだった。ベッドとソファーと小さな机があった。そして、好きな漫画本が並んだ棚とか、雑誌とか、仕事以外の趣味が置いてある場所のようだった。卒業アルバムとかそういった昔のものが本だなには並んでいた。エイトのパーソナルスペースに勝手に入ってしまったと思ったが、まずは毛布一枚だけ拝借しようかと思った。
部屋に飾ってある写真は私の母の写真だった。それは、仕事で接したときに撮ったのではないかと思われる一枚だった。本当に好きだったんだなぁ……。この人は私の母を愛していたんだなぁ……。
なんだか、母親の女性である部分をこの人は知っているのかと考える胸が痛くなるような何かを感じた。それは、母を奪われた寂しさなのかもしれない。どんなプロポーズで、どんな会話だったのだろう? キスはしたのかな? その先のことも? なんだろう、胸が苦しい。私は毛布を1枚だけ取ってエイトの体にかけることにした。
ソファーに横たわるエイトの体は華奢で、女性のようだった。Tシャツにスウェットというラフなかっこうだが、贅肉はなく、顎はシャープだ。顔も小さいし、まつげも長い。近くで観察すると、色白できめ細かな肌が美しい。髪は金髪に染めているが、傷みはなく、艶があって、シャンプーの香りがする。この人は男臭くないのだ。石鹸のにおいがする。だから、嫌悪感がないのかな。
彼氏がいたこともない私は、こんなに間近で男性を見たことがなかった。この人に愛されたお母さんは、死んでしまったけれど、幸せの時間のままいなくなったのだ。それは、不幸中の幸いなのかもしれない。
エイトのこと、お母さんは好きだったのだろうか? どこに惹かれたのかな? 話術? ルックス? 性格のまっすぐなところかな? 私はしばらく、熟睡しているエイト眺めていた。死神として、仇討ちの仕事をしていると言っていたが、優しいエイトだからこそ、心の葛藤は計り知れないだろう。でも、そうしなければいけない運命を背負う。さらに、半妖のリーダーとしての責任もあるのに、この人はつぶれないのだなぁ。関心してしまう。私、この人を家族として支えたい。そんな決意をした夜だった。
私は、横にいる金髪先生に確認しておきたい事があった。まだそんなに親しい間柄ではないが、下宿人と下宿のおばちゃんみたいな距離だろうか。
「そういえば、あんたのことなんて呼べばいいの? お父さんっていうのも正式に入籍していないし、お兄さん? 死神先生って呼ぶべき? 人気漫画家だし」
私はさりげなく、でも、とても重要なことを聞いておいた。
「エイトでいいよ、先生呼びは割と苦手だ。それにしても、死神先生はないだろ。お前はもう家族だしな」
「じゃあ私のことは、ナナってよんでね」
エイトは売れっ子漫画家なのに、思ったよりも気さくで良い人のようだ。
「ねぇ、私ってお母さんに似てる?」
「うーん、あんまり似てないな」
「えー? 結構似てるっていわれるんだけどな」
「美佐子さんはもっとしっかりしているというか、タイプが違うよな」
「私に面影重ねたりしないの?」
「しない。だって、お前にも美佐子さんにも失礼だろ。親子でも別人格なんだから」
そっかー。お母さんと重ねることはないということは、女性としてみてないってことなのね。というかエイトのタイプの女性ではないってことなんだよね。そんなどうでもいいことを考えてみる。でも、もしコイツを好きになったらお母さんの大好きな人を奪うことになってしまう。それは、いけないことだ。だから、それだけは絶対に避けなければ。お母さん、私は元気になんとかやってます。天国で見守っていてくださいね。そんな心の祈りを天に向かってささげてみる。
「エイト、私さ、急に心に穴が開いてさびしくなる時があるんだ。どうしようもなくなる。そんなときにどうしたらいい?」
「俺がいるから。俺のところに来い。話し相手くらいにはなってやるから」
エイトの微笑みは美しかった。なんだか初めて男の人を美しいと思った。自分だってきっとすごく寂しいのに、それでも弱さを見せない。そして、きれいで真っすぐな瞳の視線は私から逸らすことはなかった。彼は、保護者としてすごくいい人なんだな。
「エイトも辛いでしょ?」
「辛いけどさ、慣れている部分はあるな。母親が亡くなった時から、ずっとぽっかり穴が開いていて、心が満たされなくて。そんな時に漫画に救われたんだ。だから、自分でも描いてみようと思ってさ。描いているときは辛いこととか現実を忘れられるから、俺には天職なんだよな」
漫画家になったきっかけは、エイトの心を埋めるために書きはじめたという理由だった。それが、全国にファンができるくらいの面白い作品となって世間に認知されるようになったのか。創作のきっかけというのは人それぞれだけれど、素晴らしい作品を生み出す力があるのはエイトの才能なんだろうな。
何の才能もない私はこれからどうやって生きていこう、そんなことを考える。ソファーに並んで座る私たちは、最近家族になったというのに、不思議な安心感とか安らぎがあった。
すると、エイトがもたれかかってくる。結構重い。何よ急に。
顔が近い。もしかして、やはり私の魅力に気づいて、男としての本能を発揮してきたということ? 私は一気にドキドキ心臓が高鳴ってしまった。どうやってこれを乗り切る? ちゃんと話し合って、断ろう。でも。無理やり何かされたら?
私はエイトに向かって話を切り出す。
「あのね。私は、あなたのことそういった目では見ていないから」
視線は合わせられない。しかし、エイトは無言だ。何考えているの? このまま一気にとか? 私は流されないんだから。
そーっとエイトのほうに視線を向けると―――
寝てる!! 完全に眠っている!!
疲れていたんだ。仕事が忙しいのに、私の面倒とか色々大変だったのかもしれない。それに、死神の仕事もやっている。体を酷使しすぎなのではと心配になる。その寝顔は思ったより幼くて、同級生の男子みたいだった。父親でもないし、兄でもないし、恋人でもないし、友達でもない。不思議な人だ。
私たちの関係は不思議で奇妙だが家族として成り立っている。恩人に対して、失礼なことを考えた自分が恥ずかしくなった。というか、自分が男性としてこの人のことをみていた深層心理に驚きつつも、恥ずかしくなっていた。
「ありがとう」
私は彼に静かにお礼を述べると、エイトの上に布団をかけるためにエイトの寝室にお邪魔した。寝室には初めて入るので少し緊張する。私の布団を貸すとなると自分が眠るときに寒くなってしまうし、エイトはそのまま寝ていたのでは風邪をひく。たった一人の家族で漫画家としても大事な体だから、健康には気を付けてほしい。そう思い、意を決して寝室に侵入。
少し、ドキドキしている自分がいた。普段用事がないから入ったこともない。エイトの匂いがする。寝室は意外と片付いていて、物が少ないシンプルなインテリアだった。ベッドとソファーと小さな机があった。そして、好きな漫画本が並んだ棚とか、雑誌とか、仕事以外の趣味が置いてある場所のようだった。卒業アルバムとかそういった昔のものが本だなには並んでいた。エイトのパーソナルスペースに勝手に入ってしまったと思ったが、まずは毛布一枚だけ拝借しようかと思った。
部屋に飾ってある写真は私の母の写真だった。それは、仕事で接したときに撮ったのではないかと思われる一枚だった。本当に好きだったんだなぁ……。この人は私の母を愛していたんだなぁ……。
なんだか、母親の女性である部分をこの人は知っているのかと考える胸が痛くなるような何かを感じた。それは、母を奪われた寂しさなのかもしれない。どんなプロポーズで、どんな会話だったのだろう? キスはしたのかな? その先のことも? なんだろう、胸が苦しい。私は毛布を1枚だけ取ってエイトの体にかけることにした。
ソファーに横たわるエイトの体は華奢で、女性のようだった。Tシャツにスウェットというラフなかっこうだが、贅肉はなく、顎はシャープだ。顔も小さいし、まつげも長い。近くで観察すると、色白できめ細かな肌が美しい。髪は金髪に染めているが、傷みはなく、艶があって、シャンプーの香りがする。この人は男臭くないのだ。石鹸のにおいがする。だから、嫌悪感がないのかな。
彼氏がいたこともない私は、こんなに間近で男性を見たことがなかった。この人に愛されたお母さんは、死んでしまったけれど、幸せの時間のままいなくなったのだ。それは、不幸中の幸いなのかもしれない。
エイトのこと、お母さんは好きだったのだろうか? どこに惹かれたのかな? 話術? ルックス? 性格のまっすぐなところかな? 私はしばらく、熟睡しているエイト眺めていた。死神として、仇討ちの仕事をしていると言っていたが、優しいエイトだからこそ、心の葛藤は計り知れないだろう。でも、そうしなければいけない運命を背負う。さらに、半妖のリーダーとしての責任もあるのに、この人はつぶれないのだなぁ。関心してしまう。私、この人を家族として支えたい。そんな決意をした夜だった。